第9話 遅咲きの花
「ちょっと、お前ら待てって!」
スタジオ内で着々とギターやベースを仕舞うメンバーを見ながら俺は必死に伝える。
「すげー曲、作るから!もう1曲だけ待ってくれよ!」
その様子を見ながら、ドラムのカジが呆れた様に口にする。
「その言葉、何回目?バンド続けたって売れないって。俺らもう24だよ。」
ギターのトラが続ける。
「大体、もう一曲、もう一曲って言い続けて結局売れなくて。もう潮時だろ。」
俺たちはバンドを結成して6年目になっていた。
どこの音楽レーベルにも属す事が出来ない、ただの売れないバンドだ。
だが、結成した翌年自分たちが生み出したある曲がヒットした。
色々なSNSでその音源は使われ瞬く間に世間に浸透した。
でも、それがいけなかったのだろう。
その後相次いで曲をリリースするも、どれも鳴かず飛ばずだった。
それでも一躍有名になったあの瞬間を、メンバー全員が忘れられずにここまで続けてきたのだ。
ベースのタケが頭を下げ、
「ごめん。俺もう就職先も決まってるから、戻れない。」と言った。
改めて皆を見渡してみても、黙々と撤収作業をしており誰とも目が合わなかった。
そのままスタジオの外で、「じゃあな」とか「元気でな」とか口々にして、皆は去って行った。
俺だけがその場から離れられず、時が止まったかの様に立ち尽くした。
この6年間の事を思い出す。
バンドの名前を決める時の高揚感、いい曲が出来た時の皆の一体感、自分たちが作った曲を皆が聴いてくれたあの瞬間。
今までやってきた事は果たして無駄な事だったのだろうか。夢を追う事がそんなにも悪い事だったのだろうか。
俺は今までの事を思い出しながら、その場で泣き出した。
涙を流しながら、家へと続く道を一歩一歩悔しさと共に踏みしめた。
その帰り道、自宅の前のゴミ捨て場で不思議な物を目にした。
最初は自分が泣いているので目の前がくすんで見えているだけだと思ったが、
涙を拭いて改めてみても、やっぱりおかしい。
ゴミ捨て場の前に、ゆらゆらと揺れている部分がある。
ゆれる度、その奥に少しだけ光が見えた。
不思議に思いつつ、俺はその揺れている部分に手を差し出した。
——————————
気がつくと、その場所は今まで生きてきた世界では無かった。
何故瞬時にそう思ったかと言うと、そこは重力を無視したかの様にぐにゃりと世界が丸くなっている様で
その丸の中に360度、様々な建造物が建っている。
今立っている地上から上を見上げると、上空にはこちらに向けて、ビルや家がびっしりと建っていた。
横をみても、並行に建っている自分から見てこちら側に伸びる様に家が建っている。
更にその空間には数えきれないほど沢山、上と下を繋ぐパイプの様な物が見えた。
まるで上と下を繋ぐエレベータの様だ。
完全に今までの物理法則では考えられない状況が、目の前に広がっている。
俺は自分自身の頭がおかしくなったのだと思った。
どこかへ逃げなければ、と直感したがまるで見た事も聞いた事もない様な光景に完全に圧倒されてしまっていた。
足が震えて動くに動けなかった。
そこでふと視線に気づき、目をやると周りの人物が俺を見ていた。
皆揃って、全身同じ格好をしているが色が少しずつ違った。
だがそれを認識した瞬間、周りの人の服が今日着ていたバンドメンバーの服に変化した。
瞬きをする度、様々な服装に変化している。
ゆっくり落ち着いて観察すると、それは自分の家の服だったりネットで探した服だったりと
自分が見知った服がその人たちに反映している様だ。
不思議に思っていると、俺を見ていた1人がこちらに向かってきた。
ただ、その様子がおかしい。【歩く】と言って良いのだろうか。
俺からみたそれは、その人が一歩一歩歩いているのではなく、まるで地面がこちらへ移動している様に見えた。
