第15話 神化された動物

—AUPD第2課所内にて—



「昨日のトラベラーと接触した猫、いるじゃないですか。」

俺はセイガさんに貰ったラムネを食べながら話しかける。


「あの、セイガさんはあまり世界線に干渉しないで、と猫に言ってましたけど、あれってどう言う意味なんですか?」


隣のデスクに座っていたセイガさんが驚いた顔をして言う。

「え、お前研修時に教わらなかったのか?」


研修時と言われ思い返すも、ORAX関連とAUPD関連の研修しか受けておらず、猫に関する話は無かったと思う。

「うーん。多分教わってないと思います。」


そう言うとセイガさんは、1枚の写真を空中に表示させた。


その写真には、猫・キツネ・タヌキ・シカなど沢山の動物が写っている。

「…これが、何か?」

聞くと、セイガさんはその写真を指差しをしながら

「猫。あと次にキツネ。」と言った。


そう言われても全く意味がわからず、ただ可愛らしい猫の写真を見ているとセイガさんが口を開く。


「人間が遥か昔から、それらを【神】として崇拝し祀っていた。

まあこの行為でいわゆる、意識認知仮構文を構築した事になる。

そして、次にその信仰が浸透したら集団観測による存在定着が完成する。

で、彼らは限定的な干渉性をもつ【非人間観測者】として成立してるんだよ。」


非人間観測者とはどう言う事だ。

困惑している俺を見て、セイガさんは続ける。


「俺らよりも世界線への干渉はかなーり限定されるが、彼らにも観測や微々たる干渉をする力がある。

俺ら人間達とは違って、元からそう言う次元で生きてるんだよ。」


当たり前の様にセイガさんは言う。

動物が世界線の干渉を行えるなんて、初めて聞いた。


「え、何でこんな重要な話教わらなかったんでしょうか。」


セイガさんは少し考えながら、暫くすると「まあ…うん。そうか。」と呟いた。

「そもそも干渉が微小だから俺らは観測するのみだしな。大きく動かない限りどうにも出来ないと言うか。

彼らには俺らが出張る程、大きな干渉は出来ないし。」


それを聞いて、俺は疑問に思う。

「些細な干渉と言うのは、良い干渉・悪い干渉、どちらでも出来ると言う事でしょうか。」


セイガさんは指をパチンと鳴らして、正解!と叫ぶ。

「良い方向の方が圧倒的に多いな。彼ら根は優しいから。

悪さする場合はちょっと人間を驚かしたり、そんな程度。」


「そうだな。例として、昔実際にあった話をしてやろう。」



ここからはセイガさんから聞いた、キツネに関する昔話だ。



——————————



僕は小さな村で生まれた。


その村では同じ頃の年子がいなかった。

少し先の村へ行けば友達はいたが、子供の足では遠く僕はよく1人で遊んでいた。


山の中で川遊びをしたり、昆虫を集めたりと1人ながらも毎日楽しく過ごしていた。


だが、ある日の事。


いつもの様に山へ出かけると、見知らぬ男の子が少し先の山道に立っていた。

彼の顔は初めて見た顔だった。

僕が住んでいるのは小さな集落なので、どの家の人の顔も知っている。

隣の村にも遊びに行く事もあるのだが、その子の顔は近隣の村で一度も見た事がなかった。


不思議に思い、彼に質問をする。

「ねえ、どこに住んでるの?」

すると、彼は山の後ろの方を指さして「あっちだよ。」と言った。

あっち、がどこかは分からなかったが、山の向こうに村があるのかなとその時はあまり気にならなかった。


それよりも、折角同じくらいの年の子が目の前にいたので、「一緒に遊ぼうよ!」と誘ってみる。

彼も、満面の笑みで「うん。」と喜んだ。



それからは、その山で毎日彼と遊んだ。

名前を聞いても何故か教えてくれないので、僕は彼を「ナシ」と呼んだ。

何故そう名付けたのかと言うと「名無し」を略してナシ。

ねえ、とかキミ、と呼ぶのも変だったし、彼を呼びやすい様につけたのだ。


彼も、その「ナシ」と言うあだ名を納得したのか、呼べばちゃんと返事をしてくれた。


彼は僕の知らない昆虫を捕まえては見せてくれたり、

険しい山道に困っていると、通りやすい道に連れて行ってくれたりした。

色んな場所を軽々しく駆けていくので、この山にかなり詳しいんだろうな、と思っていた。


そんな山遊びの中で特に僕らが熱中したのは、川辺の丸まった石を積み上げる遊びだ。


僕の最高記録は8個で、沢山練習しても中々記録を更新する事が出来なかった。


2人で同時に積み上げ始め、崩れた方が負け。

そんなシンプルなルールだったが、僕はそれが楽しくて楽しくて仕方がなかった。


でも、僕はナシに勝った事がない。

何日も何日も勝負を挑んだが、ナシは軽々とバランス良く石を積み続ける。

何かズルでもをしてるんじゃないのか、と疑った事もあった。

