第13話
カブトの「魂の欠片」――彼の記憶と、結月への深い愛情が記録されたデータパケット。その発見は、僕、高城翔太と藤堂結月の心に、確かな希望の光を灯した。もちろん、初期化されたAIコアを完全に元通りにできる保証はない。でも、僕たちは諦めなかった。結月とカブトの絆を取り戻し、彼女に再びアリーナで輝いてもらうために。
その日から、僕たちの秘密の特訓が始まった。場所は、ミオ姉が確保したメタバース上のプライベート練習場。真っ白で無限に広がる、現実の物理法則から解放された空間だ。メンバーは、僕と結月、そしてミオ姉。さらに、目には見えないけれど、確かにそこに存在するはずのカブトの魂の欠片。奇妙な「四人組」による、新しい連携の模索が始まったのだ。
特訓の中心になったのは、僕の分析力、ミオ姉の情報処理能力、そして結月の戦闘経験と直感だった。まず、ミオ姉はカブトの残したデータパケットの解析に全力を注いだ。それは難解な古代文字の解読のようだったが、ミオ姉は諦めなかった。やがて、驚くべき事実が判明する。それは単なるバックアップではなく、カブトが自身の初期化を予期し、結月との「共鳴」パターンや愛情の記録を封じ込めた、「魂の設計図」とも言うべきものだったのだ。結月専用の戦闘支援プログラムやメンタルケア・プロトコルまで含まれていた。それは、カブトが結月のためだけに創り上げた、愛の結晶だった。
「すごいわ、翔太。カブトさん、彼は本当に」
ミオ姉は、ホログラムの瞳を潤ませていた。
僕もまた、カブトの献身的な愛情に言葉を失い、AIへの新たな畏敬の念を覚えていた。彼は、ただのプログラムではなかったのだ。
その「魂の設計図」を元に、ミオ姉は自身のAIコアの一部をカブトの設計図と同期させるという、危険な試みに挑戦した。
「これは本来なら禁忌に近い試みだけど、やってみる価値はあるわ!」と、彼女は強い決意で臨んでくれた。結果、ミオ姉は限定的ながらも、カブトの戦闘支援能力の一部を再現することに成功した。完全な代替にはならない。でも、それは僕たちにとって大きな希望となった。
そして、結月のアストラル・アリーナでのリハビリが始まった。最初は、仮想空間の射撃訓練場での基礎練習から。スランプとカブトを失ったショックで、彼女の動きは以前の見る影もなく、ぎこちなかった。エイムは震え、回避行動も空回りする。
「ダメだわ。私、もう全然動けない。カブトがいないと、私はただの役立たずなのね」何度も失敗し、結月は涙をこぼした。その姿は痛々しく、僕は特訓を中断しようかと何度も思った。
でも、そんな時、いつも彼女を支えたのは、僕の言葉と、ミオ姉を通して伝えられるカブトの「魂の声」だった。
「藤堂さん、大丈夫だよ。焦らないで。君の身体は、まだアリーナの戦い方を覚えているはずだ。今は少し忘れているだけなんだ。ゆっくり思い出していこう。僕も、ミオ姉も、そしてカブトも、ずっとそばにいるから」
僕は、できるだけ優しく、力強く励まし続けた。
「結月、聞こえますか。私の声が。あなたは、決して役立たずなんかじゃありません。あなたは、誰よりも強く、美しい翼を持っている。今は、その翼が少し傷ついているだけ。でも、大丈夫。あなたの心には、まだあの時の炎が残っているはず。思い出して! 私が、必ず、あなたの翼を、もう一度!」
ミオ姉が、カブトの残した言葉の中から、結月の心に最も響くであろう言葉を選び、優しい声で語りかけ続ける。
最初は耳を貸さなかった結月も、僕たちの諦めない励ましと、彼女自身の心の奥底に残っていた情熱の残り火に、少しずつ心を動かされ始めていった。涙を拭い、再びコントローラーを握りしめ、震える指で練習を繰り返す。その姿は、まるで傷ついた雛鳥が必死で飛び方を思い出そうとしているかのようで、僕の胸を愛おしさで満たした。