不思議な光景に見入ってしまったが、どんどん近づいてくるその人に恐怖を覚える。
逃げよう、と思った瞬時にその人の顔がバンドメンバーでギターを担当しているトラの顔に変化した。
目の前でじっと見つめるトラの顔は真顔で少し恐ろしかった。
見つめ合った状態が続いたが、暫くして相手は困った様子で喋り始めた。
「asabbe keaibsa akso….」
何を言っているのか分からず惚けていると相手は諦めた様子で、手のひらサイズの機械をどこからともなく取り出した。
「は?何?」
その装置を持った瞬間、頭の中に声が鳴り響いた。
「あなたはどこからきた。」
目の前のトラを見ると、口は動かしていない。更に頭の中に直接声が響く。
「どこからきましたか。」
どこから…どう言う意味だろうか。
俺は急にこの世界にいたので、自分がいた場所も、ここは何処かも何もわかっていない。
そう悩んでいると声が届く。
「理解、あなたは幸運。わたしたち、AUPDに連絡します。」
理解した?今俺が考えている事が相手に伝わっていると言う事だろうか。
頭の中を覗かれているのか?それに目の前には1人しかいないのに、
わたしたち、とはどう言う事だろうか。
「そう。わたしたち、あなたに分かりやすく言うと、頭の中でコミュニケーションする。
総合思念体なので今あなたと意志交換している事は、現在この世界にいる全員が知っています。」
トラの顔が少し微笑む。
「ここには、悪い思念持った人いない。安心。」
俺はつい言葉で話すが、相手には伝わらない様で頭の中で会話する。
「ここはどこですか?」
「旅人に座標は教えられない。でもとても安全なところ。」
そう言った瞬間、頭の中で少し低い男性の声がした。
「すみません、通報ありがとうございまーす。」
後ろを振り向くと、2人の男性が立っていた。
無精髭のうねった髪の男が敬礼をしている。
その様子を見て、トラの顔をした誰かは機械を回収し、そのまま去っていった。
「すみません、通報を受けて出動しました。」
もう1人のカーキー色の短髪の男性が言う。
「あの、俺どうなっちゃったんでしょうか。」
言葉を発して、ハッとなる。
先ほど言葉は伝わらなかった。もしかしたら頭の中でしか通じないのか。
そんな様子を見て、短髪の男性が言う。
「あ、言葉で大丈夫です。発語での会話で我々は対応可能です。」
冷静そうに言うその態度に、一気に安心する。
「ここは君がいた世界とは別の世界線。飛んじゃったのよ。だから戻すのが我々AUPD。俺はセイガで、こっちの怖い顔したやつがアマギリ。」
へらへら笑いながらセイガと言う男が言う。
「はい?俺、怖い顔してないんすけど。」
アマギリと呼ばれた男がセイガを睨む。
そんな様子にふと笑いが込み上げる。
それを見た2人は不思議そうにこちらを見るが、少し笑いながら俺は訳を話す。
「いつもバンドメンバーを紹介する時、タケの事を同じ様に「怖い顔したやつがタケだ」って話すんだ。」
「そうでしたか。それは不憫ですね。」
アマギリさんが心底同情してそう言った。
「バンドとは…。」
そう言いかけたアマギリさんにセイガさんが笑いながら「悪かったって、な!」っと肩を叩いた。
鬱陶しそうにそれを払い、アマギリさんは続ける。
「これから元の場所に限りない世界線へあなたを移送します。
ただ、99.999%同じ様な世界線ですが、元の世界とは微小に違った世界線になります。」
俺は不思議に思う。
タイムリープやそう言った類の映画・小説だと、その人たちは自分の世界に戻れている。
「どうして元の場所に戻れないんでしょうか。」
「それは今日あなたが別の世界線で経験をしてしまった。その【記憶】や【経験】を持った状態で元の世界線に戻すと
徐々に矛盾が生じ、大きくなる。そうするとその世界線が未来を描けない状態になり、無になります。」