だが、彼が使っていた石を借りて自分で積み上げても直ぐに崩れてしまう。


「あ、もう帰らなきゃ。」

赤くなりつつある夕日を見て、僕は村に帰る。

ナシは山の麓でいつも僕を見送ってくれた。

遠くまで歩いて振り返ると、彼はまだそこにいて僕に手を振ってくれる。

ナシも今から山を越えて村に戻らないといけない。

今から山を越えるのであれば、着く頃には夜になっちゃうんじゃないかな、と心配だった。



それから数ヶ月程、毎日僕はナシと遊んだ。

ナシは普段そんなに喋らないけど、たまに面白い冗談も言ったりして、俺はナシのそう言った所が好きだった。


だが、その日は毎回負けてしまう石積みに、僕は癇癪を起こしてしまった。

「何で毎回勝てないの!こんなに頑張ってるのに!もう、ナシなんて嫌いだ!」


手に持っていた石を遠くに放り投げ、その日僕はナシに挨拶もせず山を降りた。

帰り道、ナシの顔を思い出すと凄く悲しそうな顔をしていたのを覚えている。

でも、それ以上にいつまでたってもナシに勝てない事に僕は苛立ってしまっていたのだ。



その日の夜。

寝る時間になっても、僕はナシの事を考えてしまい眠れなかった。

嫌いだ、なんて言わなければ良かった。

そんな風に思ってなかったし、怒りに任せて余計な事を言ってしまった。

もしかしたら、ナシも怒って山に遊びに来てくれないかもしれない。

そんな事を考えているとどうにも眠れなくて、横になりながら僕は涙を流していた。


突然、外から僕を呼ぶ声が聞こえてきた。


奇妙な事に先ほどまでしていた蛙の鳴き声や、

風に揺れた草木の音が一瞬で止んで、その声だけが響いていた。


ああ、ナシが来てくれたんだ。

嬉しくて外を見ようと思ったが、自分の体が何かに縛られている様に全く手足が動かせなかった。

声を出そうにも、口からは小さな呻き声しか出せない。


「ロク…ロク…」

僕の事を呼んでいるその声は、やっぱりナシの声で少し寂しそうな声だった。

「ナシ!僕はここにいるよ!」と叫びたかったが、どうしても声は出なかった。


数分してナシの声が聞こえなくなった。


きっと諦めて帰っちゃったんだ、と僕は酷く落ち込んだ。


でも、直ぐに「ロク…ロク…。」とまた声が聞こえてきた。

その声は、とてつもなく近い。

まるで自分の耳元で大声を出されている位の大きな声だった。


体が動かないので目だけで周りを見ても、誰もいない。

でも声だけは凄く近く感じる。

だが、おかしな事にその声はどんどん歪な声になっていった。

最初はナシの声だったのに、

急に高音の女性の様な声で僕の名を呼んだと思えば、次は男性にしても低すぎる声で名前を呼ぶ。


僕は完全にパニックになっていた。

今、僕を読んでいるのは人間なのだろうか。でも絶対にそうは思えない。

手足がブルブルと震える。動けない体も、その声も全てが恐ろしくてたまらない。

目をぎゅっと閉じて、何も見ない様に必死になっていた。



気がつくと、朝になっていた。

僕は昨晩あまりの恐怖に気を失っていた様だった。


昨晩の事で、もしかしたらナシは人間ではないのかもしれないと思った。

それか、「何か」がナシを利用して呼びかけたのだろうか。


どちらにしても、ナシに会いたいと思い急いで山へ向かった。


俺が山に入ると、いつもナシとは自然に落ち合えたのだが、

今日はどれだけ探してもナシの姿が見えない。


不安でたまらなかった。

もしかしてナシにも何かが起きてしまったのだろうか。


ふと最初に出会った場所を思い出す。

どこから来たか聞いた時に「あっちだよ。」と言っていた方向。

そこを走っていけば、ナシの村に着く事が出来るかもしれない。


俺は小枝で頬を切ろうが、木の根で転ぼうがお構いなしに、ナシが指していた報告を目指す。

だがほんの数分走った所で、森の中で凛と建っている鳥居を見つけた。


その鳥居は奥に向かって4本建っており、子供が通れる位の小ささだ。

不思議に思いその鳥居を通り抜けると、その先に小さな祠があった。

祠の左右には、その祠を見守る様に狐の像が2体あった。

だが、右側の狐の像は体の途中で崩れてしまっており、左の狐だけが無事だった。



ふと祠の先を見ると、狐がいた。



尻尾をゆらりと揺らしながら、こちらを見ていた。

妙に白い色をした狐で、珍しいなと思い見つめていると、瞬きをした瞬間いつの間にか狐はいなくなっていた。


祠に目を戻すと誰も管理していない様で、

鳥居も葉っぱが巻き付いていたし祠も枯葉や泥などで汚れてしまっている。


「これ、ナシの家だ。」

俺は呟いた。


ナシと一緒にいた時に感じていた心地良さを、その祠から感じられた。

何故かと言われても、答えられない。

直感でそう思ったのだ。


