第47話 また来世で


ゾンビ、と聞いて何を思い出した?


映画だよな、ドラマやアニメだよな。


B級映画では歩くどころか走ったり、武器を持ったり。

そんな知的なゾンビすら存在する。


だが、勿論架空の存在だと誰もが思うだろう。


しかし厄介な事に、この世界では現実にゾンビが存在している。



パニックが起き始めたのは今から2年前だった。


誰が最初の1人目だったのか、そんな議論はする暇もなく

瞬く間に世界中にゾンビが溢れかえった。


世界中のあらゆる主要都市は瞬く間にゾンビに汚染され、

一気に生存者が少なくなった。


我々が入手した情報によると、

半年の間に人類からほぼ生存者はいなくなった。



感染ルートは唾液だった。


噛まれたら一発アウト。



例えば腕を噛まれたとしよう。

直ぐに腕を切断しても、どう言う流れか確実にゾンビ化する。

血流の速度を超えて全身を蝕むらしい。


何故俺がそんな世界で生存しているかと言うと、

WHOの研究所で勤務をしていたからだ。


パニックが起きた直後、直ぐに研究所はロックダウンされた。

外部からはこの研究所に入り込むことは出来ない。

だが言い換えれば我々はもう一歩も外に出られない。



実際に体験した訳ではないので、

外の世界がどれ位酷い事になっているのかは想像すらつかない。


屋上からドローンで確認すると、

街は焼け焦げ無数のゾンビ達で埋め尽くされている。


各国のWHO研究所のメンバーと連絡をしていたが、

日が経つ内に通信が途絶える国も多くなっている。



自家発電エネルギーと太陽光エネルギーで電力の心配はない。

食料も、地下の保存庫に数年分備蓄されている。


この世界にとって、ここは楽園の様な場所だ。


だが一つ懸念点があり、それは水だった。

備蓄として水も大量に保管されていたが、それが尽きたらどうなる。


一生ここで生きる分の食料も無いのだ。



研究所のメンバーは、

最初こそ抗ウイルス薬を作り出そうと必死で研究していた。


だが、考えてくれ。


E=mc2


かのアインシュタインが導き出したこの世の解だ。

質量はエネルギーになるし、エネルギーは質量になる。



だが奴らは何なんだ。


あいつらが動くエネルギーは、一体どこから出てるんだ。



無から有は生み出せない筈なのに、何ヶ月経っても奴らは動いている。


物理的に人間を食べエネルギー源とするなら理に叶う。


そうなるとゾンビの数は人間の現象に比例して減っていく筈だが、

なんとこの世界では未だゾンビが増え続けているではないか。



我々科学者にとって、奴らは次元を超えた宇宙人の様なものだ。



宇宙の法則なら、数式で解読出来るだろう。


だが目の前のこの訳の分からないゾンビと言う物体には

数式も、もしくは抗ウイルス薬なんて発明しようがないのである。



結局、我々は研究を諦めた。

いやそこは頑張って研究しなよ、

と外で必死に生きている人間は思うのかもしれない。


でもそうは言ったって、どうしようもない事もこの世にはあるのだ。




「ソラさーん。保存食、結構もう少なくなってますよね。」


隣のラボから同僚のツチヤがやってきて言った。


彼も早々に研究を諦め

「研究終了!余生はゆっくり過ごしまーす。」といち早く宣言した1人だ。



「ああ、もう少ねーな。お前が外行って補充すりゃいいだろうが。」

俺は椅子に座って雑誌を見ながら雑に返す。


「あ〜、俺チョコ食いたいんすよ。ソラさんが取ってきてよ〜。」

そんな事を言いながら俺の保存食に手を伸ばすので、思いっきり手を叩いてやった。


「毎回毎回チョロまかすな、ボケ。」

ツチヤは「酷い…痛い…」と言いながらラボへ戻って行った。




ゾンビが蔓延る前の研究所内は基本殺伐としていた。



皆高学歴で、研究に没頭する様な変人ばかりだったので、

プライベートでの付き合いもなく、会話は必要最低限だった。



だが、こんな状況になるとその人の本性が現れるのだろう。


ツチヤとも今まで合同研究などで働いた仲だったが、

プライベートの事は一切知らなかった。

むしろ普段はどうしてるとか、そんな会話もなかったので

どう言う性格の人かも知らなかった。


皆が皆、自分の中で非合理的な話題は避け研究をしていただけなのだ。