世界線が無になる、と言う事は死を意味するのだろうか。
そこで住んでいた人たち全員が、ある日突然に無と化す。
想像しただけでも怖かった。
悩んでいるとセイガさんがこちらに向かってきて、笑顔で伝える。
「ちょっと交友関係は変わるから、それが君にとって【良い結果】になるのか、【悪い結果】になるのかは分からんが、
戻ってからまたバンド頑張ればいんじゃね?俺も好きよ、音楽。」と言った。
アマギリさんは不思議そうに「音楽ってなんですか。」と言っていたが
セイガさんは間髪入れず、「心を豊かにするもんだ。まあ後で教えてやるよ。」と伝えた。
「じゃあ、あの、何か良く分かんないですが、よろしくお願いします。」
2人のやり取りはコントの様でちょっと面白い。
すっかりとその2人に安心してそう伝えると、アマギリさんが手首の機械を操作した。
「音楽、俺もセイガさんに教わってみますね。」
とアマギリさんの声と共に、目の前が真っ白になった。
——————————
気がつくと俺はゴミ捨て場の前にいた。
目がチカチカしたが、それは直ぐに治った。
さっきまでの出来事はなんだったんだろうと思いながら家に入る。
先ほどの事をメンバーに話したくて、携帯を取るが思い出す。
長年頑張ってきたバンドは今日解散してしまったのだ。
携帯を放り投げ、ふと頭の中に浮かんできたメロディーを楽譜に起こした。
俺はまだ音楽に夢を持っている。やはり諦められないのだ。
不思議とその曲は悩む事もなく、自然と出来上がっていった。
それから1週間経った頃に、ドラムのカジから着信があった。
「お前、何でスタジオ来ねえの?体調悪かったりする?」
後ろではギターとベースのチューニング音も聞こえてくる。
もう解散した筈なのに、あのスタジオで皆が集まっている様子だった。
慌てて、「解散、したのに何で…。」と伝えると、カジが怒った様に、
「はあああ!?解散?何言ってんだよ。解散なんてしてねーから!」と告げた。
混乱のあまり何も言えないでいるとカジは
「ボケた事言ってんな!はよ来いや!」
と一方的に電話を切ってしまった。
訳はわからなかったが、兎に角スタジオに向かおうと立ち上がった。
出来上がったばかりの曲の楽譜や歌詞を持って、駆け足で急ぐ。
スタジオにつくと、全くもっていつも通りの風景だった。
ギターのトラ、ベースのタケ、ドラムのカジ。
俺がスタジオに入った瞬間、遅い、遅刻だと責められたが、俺はその様子を懐かしく思い泣きそうになった。
そう言えばあの人たちが、限りなく近い世界線だけど交友関係とかが少し変わると言っていた事を思い出す。
目の前の状況を見て、ああ、あれは夢ではなく現実の出来事だったんだ、と実感した。
元の世界線では解散していたバンドも、この世界線では続いていたんだ。
メンバーの前で自分が作ってきた曲を歌うと、満場一致で「今までの中でいい曲だ」と褒めてくれた。
そのままギターやベース、ドラムを付け加えていき、試行錯誤の末に何とか曲は完成した。
こして俺たちは、久しぶりに新しい曲をリリースした。
リリース直後、その曲にはかなりの反響があった。
ジワジワと、しかし確実に世に広まっていった。
それからは今までの生活とは一変し、色んな場所へと引っ張りだこになった。
初めてTVで歌った時は、心臓が口から出ない様ずっと心臓の位置を手で握っていた。
メディアの露出も大量に増え、バンドメンバー達は皆喜んだ。
遅咲きだったが、ようやく俺たちの花が開いたのだ。
【ほんの少し】違った世界、この世界では俺も皆も音楽を諦めていなかった。
これからもいい曲を生み出そう。皆でそう言いながら、俺たちは笑った。
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