次の日俺は家から雑巾等、掃除が出来る物をありったけ持って、その祠へ行った。

鳥居についていた汚れや狐の像、祠を雑巾で綺麗に拭いた。

自分が少し掃除をしただけでも、見違える程綺麗になった。


あの夜のことは、正直何だったのか分からなかったけど、

あの言葉を聞いて、ナシは僕がもう山に来なくなると思ったのかもしれない。

ナシは僕に「山に来て。」と言いたかったんじゃないだろうか。

怖かった筈なのに、あの声を思い出すと悲しくなってくる。


それから何度もナシを探しても、彼と会うことは無かった。



あれから10年経った。

俺は嫁を貰い、子供も4人おり幸せに暮らしていた。

あれからナシの事を思い、定期的に祠の掃除と管理を続けていた。


家の食料に余裕がある時は、ナシがお腹が空いたままにならない様にいなり寿司を祠に祀った。

数日後訪れると毎回いなり寿司は綺麗に無くなっていた。

野生の動物が食べたんだろうかと思うが、お皿には米粒も残されておらず、

「ああ、ナシが食べてくれたんだ。」と何故か思った。


俺はあのナシとの出来事の後から、度々不思議な現象に立ち会っていた。


数年経ったある日、祠の掃除をした帰りに俺はちょっとした不注意で

足を滑らせて数メートル下に転げ落ちた事がある。

転がる中、目の前に大木の根元が近づいており、ぶつかる!と思わず目を瞑ると、

ふわっと何か柔らかい物に挟まれた気がした。

目を開けると俺は根元に頭を打つ事もなく、怪我一つ見当たらなかった。


そして待望の第一子が生まれる時、逆子でかなりの難産だった。

産婆さんが言うには、もう嫁も子供も助からないとの事だったが、俺が悔し涙を流している間に、

いつの間にか赤子は生まれており産んだ嫁も赤子も元気そのものだった。

産婆さんは「奇跡が起きた」と言って驚いていた。


また、俺の家は農業を行っているのだが、数日に渡り激しい大雨が続く日があった。

何日目かの太陽がようやく昇り、周りの畑が冠水して収穫なんてとても出来ない状況だったのに、

何故か俺の畑だけは冠水もせず、まるで雨など降っていなかった様に作物は元気に育っていた。


こう言った、自分にとって大変ありがたい幸運な事が度々起こっていたのだ。


これらの事を「ナシがやってくれた」と気づかせてくれた事がある。


それは、3番目の子供がナシに会ったからだ。


子供が山へ遊びに行った際にある少年を見たと言う。

その子は同い年位の男の子で、山の少し上の方から子供に向かって言ったそうだ。


「ロクに伝えて。綺麗にしてくれてありがとう。君たちを見守っているよ。」

そう言って、直ぐに去ってしまったと言う。

子供が急いで後を追いかけると、その少年の姿はなく、変わりに妙に白い狐が走っていったと。


俺は子供からそれを聞いた時、涙が止まらなかった。

ナシはやっぱりあの狐で、祠は家だったんだ。


彼との楽しかった思い出は今でも大切な宝物だ。


——————————



「と、こんな風に、自分が気に入ったヤツの世界線に干渉する事がある。」


話の途中、これセイガさんの実体験ですかと言いたくなる程リアルで聞き応えがある話だった。

そのナシと呼んだ少年はキツネが化けて人間になっていたのだろうか。


「…なんかいい話ですねえ。」

ナシとその少年、ロクが一緒に遊んでいる姿を想像すると、何だか温かい気持ちになる。


セイガさんは「確かにねえ。」と微笑む。

「だが、逆に気に入らねえヤツに対しては、手がつけられん時もある。でもAUPDにとってこう言う奴らは

非人間観測者で、俺らはそれを【自然現象】として観測するから、あんま手出し出来ないんだ。」


なるほど、と呟いていると、セイガさんはまた写真を指さして、

「特に、猫。猫は強い。気まぐれだからそんなに干渉しないけど、他の動物より確実に干渉力は強い。」


だから、昨日猫に対して「あまり干渉しない様に」と言ったのか。

彼らの干渉が自然現象となると、確かに我々ではどうしようも出来ない。


「まあ、かなりレアって言うか。中々関わる事もないし。研修で教えなくなった理由もわかるねえ。」

セイガさんは何粒もラムネを取って、バリバリと砕きながら言った。


「教えてくれてありがとうございます。」


俺はセイガさんへお礼を言って、デスク上の装置に歴代の観測記録を表示させた。

キーワードで「猫」「非人間観測者」「キツネ」等入力してみる。

何件もヒットしたので、一つずつ読み始める。


「あれあれ〜。こう言う話、はまっちゃった?」

セイガさんが隣で笑いなが俺をからかうが、彼の言葉は一切無視して読んだ。


正直、こう言う話、すごく好きなのだ。


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