第48話 高次元と幽霊
俺は龍之介、普通の高校3年生だ。
でも皆には言っていたいが、俺には特別な能力がある。
自分で言ってても馬鹿だと思えるが、俺には「幽霊」とやらが視えるらしい。
幼少期にはそんな事がなかったのだが、何故か中学生の頃から
薄暗いドロドロした物が見える様になった。
興味範囲で近づけられない程、ソレは禍々しい存在だった。
初めて見た時は、まるで時間が止まったかの様に立ち竦んでしまった。
周りの友達に必死に伝えても、誰もその存在を視る事が出来ない。
1人慌てふためく中、一瞬の静寂と共に、明らかにヤツは俺を認識した。
「気づいている」「気づかれた」奴らに思考があるのかは分からないが
両者共にそう思ったに違いない。
俺は友達を置いて1人で逃げた。
田舎の長い一本道には該当すらまばらで、その暗さに体ごと飲み込まれそうな気がした。
それからと言う物、街を歩けばその黒いドロドロはいたる所に出現した。
目や鼻など人間の様な特徴は見られない。
よく「目を合わせてはいけない」とか「掛け声に答えてはいけない」とか
言われているのは知っているが、
厳密には奴らには目はないが、目を合わせると言うより「意識する」と波長が合う、と言った所だ。
あと、奴らが喋った事は今まで一度も聞いた事がない。
最初の頃は怖くて恐ろしくて、一時期家に引きこもっていた。
学校の友達が何度も家に来て心配してくれたが、
俺には外に出る勇気が足りなかった。
それでもいつまでも家にいる訳にもいかないので、
俺は色んな事を実験した。
一歩間違えたら死ぬかもしれない一世一代の大実験だ。
外に出てドロドロを見つけると、まずは声をかけてみた。
「おーい。」
反応はなかった。まあ、物理的に耳がないから聞こえないのかもしれない。
次に鳥肌が出て死ぬほど怖かったが、指先でヤツに触れてみた。
トン、指が当たる感覚がした瞬間、
一斉に何百の目がこちらを向いた感覚がし「見られた」と感じた。
あ、死ぬかも。
と思った瞬間、ドロドロは崩壊し、ヤツのカケラは一目散にどこかへ消えた。
周りを見渡しても誰の姿もない。
田んぼに囲まれた我が家の前の道では、牛蛙の鳴き声だけが響いていた。
そこから怖いと言うよりも好奇心が勝ち、色々試した。
先ず黒いドロドロは基本的に無害だ。
基本的にある一定の場所に留まっており、動かない。
人の後ろで憑いている時でも、何か悪さをすると言う感覚もなく、
なんとなく移動手段として人に憑いている様な感じだった。
ある程度した後、別の人間に乗り換え、目的地まで連れて行ってもらう。
我々が電車を乗り換えて目的地に行く様に、
ヤツらもそうして人間を乗り物扱いしている節がある。
基本的に危害を加える事もなければ、ただ「いる」だけの存在だと知った。
今の俺は高校に入り、普通に授業を受けている。
視える事は誰にも明かしていない。
どうせ信じてもらえないし、言った所で何も解決しないからだ。
ただ、あるドロドロに会った時、
俺は今までの価値観が根底からひっくり返る事になる。
友人達と自転車で下校中、目の前の交差点の角にソイツはいた。
「あ、またいる」と軽く考えていたら、
一瞬にして世界がモノクロになり、ヤツが俺を見た。
正確に言えば目はない。
だが、俺を、俺だけを認識しまるで俺とヤツの間に通路が出来たかの様に
一直線に俺に向かってきたのだ。
俺はその場で倒れた。
目を覚ました時は病院にいた。
後から友人に聞くと、自転車に乗っていた俺は一点を見つめた後急に倒れ、
そのまま起き上がらなかったらしい。
友人達はパニックになり、その場で救急車を呼んでくれたそうだ。
アイツは他のドロドロと違った。
初めて向けられた猛烈な恐怖。
俺は退院後も暫くその感情を引きずった。
それからも度々俺は急に失神する様になった。
あの時と同じ様な強いドロドロに会うと、意識が持っていかれるのだ。
1000体中、1体くらいの間隔でそう言う強いヤツがいる。
両親も有人も、度々失神する姿を見ているので
病院で精密検査までしたが、てんかんとかそう言う病気は見つからなかった。
自分から、どう言う時に失神するのかも伝える事も出来ないので、
正直どうしようもなかった。
それでも友人たちは、今までの様に接してくれたし
失神した時も、「あ、まただ」くらいに冷静に処置してくれた。
あの強いドロドロには歯向かう事は出来ない。
出会った瞬間視界がモノクロになり、意識を吸い上げられる。