だが、研究を放り出してからは色んな人が自分を曝け出し始めた。

これ以上、取り繕う必要が無くなったからだ。


科学者、研究者でない本当の自分。


強面の室長が実は猫が好きだったり、

研究チームの1人が実は3回離婚をしていたとか、

びっくりする事に6ヶ国語話せる奴がいたり。


そして、ツチヤは案外人懐っこい人間だったり。



こうなってみて初めて思った。



もっと早く、皆の事を知りたかったなと。




保存食はもう残り少ない。

最初はまだ上手いと感じる物だったが、

今では土の味がする不味いシリアルバーになっていた。



「あと1ヶ月、くらいかな。」

俺は雑誌を読みながら何となく呟いた。


この雑誌も隅から隅まで読み尽くしており、

内容は全て頭の中で覚えてしまった。


他の職員達も、最近は自室のラボに篭っている事が多い。

自分の中で、最後の瞬間を覚悟している人も多いのだろう。



俺は、目を閉じた。

自分の最後は、いつになるのだろうか。






気がつくと、俺は街中に突っ立ていた。


人通りは少ない。

だが瞬時に「逃げろ!」と頭の中で警笛が鳴り響く。


奴らは音に集まる習性がある。

そっと腰を下ろしながら慎重にビルの壁に身を潜ませた。


雑踏の中少しして見渡すと、

誰も逃げていないし、誰も追いかけてもいない。


驚いて様子を見ていたが、ここは普通の街、普通の世界だった。



「…ゾンビっぽい奴が、いねえ。」


自分でもバカみたいな発言だが、

実際小汚い血みどろの人間はここにはいなかった。


スーツを着た人、学生服をきた人、楽しそうにするカップル。

奴らが存在する前までは、俺たちもこんな感じの日常だったのだ。



少し勇気を出して歩いてみる。


誰も俺に飛びつかないし、追いかけてもこない。

急に噛みついたり、パーソナルスペースを無視して走り込んでは来ない。



「…俺、死んだか?」


そんな普通の光景に少し笑みをこぼした。


近くのパン屋から焼きたてのいい匂いがし、迷わず飛び込んだ。


店内には、沢山のパンが並んでいる。

いつぶりの光景だろうか。

以前から好きだった塩パン、クロワッサンを買い店の直ぐ外で食べた。


「うまい…。うまい!」


久しぶりのまともな食事に涙が溢れた。


失われた俺たちの日常が、ここにあったのだ。



違う店に入り、ビールとコーラとオレンジジュースを一気に飲んだ。

水以外の飲み物は久方ぶりだった。


店員は一気に3杯頼んだので不思議そうだったが、

涙しながら飲んでいる俺をみて若干引いていた。


あの世界では使わないとは言え、

常に白衣のポケットにお札を入れておいてよかった。


「…と言うより、なんでお金が使えるんだ。」


あらかた飲み終えてから、急に不思議に思えてくる。


現状俺がいる場所は今までいた所からは明らかに別の場所だ。



仮説1、俺が死んで死後の世界にいる。


仮説2、俺は生きているが夢を見ている。


仮説3、俺は生きているが別の世界にいる。


仮説は無限に考えられるが、

もし仮説1や2の場合は、死後や夢の中でもお金を使わなきゃいけないのか。

そうすると何とも世知辛い。


3、俺は生きているが別の世界にいる。


一応、これが1番有力候補だ。



紙幣や言語が同じと言う事、同世代位の世界観である事。

街行く車や機器を確認するが、やはり同じぐらいの文明である。


超ひも理論なんてまだまだ確立されていない。

でももしそうだったとして、マルチバース宇宙論であれば別の世界、

いや別の「世界線」に行く事も可能なのだろうか。

ワームホールとか、エキゾチック物質とかそんな夢見事だろうが。


残念ながら確証もないし証明も出来ないが、

もしそうであったら世紀の大発見かもしれない。



まあ、元に戻った所でゾンビに発表しても意味はなさない。




「こんにちはー!AUPDです!」


俺の座っていた席の目の前に急に2人の男性が現れ、

俺は仮説による仮説の思考を一旦止めた。


「AUPD…世界の管理人的な人?」


俺がそう言うと、黒髪の男性が親指を上げた。


「正解!俺はセイガ、こっちはアマギリ。」


「ソラです。」

俺は手を出して握手をし、2人に座る様促した。


「俺は今、生きている。だが別の世界線に越境している。違うか?」