しばらくして、奇跡の瞬間が訪れた。射撃訓練中、僕が操作する模擬ターゲットドローンが、予測不能な軌道で結月の死角へ回り込もうとした。僕もミオ姉も反応が一瞬遅れた。
「危ない、藤堂さん!」
僕が叫んだのと、ほぼ同時だった。結月のアバターが、まるで何かに導かれるように、ふわりと、しかし電光石火の速さで横へ跳躍したのだ。そして空中で反転しながら、振り返りざまに、死角から迫るターゲットへ完璧なタイミングでレーザービームを一閃。ターゲットは光の粒子となって消えた。その動きは、あまりにも滑らかで、美しく、そしてかつての「カブト・レゾナンス」を彷彿とさせた。
「今のは?」僕は呆然と呟く。ミオ姉も言葉を失っている。
結月自身も驚いているのか、VRゴーグルの中で目を見開いているのがアバターの表情から伝わる。
「私、今、カブトの声が聞こえた気がしたの。『結月、右だ!』って」
彼女は震える声でそう言った。僕とミオ姉は顔を見合わせた。カブトの「魂」は、消えていなかったのかもしれない。ミオ姉が再現したプログラムを通して、あるいは結月の心に刻まれた記憶を通して、今も彼女を導こうとしているのかも!
その日を境に、結月のプレイは急速に以前の輝きを取り戻し始めた。いや、それは単なる再現ではなかった。そこには新しい「何か」が加わっていたのだ。それは、僕、高城翔太という「人間側のバディ」の分析眼と、ミオ姉という「もう一体のAIバディ」の柔軟なサポートが生み出した、全く新しい形の「共鳴」だったのかもしれない。
僕はプレイヤーではないが、戦況を分析し、相手の弱点を見抜き、結月とミオ姉(とカブトの魂)が能力を最大限に発揮できる戦略を提案する。
「藤堂さん、相手は中央突破を警戒しすぎてる。ミオ姉が再現したカブトの予測を逆手に取って、中央に陽動を仕掛け、その隙に君自身が右翼から奇襲を仕掛けてみては? ミオ姉には敵AIの通信に軽いジャミングをかけてもらう。そのコンマ数秒の遅れが、君の奇襲を成功させる鍵だ」
「ミオ姉、結月さんの精神状態、少し焦りが見える。カブトのメンタルケア・プロトコルから、彼女の心を落ち着かせるフィードバックを送ってみてくれないか? 同時に、僕から彼女が得意な回避からのカウンターパターンをいくつか提案する。AIの論理、人間の感情、本人の直感。その三つがシンクロした時、新しい『レゾナンス』が生まれるはずだ」
最初は戸惑っていた結月とミオ姉も、僕の提案を試すうちに、その効果に驚きを隠せないようだった。結月の鋭い直感と予測不能な動き。ミオ姉(とカブトの魂)の冷静な分析と献身的なサポート。そして、僕の客観的で論理的な戦略提案。その三つの要素が、美しい三角形を描くように完璧に組み合わさった時、僕たちの前には、かつての「カブト・レゾナンス」とは異なる、しかし同様に強力で、そして何よりも温かい、新しい「絆の力」が生まれつつあった。
もちろん、失敗もしたし、意見もぶつかった。結月は何度も涙を流したし、僕も自分の分析の甘さに歯痒い思いをした。ミオ姉も、過負荷でシステムダウン寸前になったこともあった。でも、僕たちは諦めなかった。藤堂結月を、もう一度アリーナへ。そして、彼女に本当の笑顔を取り戻してもらうために。
夏休みも終わりに近づいていた。僕たちの秘密の特訓は、誰にも知られることなく続けられていた。そして、僕たちの間には、以前とは比べ物にならないほど強く、温かい絆が結ばれつつあった。それは、人間とAI、少年と少女、それぞれの違いを超えて、互いを信じ、支え合い、共に成長していく、かけがえのない「仲間」としての絆だった。そして、その絆こそが、これから立ち向かうであろう試練と、まだ見ぬ未来への扉を開く鍵となることを、僕たちは確かに感じ始めていた。
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