第2話
ある夜、バー「ヴィンテージ」では、いつものように三人が集まっていた。
小岩は赤ら顔でワインをあおり、伊藤はカウンターでグラスを磨いている。
一方、北村は静かに読書をしながら、時折小岩の大声に顔をしかめている。
「いやあ、やっぱりワインって最高ですね!」
小岩が笑いながらグラスを掲げると、小椋も穏やかに微笑んだ。
「ええ、良いワインですよね。私も一杯いただきます」
「でも、ワインって飲みすぎると悪夢を見るって言いますよね」
北村がふと顔を上げてつぶやく。
「え、なにそれ?怖っ!」
小岩が身を乗り出すと、伊藤は軽く首をかしげた。
「いやあ、悪夢なんて気にすることないですよ。むしろ、夢を見るってことは、心がリラックスしている証拠ですから」
その瞬間、小岩がふと思い出したように言った。
「あ、そういえば伊藤さんって、あの『this man』に似てません?」
「え?」
伊藤が目を丸くする。
「ほら、あの誰もが夢に見るっていう謎の男!ちょっと似てるかも!」
小岩が酔っ払った勢いで言うと、北村も少しだけメガネをずらしながら伊藤の顔を見つめた。
「ああ、言われてみれば、確かに少し似てるかもしれませんね」
「いやいや、やめてくださいよ。そんな怖い話を!」
伊藤が苦笑しながらグラスを置くが、小岩は気にせず話を続ける。
「そのうち夢に出てきそう」
「悪夢っちゃあ、悪夢ですね」
北村も軽く笑うが、その瞬間、店のドアがギギギ…と音を立てて開いた。
ドアの向こうには、清楚な服装の可愛らしい顔立ちの女性が立っていた。
だが、その顔はどこか青ざめていて、目にはうっすらとクマが浮かんでいる。
「いらっしゃいませ」
伊藤がにこやかに挨拶すると、その客は一瞬だけ硬直し、
その後、おそるおそるカウンターに腰を下ろした。
「…あの、マスターって…どこかでお会いしましたっけ?」
その言葉に、小岩が思わず吹き出した。
「ほらほら、やっぱり似てるんですよ!『this man』に!」
「いや、やめてくださいよ!」
伊藤が困ったように笑うが、その客はまだ不安そうに伊藤の顔を見つめている。
その日以降、なぜか店に来る女性客たちが次々と伊藤に対して「どこかで見たことがある」と口にし始めた。
「いや、伊藤さんって、前にどこかでお会いしましたっけ?」
「いやあ、なんか夢で見たような気がするんですよね…」
「もしかして、テレビに出てました?」
伊藤はそのたびに笑って否定するが、その奇妙な噂は次第に店全体に広がり始めた。
ある夜、小岩が酔っ払ってカウンターに突っ伏していると、
伊藤がふとつぶやいた。
「いやあ、最近本当に不思議なことが多いですね」
北村がメガネを直しながら答える。
「ええ、もしかすると本当に伊藤さんは『this man』なのかもしれませんね」
「いやいや、やめてくださいよ!」
伊藤が苦笑しながらグラスを磨くが、その手はわずかに震えているように見えた。
そこに、初めて見る若い女性がドアを開けて入ってきた。
髪をふわりと揺らしながら、少し緊張した様子でカウンターに腰を下ろす。
「いらっしゃいませ」
伊藤がにこやかに声をかけると、女性は少しだけ顔を赤らめながらメニューに目を落とした。
「えっと…ワインをお願いします」
「かしこまりました」
伊藤がグラスを手に取り、丁寧にワインを注ぐ。
その仕草を見て、女性は再び伊藤の顔をじっと見つめた。
しばらくして、女性がふと口を開いた。
「あの、もしかして…マスターって、夢に出てきたことあるかも」
その言葉に、小岩が思わず目を覚ました。
「え、ちょっと待って、どういうこと!?」
「いやいや、なんで私が夢に?」
伊藤も驚いてグラスを置く。
女性は少しだけ恥ずかしそうに顔を赤らめながら続けた。
「いや、この間、夢の中でマスターみたいな人にナンパされたんです」
「え?」
伊藤が思わず顔をしかめる。
「めっちゃベロベロに酔っ払ってて、『いやあ、あなたかわいいですね』ってずっと言ってたんですよ」
女性が恥ずかしそうに笑いながら話すと、小岩と北村も思わず顔を見合わせた。
「いやいや、それ絶対伊藤さんじゃん!」
小岩が大笑いしながらグラスを置く。
「いやいや、やめてくださいよ!わたしがそんなことするわけないじゃないですか!」
伊藤が慌てて手を振るが、女性はさらに続ける。
「しかも、その後、『一緒に踊りませんか?』って言ってきて、いきなり手を引っ張られて…」
「いや、それ完全に伊藤さんじゃないですか!」
北村も思わずメガネを直しながら突っ込む。
「え、でも夢ですよね?現実じゃないですよね?」
伊藤が少しだけ不安そうに尋ねると、女性は笑いながら頷いた。
「はい、もちろん夢です。でも、あまりにリアルで、朝起きたときも手が温かかったんですよね…」
その言葉に、小岩がさらに大笑いする。
「いやいや、伊藤さん、幽体離脱してナンパしてるじゃないですか!」
「いやいや、そんなことあるわけないでしょ!」
伊藤が必死に否定するが、その笑顔はわずかに引きつっているように見えた。
その様子を見ていた西村が、ふとメガネを外してため息をついた。
「もしかして、今まで会ったことがあるって言ってた人たち、夢の中でナンパしてるんじゃないですか?」
「確かに、女の人でかわいい人ばっかりでしたよね」
「手口が一致してるし、これは言い逃れできないですよ、伊藤さん」
「いやいや、私じゃないですから!」
伊藤が必死に否定するが、その顔はますます赤くなっている。
その後も、また別の女性客が「伊藤さんが夢で口説いてきた」と話すようになり、バー「ヴィンテージ」は女限定ゲスマンがいると奇妙な噂で賑わっていったのだった。
北村:7時起床 通常出勤
小岩:12時起床 遅番出勤
伊藤:11時起床 ゴミ出し忘れ
丑三つ時の酔いどれたち @anekaiko
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