開口一番そう聞いてみると、アマギリさんが「正解。」と同じく親指を上げた。


「話早くて助かるわ〜。ソラさんは今、偶発的に世界線を越境してる。それを

0.0001%異なる世界線へと移送するのが我々の役目です。」


そう言ってセイガさんは俺を見つめた。


何故0.0001%異なる世界線なのか、

彼は俺を試しているらしい。


「世界線が多岐に渡りある物だと確定した。

同じではなく「少し異なる」近い世界線に移動させる意味、

つまり俺が今の記憶を持っているから戻せない?」


俺はそう呟くと、アマギリさんが補足した。


「そうですね。今の記憶と共に完全な元の世界に戻すと、矛盾が生じてしまいます。

その矛盾は小さな綻びから大きくなり、世界線自体が矛盾崩壊する可能性があります。」


その理由を聞いて納得しかない。


世界線。

ファンタジーと思っていた物が、実際に自分の身に起きると感動すら覚える。


「なるほど。あーあー。もっと早くに知りたかったぜ。

そうしたら研究出来たのにな。」


俺はそう呟いて残りのオレンジジュースを飲み干した。


「じゃあ、移送させて頂きますね。」

そう言って、アマギリさんが腕の装置を操作した。


「あ、ちょっと待て。

ダメって分かってて聞くが、この世界の物持ってったらダメだよな。」


「うん。ダメ。チョコは持って帰っちゃダメ。ごめんね。」

セイガさんがそう言って謝った。



その瞬間、目の前が白く霧がかった。


ツチヤにチョコ持って帰ってやりたかったな。

てか何でセイガさんは、チョコだって分かったんだ。




パッと目を開けると、目の前にツチヤが立っていた。


「わ!起きちゃった!」


気がつくといつものラボの部屋の中だった。

椅子に座り、あの世界に行くまでと同じ状態だ。


ああ、戻ってきてしまった。

と残念がっている暇はなかった。


「…お前、その手に持ってんのは何だよ!」


ツチヤの両手には沢山のシリアルバーが持たれていた。


てっきり自分のものをくすねていたのかと思い、

急いで自分のシリアルバーが置いてある場所をみたが、減ってはいなかった。


「あ?俺のじゃねえな。何でそんなに両手いっぱい持ってんだ?」



ツチヤは笑いながら、目の前にシリアルバーを降らせた。


「俺、今日で終わりにしようと思ってさ。だから全部あげる。」


笑顔のまま俺を見るツチヤに、俺は唖然として声が出せなかった。


「ずっと、思ってたんだ。もういいかなって。ソラから盗んだやつも

食べずに取っておいてたの。この日の為に。」


最初こそ笑っていたけれど、

言いながら泣きそうになっているツチヤを見て、俺も涙が溢れた。


「最後に、挨拶だけしようと思って…。」



そのまま、何も言わず2人で号泣した。



非合理で、無情で、慈悲すらないこの世界で生きる理由とは何だろうか。



「…ツチヤ、俺も行くよ。ここにあるもん全部食って、一緒に行こうや。」


俺は目の前のシリアルバーをバクバクと食べた。

ツチヤも泣きながら口いっぱい頬張った。

乾燥してて飲み込みにくくて、水をいっぱい飲んで食べ尽くした。



「っはー!まずい!」

「土の味!」


俺たちはそう言って2人で笑った。




他の職員に事情を説明し、研究所の扉を開けてもらった。


外に出た瞬間、後ろでカシャンと施錠の音がした。

その後は何十にもシャッターが降りていく音がして、

これが俺たちの最後なんだと実感した。



外に出た瞬間にやられるかな、と思ったけれど

研究所の周りには奴らはあまりいなかった様子だ。



覚悟していた筈なのに、ツチヤも俺も小さく震えていた。



「ちょっと、ここで横になりましょうよ。」


そう言って、ツチヤが芝生の上に寝転んだ。


研究所の外は焦げ臭く、また腐った匂いで充満していた。


「…不衛生極まりないな。」


そう言いながらも俺も寝転ぶ。

草の匂いがする。寝転んだ地面に温かさを感じた。


2人で、空を見上げる。


陽が落ちる寸前、青みがかった空と夕日のオレンジ色。


この世界には似合わない、神秘的で綺麗な景色だった。


「また一緒に研究しましょうね。」


ツチヤが笑いながら言った。



「あー、また来世でな。」


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