でも、俺は死んでいない。ヤツらにはそんな力がないのだろうか。
「おーい。アイス買ってこーぜ。」
友人のフブキが自転車をコンビニまで走らせた。
「誰か俺にも買って〜。今月のお小遣い無いなってもうた〜。」
とコーキが嘆いた。
大体この3人で下校する事が多く、俺の失神癖もこいつらはわかっている。
「あ、じゃあ俺奢るで。この前また迷惑かけたから。」
コンビニ内のアイスを選びながら俺は2人に告げた。
「まーじ、倒れるとビビるわ。治るといいなあ。」
フブキがそう言ってレモン味のシャーベットを取り出した。
「じゃあ俺チョコアイスー。」とコーキは嬉しそうにレジに持っていく。
3人分のアイスを買い、外に出る。
9月とは言え、まだまだ暑い日々が続いていた。
「生き返る〜。龍之介サンキュー。」
2人がアイスを食べながらお礼を言った。
「いいよ。俺迷惑かけ過ぎやもん。いくらでも奢るわ。」
そう言うと、「じゃあ寒くなったら肉まんも!チキンも!」
とコーキがはしゃぎ立てる様子を見て、
フブキは冷静に「自制しろや、ばーか。」とコーキの頭を小突いた。
そこからコーキは違う道へと帰るので別れ、
フブキと一本道を自転車で走った。
「なあ、お前さ。」
フブキが急に自転車のブレーキをかけ、止まった。
「ん?何?」
俺もブレーキをかけて、フブキの一歩前で止まり後ろを向いた。
その瞬間、黒いドロドロがフブキの後に現れた。
無視していいかと思ったが、これは普通のヤツではなかった。
視界が急にモノクロになる。
「何?」
俺が目を開いて驚いていたので、フブキが後ろを向いた。
意識を向けたその瞬間、そのドロドロがこちらを「見た」。
今まで会ったヤツらより、強い。
全身が逆立つ程の禍々しさを感じる。
ぐ、と胸元を引っ張られた感触がしたのを最後に、俺はまた意識を失った。
ザワザワと草木が靡く音がする。
鈴虫の鳴き声と、遠くからチャイムの様な音も聞こえた。
俺が目を覚ますと、空も地面も木々も全部モノクロに見えた。
やばい、ヤツがまだ近くにいるのか。
俺は絶対に引き込まれない様にしゃがみ込み両耳を塞いだ。
まだモノクロの世界と言う事は、ヤツの中に入ってしまったのだろうか。
目が合うだけで失神してしまうのに、
これ以上何かされたら死んでしまうのかもしれない。
耳を塞ぎ、目を瞑り、しゃがんでそのまま30分程動かなかった。
だが、相手からのアクションもなければ、何かが起こっている様には思えない。
あの逆立つ様な神経の昂りも今は感じられなかった。
恐る恐る目を開け、状況を確認する。
視界はやはりモノクロのままだが、
例のドロドロも、他の人影も見当たらなかった。
ポケットに入れたスマホを確認すると、待受画面もモノクロになっている。
取り敢えずフブキに電話をしてみたが、電波が繋がらず通じなかった。
あのドロドロに支配されて、俺は死んでしまったのだろうか。
今俺は、死後の世界に来ているのだろうか。
空を見上げるが、モノクロだと美しく無い。
儚げで、懐かしい田舎の風景もまるで水墨画の様だった。
今まであった自転車も、フブキの姿も、ドロドロもいない。
ただ風で靡いた草木の音と、季節外れの蝉の鳴き声だけが響いていた。
「どうしたもんか…。」
行き先もなければ帰り先も分からない。
そんな状況に俺は1人呟いた。
「そんな時は我々AUPDにお任せください。」
まるでテレビのコマーシャルの様な言葉に振り向くと、
2人の男性が立っていた。
やはりモノクロで1人は髪色が暗いと言うのはわかるが、
もう1人は明るいグレーの髪色の様だった。
「私がアマギリで、こちらはセイガさんです。」
アマギリさんがそう言って挨拶をする。
「あなた達も死んだの?」
俺はここは死後の世界と思っていたので、間髪入れずにそう返した。
「いやいや、死んでないよ!俺らも君も生きてる!」
セイガさんは慌てて訂正した。
「…君が見ていた黒い物の正体はね。高次元に残された意識体、情報構文なの。
それが3次元に一時的に干渉、影を落とすと一部の人間に「見える」様になっちゃう訳。」
俺の以前の様子を知っている様にセイガさんは語り出した。
「9次元世界線でも、君たちが言う幽霊っていうのは科学的立証は出来ないよ。」
「何で俺だけ見えるんですかね。」
俺は疑問に思い質問する。
「あなただけじゃないですよ。人によって見え方も違うみたいです。」
アマギリさんがそう答えた。
「でもまあ、基本的に残留意識体がその次元の生物に影響を及ぼす事はないから、
