第10話 アクシスからの招待


局所的な真空エネルギーの揺れがあると第1課から調査依頼を受け、

セイガとアマギリは世界線N-VJ908へ向かった。


「何か変な歪みだな、こりゃあ。」


歪みの修復作業をしていると、セイガさんがそう言う。

基本的にはトラベラーと接触する事が主な目的だが今回の様に不自然な歪みが発生した場合、調査と修復作業の為我々が出向く事がある。


「偶発的にしては座標との乖離の差がおかしいですよね。まるで誰かの手によって必然的に起こされた、と言った方がしっくり来ます。」


目の前の歪みをスキャンして数ある数字の羅列を確認し、修復作業をしながら呟く。

こう言った歪みは基本偶発的にしか起こらないが、今回の様に隣接する世界線との乖離がある不可解な歪みは珍しい。


セイガさんを見ると少し考える様子をしたが、その数字を確認しながら徐々に顔が険しくなった。

「第2課より全課へ緊急報告。バディ番号1103 。本件はORAXによる故意的な発生した歪みと思われる。第2課の他バディ1組、もしくは第4課捜査官をN-VJ908へ派遣を要請。」

セイガさんは早口で腕につけている転送装置に向かってAUPD全課への緊急報告をした。


「え、ちょっと、全課案件ですか!?」

今の様に調査中に全課に協力要請するのはかなり特殊な例だ。

その問いに被せる様に、鋭い目つきでセイガさんは大声を出す。

「アマギリ!直ぐに自己存在確率を下げて見つからない様に…」


彼の言葉は最後まで聞こえなかった。



先ほどとは打って変わって、俺は真っ白な空間に立っていた。

状況の理解が出来ないが、隣をみるとセイガさんも同じ様に立っている事に気付き安心する。

セイガさんは先ほどよりも険しい顔で、真っ直ぐ前を睨んでいる。


「セイガさん、ここ…」

その言葉と共に前を向くと、その真っ白な空間の中に椅子に座った男性がいた。

その目の前には2つの椅子が置かれており、その男は「座ってくれ。」と椅子を指差した。


この男の顔は、見た事がある。

AUPD第2課の局内で、セイガさんの隣で微笑んでいたあの男だ。


写真よりブロンドの髪は長くなっており、少し歳をとっていた。


「久しぶりだ、セイガ。」

ORAXリーダーのアクシスが優しい声で言う。


セイガさんはそのまま無表情で歩いていき、素直に椅子に座った。

その隙に俺はこの座標を観測しようと移送装置を確認するが、遮断フィールドなど様々な装置を仕掛けているのだろう。

現在の座標は全く分からない所か、AUPDとも連絡は取れない。


「そこの君も、座りなさい。」

ゆっくりと、優しい声に聞こえるが拒否出来ない様な強い意志を感じる声だった。

従ってたまるか、と睨みながら首を振ってセイガさんを後ろから見守る。


「セイガと、そのバディを我々ORAXの世界線へ招待したんだよ。話をしたくてね。」

我々2人に目配せをして続ける。

「君たち2人とも、ORAXに来ないかい?」


その言葉を聞いた瞬間、全身から沸々と怒りが湧いてくる。

AUPDは法的に世界線の観測を行なっている組織だが、ORAXは完全なる違法組織だ。

特定の人物が欲しいとなると、その人物だけ拾い上げて周辺の世界線も全部勝手に消滅させてしまう。

言うなれば「自分よければそれで良し」として数々の世界線が無くなった。

それはその世界線に住んでいた大勢の人たちの【存在の殺人】だ。


「馬鹿にするのも大概にしろ!俺も、セイガさんも行くわけがないだろうが!」

「アクシス、俺行かねえよ。」

大声を出す俺と比例して、セイガさんは普通の会話の様にのんびりと話す。


「セイガ、お前も一度は自由を欲した。それは事実だろう。」

アクシスは真っ直ぐセイガさんを見て伝えた。

今のは、どう言う意味だろう。

そんな心を読んだかの様に、アクシスは俺を見て言う。


「私がAUPDを飛ぶ前に、セイガとは別の課だったので違法な手段で話をしたんだ。その時に一緒に来ないか、と誘った。」

セイガさんは、はあとひとつため息をつく。

「…ああ、実際悩んだ。観測されない自由ってどんなもんかって。でも俺は、俺の意思で行かなかった。

あなたが自由を望む気持ちは分かる。でも俺には俺の正義がある。」


固い声でセイガさんはそう返すが、アクシスはそんな様子を見て微笑みを浮かべる。


「お前の知識はORAXにとって、喉から手が出るほど欲しいんだ。勿論その新人君もね。

どの世界線でも自己を安定する為の安定フィールドが他の人間に比べてかなり高い。

まあだから利用されて第2課に配属になったんだろうね。」


