第5話 ゴンベエの過去
果物をいくつか食べ、ようやく落ち着きを取り戻したタクミは、改めてゴンベエに話しかけた。
「なあ、ゴンベエさん一体何者なんだ?どうしてこんなところにいるんだ?」
ゴンベエは、遠くの森を眺めながら、ゆっくりと語り始めた。
「オレの本名は、木林博美(きばやしひろみ)と言うんだ」
「え……男なのに、博美?」
思わず聞き返すと、ゴンベエは苦笑した。
子供の頃から、その名前が嫌いだった。からかわれることも多かったし、男友達からは女みたいだとバカにされた。
「ああ、それが嫌でね。ゴンベエってのは、子供の頃自分で適当につけたあだ名だ」
さらにタクミは、ゴンベエが自分の名前を嫌っている理由が気になった。
「何かあったの?」
「まあな……この世界に来る前の話だが」
ゴンベエは、少し間を置いてから、過去の出来事を語り始めた。
「オレは、ごく普通の、どこにでもいるような男だったさ。ある日、マルチ商法の勧誘の電話がかかってきてな」
「マルチ商法?」
タクミは聞き慣れない言葉に首を傾げた。
「ああ、まあ、胡散臭い儲け話だ。で、その電話の相手が、オレのことを『ひろみ様』と呼んだんだよ」
ゴンベエは、うんざりした表情で続けた。
「男だって言ってるのに、完全に女と間違われてな。その時、改めて自分の名前が嫌になったんだ。博美なんて、女みたいな名前つけやがって、親父のセンスを疑うよ」
タクミは、ゴンベエの身に起こった災難に、同情のような、何とも言えない気持ちになった。まさか、名前が嫌でこの世界に来たわけではないだろうが……。
「それで、どうしてここに?」
タクミが改めて尋ねると、ゴンベエは肩をすくめた。
「さあな。気が付いたら、この森の中にいたんだ。あんたと同じだよ。ただ、オレには、あんたみたいな面白いスキルはなかったがね」
そう言って、ゴンベエは自分の手をじっと見つめた。その瞳の奥には、どこか諦めのような光が宿っているようにも見えた。
「ゴンベエさんのスキルは?」
タクミが尋ねると、ゴンベエはにやりと笑った。
「オレのスキルは、見てのお楽しみ、ってところかな」
そう言って、ゴンベエは話題を変えた。「そろそろ、この森を出る方法を探さないとな」
タクミも、ゴンベエの言葉に同意した。いつまでもこんな場所にいるわけにはいかない。二人は、共に森の出口を目指して歩き始めた。
タクミはまだ知らない。ゴンベエが、その飄々とした態度の裏に、複雑な過去を抱えていることを。ゴンベエの生前は人であったがその前は犬だった・・・
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