まあ気にせず生きるこったな。」
セイガさんがそう言って頭を撫でた。
「でも俺気絶しちゃうんです。強いヤツに会うと。」
アマギリさんは少し考えた後、「あなた、合わせにいってません?」と言った。
「合わせる?」
「そうです。相手の意識体を認識した後、目が合う様な感覚。それはあなたが
その意識体に意識を合わせてるからだと思いますよ。
この次元じゃない所に意識を飛ばすから、世界線構文が乱れ失神する。
多分そんな感じかと。」
アマギリさんの言葉に、心当たりが沢山あった。
確かにドロドロを認識した後、
向こうが急に「目を合わせる」「俺とソイツの間に道が作られる」感じは何度もあった。
それは前提として、俺自身が意識を合わせてしまっていたからだったんだ。
「なるほど…。何となく、わかりました。」
俺が冷静になったのを見計らって、彼らは今俺が別の世界線に飛んでいること。
それとこの世界線は元々モノクロの世界で色が存在しない事を教えてくれた。
「今から、あなたを元の世界線に戻します。ただし、0.0001%だけ違う
限りなく近いけど、少しだけ違う世界線に移送します。」
アマギリさんが淡々と説明をした。
「あのな、今の記憶を持った状態で元の世界線に戻すと支障が出るんだ。
だから、限りなく近い世界線に戻すんだよ。ちょっとだけ交友関係とかに
違いは出るけれど、それだけは許してな。」
セイガさんとアマギリさんに了解の旨を伝えると、
アマギリさんは「帰っても、見えると思います。でも意識を合わせなければ大丈夫ですよ。」
と優しく言ってくれた。
キーン、と少し耳鳴りがした後。
ゆっくりと目を開けると、フブキの心配そうな顔が見えた。
まだあのドロドロはフブキの後にいた。
でも先ほど教えてもらった様に、
あいつと意識を重ねない様にぐっと腕に力を入れた。
「フブキ、行くぞ。」
俺は急いで自転車に乗って、フブキにも「兎に角来い!!」と叫んで
全力で自転車を漕いだ。
「はあ、はあ…。」
暫く全力で漕いだ後、自転車から降り地面に座り込んだ。
フブキも同じ様に疲れ果て、隣に座った。
「大丈夫か?」
フブキが息を整えながらこちらに語りかけた。
「もう、大丈夫…。」
リュックからペットボトルの水を出し、一気に飲んだ。
途中でフブキにもペットボトルを渡して水を飲ませた。
夕日も沈みかけ、田んぼの畦道で電灯が付いている。
2人共、暫く息を整えながら無言だった。
だがここで気づいた。
どう言う訳か、何だか黒いドロドロが増えている。
今までと比例してもかなりの量が俺の目には見えている。
あの2人は、「少し違う世界」とは言っていたが、
戻ってきてからもっと見れる様になってるんじゃないか。
最悪だ、そんな変化絶対にいらなかった。
そんな静寂の中、フブキが声を出した。
「…あのさ、ずっと言ってなかったんだけど、龍之介って視えてるよね。」
突然の言葉に唖然としていると、
フブキは黒いドロドロがいる場所を指差した。
「あそこにいるよね。あと…あっち、さらに言うと俺の後。」
確かに指差した方向にドロドロがいた。
「え!お前も視えるの!?」
俺は驚きフブキを見ると、
「うん。俺自身も半信半疑やし、今まで言わんかったけど。俺にはモヤがかって見えるんよ。」
そう言ってフブキは色々と教えてくれた。
フブキから見ると、俺が言う黒のドロドロは白くモヤモヤした霧状に視えるらしい。
白のモヤモヤは濃ければ濃いほど、少し恐怖心が募る。
俺が失神する時は、総じてそのモヤが濃い時らしく何か関係しているのかと
気にはしていたが、誰も信じる事がないであろうと今まで黙っていたとの事だった。
「俺と同じや。俺も誰に言っても信じてくれんで言わんかった。」
俺はフブキにそう伝える。
「……俺らなあ、頭おかしいんかな。」
フブキは伏目がちにそう呟いた。
「ちゃう、俺ちょっと変な話やけど聞いてん。3次元の俺らの世界に、
高次元のなんちゃらが…干渉?あー、あれ、忘れてしもた。」
フブキはその言葉を聞いて吹き出した。
「なんよ、全然伝わって来おへんわ。」
その笑顔に俺もつられて笑った。
前よりも視える様になってしまい、俺にとっては悪い方向に傾いたが、
初めて、この景色を誰かと共有する事が出来た。
世界は未だ禍々しい。
でもそれでもいい。
隣に同じ景色を見ている友達がいるなら。
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