そう言いながらアクシスは立ち上がり、座っているセイガさんを見下ろす。


「AUPDは【観測】によって存在を定義する。だが、それは【支配】する事に等しい。違うか。」


その言葉に間髪入れずセイガさんは立ち上がり、アクシスの胸ぐらを掴んだ。

「違うね。観測しなきゃ存在は消える。観測者がいなければ存在は確認出来ない。それがこの世界だ。

だから俺は……AUPDは見続けるんだ。この世界を!」


そう言って、セイガさんは力一杯アクシスの右頬を殴った。

だが、アクシスは痛くもない様子だった。そして少し悲しい表情でセイガさんを見つめて言った。

「お前は、自由を理解出来る大事な存在だ。」

「…なあ、大人しく捕まれってくれ。頼むから。俺にとってアンタはいつまでも、尊敬してる先輩でいて欲しいんだ。」

小さな声でそう言い、セイガさんは下を向く。胸ぐらを掴む手が、小刻みに震えていた。


普段喜怒哀楽は激しいが、本当の意味で怒ったり、泣いたりする事はないセイガさんのその様子に驚く。


だが、セイガさんの意見がこの世の正論だ。


俺はアクシスを見て続ける。

「観測しなければ、存在は消えます。だから我々は見続けるんです。【観測者】と言う誰かが見てくれてるから【俺】がいるんです。

あなた達ORAXがやっている事は自由を掲げた単なる暴走です。」


喋りながら、後ろに組んでいた手で転送装置を操作する。

ここに入ってから直ぐに隣接する世界線や存在波の特定を急いでいたが、

ORAXが独自に作り上げたオリジナルラインの為、かなり時間がかかってしまった。

AUPD内の自分達の存在波を解析し、微かな情報からようやくこの世界線から逃げ出せる算段が整った。


「セイガさん、戻ります!!!」

そう伝えて座標情報をセイガさんへ転送し、強制的に転送構文を起動した。

最後に、アクシスが「また会おう」と言い、微笑んでいた。




次に見渡すとAUPD第2課に戻ってきていた。

セイガさんは難しい表情のまま立っていたが、暫くすると椅子に座りデスクの引き出しからタバコを取り出した。

いつもは室外に吸いに行っている様だが、今回そのまま座りながら火を着け、ゆっくりと吸った。

タバコを持つ指先が小刻みに震えていたが、それは怒りか悲しみからくる物なのかは俺には分からなかった。


お互い何を言うでもなく、ただただ時間が過ぎていく。

セイガさんは最後にタバコを深く吸い込み、デスクの横に置いてあった飲み物の中に吸い殻を捨てた。


「あいつが言ってるのは間違っちゃいねえ。でも正解でもねえ。」


そう言うセイガさんは、まだ険しい顔をしたままだった。

「確かに、アクシスに誘われた時、俺は迷ったんだ。ダメだって分かってても、自由は魅力だった。」

こちらを見たセイガさんと、ようやく目が合った。


俺は先ほどのアクシスの顔を思い出しながら話す。

「俺は、今日アクシスと話すまで分かっている様で分かっていなかったんだと思います。

アクシスは観測される事に【絶望】を感じてる。でもセイガさんも俺も、観測されている自分を【希望】に思っているんですね。

自由とは観測されない事なのか、観測されていても選べる事が自由なのか、色々考えさせられました。」


そう言うと、セイガさんはふっと笑い出し、いつも通りの顔に戻った。

「希望かあ〜。確かにね…まあ、一発殴ってやってちょっとスッキリしたわ。」


そう言って、セイガさんは椅子から立ち上がりどこかへ歩いて行った。


——————————


内部監視記録:AUPD対内調査F-a27 対象者:セイガ・カイ 

ORAXと接触 危険レベル:8


バディ番号1103

・セイガ・カイ

・レン・アマギリ


世界線N-VJ908調査中にORAXリーダー・アクシスと接触。

帰還する際に世界線の追跡を妨害するフェイクシフター、残留した存在波消去を同時に実施済。

ORAXはAUPD世界線の座標特定は不可能と見られる。

対象者2名に外傷は見られず。


セイガ・カイにて本件の事後報告書は提出済。


報告書内にて、両名共にORAX加入を勧められており断ったと記載あり。


アクシスとセイガ・カイは以前第2課でバディを組んでおり、アクシス側から接触を試みたと思われる。


以下2点捜査の必要あり。


1、ORAXリーダー・アクシスとの会話ログがノイズ干渉により確認出来ず。

2、帰還後セイガ・カイの存在波に再位相同期の痕跡が検出された


両捜査官はORAXとの関連性をAUPD内にて調査し、完了するまで謹慎とする。


——————————


AUPD第4課 特務局。

この課はAUPD内で最も危険度の高い案件を扱う課であり、9次元+10次元の捜査や隠密行動を行なっている。


俺は上記のレポートを確認し、上司へと告げる。

「不明点2については、単に観測操作を受けた際の残留では。ORAXの思考に一時的に同調した際に起こったが、自己思考に戻った。

だが会話ログが検出されていないのは、何か意図的な判断かもしれませんね。」


そのまま俺はAUPD第2課セイガとアマギリの調査を任された。


先ずは、両名の観測履歴を「過去7日間」のみ強制復元し、全ての対話を洗い出す。

膨大な数の中、ORAXについて話をしているのは数回のみだった。

一部「自由」の点では同調している発言も見受けられるが、それ以上に危険思考のある発言は認められなかった。


次に、レン・アマギリの無意識下での観測波を解析し、セイガに対する信頼度の揺らぎを検証。

こちらも、異常なし。ORAXと接触前、接触後にも信頼の揺らぎは認められなかった。

寧ろ事件後に、信頼度は前より増長している。


となると、調べ方は少し複雑化してくる。

俺は課内の別の施設へ移動し、擬似世界線シュミレーターにてセイガのパターンを転写、思想バイアスの再現性テストを行った。

また、意図せずORAX構文を発話していないか、自己観測構文の崩壊チェックをする。


表示された項目を確認するが、結論として問題は無かった。

ORAXのリーダーを様々な性格に設定し、シュミレーション何度も繰り返し行なったが、

どのシュミレーション内でもセイガはアクシスを殴り、組織への加入を否定している。


それを見て面白い男だな、と思う。

正直1つや2つ、シュミレーションの中でORAXに同調する分岐世界線があるかと思ったが、全く無い。


本来の会話ログは確認は出来ないが、何度も様々なパターンでシュミレーションをしても同じ結果になる為、

実際にORAXと対峙した際に、全く別の結果になる事は考えられない。


1つ気がかりなのは会話ログが残されていない事。

「意図的」と当初は思ったが以上の検証の結果論としてORAX側がノイズを出していた可能性が非常に高い。


両名の転送装置を解析してみると、ログ内に無数のバグがあった。

それがORAXと会話をした際の記録だろう。ノイズを限りなく無くしてみるも発言の検出は不可能だった。

このプログラムもAUPD内では見た事もない羅列だった為、ORAXの干渉と見て間違いないだろう。


「シロだね、これは。」

そう呟いて結果を記載したレポートと共に上司へ報告をした。


——————————



「謹慎って酷いよなあ〜〜〜〜。」

久しぶりに第2課局内へ戻ってくると、デスクに座っているセイガさんがいた。


「いや、謹慎と言う名の休みは嬉しかったですね。オリジナル世界線で存分に楽しみましたよ。俺は。」

ぐへえとか言いながらデスクに突っ伏したセイガさんの怠けた姿に一瞥をし、隣のデスクに座る。


「謹慎中は捜査ファイルも見れないし、ここも立ち入り出来ないし〜…。」

「あ、この世界線にある自分の部屋戻ったんですか?なんか噂では貴方の部屋には家具とか何もないらしいですけど。」


そう言うと、セイガさんは驚きながら俺を見る。


「なーーんで知ってんの?俺ん家の様子。って言うか、自分でもビックリする位何もなくて…もう暇で暇で…。」

そう言いながら、デスクの中から細長い容器を出し、1つ小さな塊を出して口に運んだ。


「あれ、チョコバー飽きたんですか。それは…何です?」

「ラムネ。」


ん、と手を出せとジェスチャーされる。

カラカラと容器を振って、俺の手の中に2つ小さな塊が出された。


どんな味なのかも分からないので、先ずは1つ恐る恐る口に運んでみる。


「あ、美味しい!」

今までのチョコバーやアップルパイとは違い、しつこい甘さが無い。

口の中で舐めていると、ジュワッと溶けて爽やかな甘さだけが後に残った。


「だろ〜。美味しいよな〜。」

と言いながらラムネが入った容器を口に近づけ、セイガさんは残っていたラムネを何個も口に含みボリボリと噛み砕いた。


その様子に驚きながら俺は聞く。

「え、噛む物なんです?これ。舐める物じゃなくて?」


セイガさんはニカっと笑いながら言った。

「自分で決めていーの。」


俺は手に乗ったもう1つのラムネを見て、笑う。

「心底、どっちでも良いです。」

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