第8話 不自由な自由

自分がどんな選択をしても世界は分岐するだけ。

もしもこれを外側から観測したとたら、自分の人生はただその数ある世界線の上だけに生きている。

観測者から見たそれは、ただただ細い線が沢山分岐しているだけ。


一体それが自由と言えるのだろうか。


ORAXにスカウトを受け組織に加入してからは、あるプロジェクトの為に新たなプログラミングを試し実験を何度も行った。

だがどうしても上手くいかない部分があり、なんとか試行錯誤をしていたが我々には10次元の情報が圧倒的に足りなかった。

AUPDの技術と同様の装置を持っているが、新たな技術が日々更新されるAUPDとは違いORAX側は技術力が不足している。

現在はまだ「少し劣っている」程度だが、今後その差はどんどん広がるだろう。


更なる技術力を求めた俺は、ある日仲間と共に世界線の越境をし、ある人物をスカウトしに行く事になった。

そこで対象の人物の世界線の座標に着いた瞬間、AUPDの捜査官に捕まった。


その世界線には越境した人がダイレクトにAUPD第5課の収容所へ転送される罠が張ってあった。

捜査官が言うには「ORAXがその人物に接触する可能性が高かった為」との事だった。


そして俺は絶望の中、AUPD独自の世界線「分岐不能世界線、通称Z-LINE」へ収容された。


ーーーーーーー


ピピピ、と電子音が響き俺は目を覚ます。

瞬きを数回してからあくびをしながら「アラーム止めて」と言うと直ぐに音は消えた。

起き上がって、カーテンから外の様子を覗く。


そこには雲ひとつない晴れた空が見えた。窓を開けると心地よい風を感じる。

そのままベランダに出て観葉植物に霧吹きで水をやり、終わったらベランダに置いてある椅子に腰をかけ空を見上げる。

これは毎日のルーティーンだ。

10分程度、日差しを浴びてくつろぎながら外で過ごし部屋に戻る。

そのままキッチンへと向かい戸棚を開けて容器から1つのサプリメントを取り出した。水を入れて、飲み込む。

そして、着替えをする。


この生活には非常に満足している。

仕事も彼女との仲も順調。公私共に絶好調だ。


だが同時に、たまに違和感を覚える。

それは日によって変わるが、毎日晴れている空に違和感を覚えたり、観葉植物に違和感を覚えたりと殆どは些細な事だが、

酷い時には彼女の顔が一時的に思い出せなくなる時もある。

写真を確認して「ああそうこの顔だ」と先ほどまで何故忘れていたのか。と1人で笑ってしまう。

「何が変なんだ?」と自分でも不思議に思うが、何故かたまに「おかしい」と思ってしまう。



「出勤時刻です。」

突如、部屋内に響き渡ったその声に俺は焦る。

つい考え事をしてしまっていたが、AIのアナウンスがあったと言う事はもう既に8:30分になっていると言う事だ。


急いで着替えをし、玄関先で靴を履きながら

「ロックよろしく。」と伝えると、

「はい、気をつけて行ってらっしゃいませ。」と毎度ながら丁重に声が返ってくる。


会社は歩いて10分の所にある。

最初は少し早足気味で向かったが結局普通に歩いてしまう。まあ、いつも早めに着くので問題はないのだ。

出勤時間の為か、今日も沢山の人が道路を行き交う。

ざわざわと色んな人の声が聞こえるが耳をすませてみても、単語や会話の流れがわからない。

まあ、遠くで喋っているからだろうと、いつもあまり気にしていない。


上を見るとやはり雲ひとつない晴天で、定期的に吹いている涼しい風が心地よい。

ああ、幸せだなあ、とつい笑顔になってしまう。


会社に着いたが、やはり早めに着いてしまった為フロア内にはまだ誰もいなかった。

いつも通り俺は自分の席に座り、前日終わらなかった書面の作成を開始した。

「仕事の時間外に仕事をするな」と言うのが上司の口癖だが、俺は得にやる事もないので出勤時間前だろうと仕事をしてしまう。

そんな事をしていると、続々と皆が出勤してくる。

いつも思うが、1人来ると次々と皆が同じ時刻に出勤してくるのでアリの行列みたいで面白い。


「おはようございます。今日もよろしくお願いします。」

と隣に座るのは、俺と同期の男性だ。

「なんでいつも同じ挨拶なんだよ、同期なのに変なヤツだな。」

そう笑いかけると、相手もにっこりと笑い「すみません、つい癖で。」と笑った。


そんな風に仕事も終わり、俺は彼女と待ち合わせをしていたレストランへ向かう。

店内に入り、予約している事を伝えると店員はいつもの窓際のテーブルへ案内してくれた。

まだ彼女は着いていない様だ。

彼女も仕事をしておりたまに残業があるそうだ。こうして彼女を待つ事は少なくない。

俺の会社は残業と言う概念すらない様な会社なので、彼女の事は不憫に思う。

だが、「遅れてごめん!」と走ってきたのだろうか、汗をかきながら必死に謝る彼女は可愛い。

だから、待つのも苦ではない。

店員にいつも通りのワインを頼み、外が暗くなる様子を見ながら彼女を待つ。


今まではサプリしか飲んでこなかったが、彼女が「食べる」と言う行為を好む。

自分は食べる事は少し苦手で、料理には口を出さないのだがこの「ワイン」と言う飲み物は凄く好きだ。

最初は彼女が飲んでいるのを少し飲ませてもらった事がきっかけだが、その時は初めての匂い、初めての味に驚いた。

なんだか人が飲んではいけない様な味がして、その場でナプキンに吐き出した。

彼女はそんな様子を笑っていたけど、当たり前の様に美味しそうにそれを飲むので何故か負けた気がした。

それから、ここで会う時には毎回ワインを注文した。

この飲み物に、俺は勝つのだ。

そんな気迫で飲み干していたら、いつの間にか渋みの中に潜むマイルドな口溶けに魅了されていった。


「ごめん!待ったよね!ごめーん!」

彼女はやはり走ってきたのだろう。汗をかきながら髪は少し乱れている。

それでもやっぱり、可愛い。


「大丈夫だよ、今日も仕事お疲れ様。」

微笑みながら座る様に促す。

彼女は息を整えた後、店員に俺と同じワインを注文した。


「今日は食べないの?」

そう聞くと、彼女は恥ずかしそうに言った。

「あのー…サプリと食事一緒に摂ってたんだけど、…太っちゃった。」

彼女を見ると、特段太った様には見えなかった、むしろ他の女性より細いと思う。

「別に気にしなくていいのに。」

と言うと彼女はちょっと怒った様に、「男子には分からないの!」と言う。


彼女と出会って、3年は経つだろうか。

それでも、会う度に「初めて会った」様な感覚に陥る。

毎回ドキドキする様な、この人を知ってみたい、と純粋に思う。



その後、レストランではいつも通り楽しく会話は進み、俺たちは解散した。



夜、自宅に帰ってきて思い返す。

今日も彼女は可愛かった、会社でも上手くいっているし、俺ってもしかして凄い幸せ者なのではないだろうか。


そんな平和な事を考えていると、急にキーンと耳鳴りがする。

「っわ!何だ…」

耳を塞いだが、それはどんどん強くなってきて、耐えきれずにその場にうずくまる。

うめき声をあげていると、急に頭の中で声がした。


「ORAXに戻って来い!」



頭の中で鳴り響くその声に、俺は今まであった出来事が、一気に頭の中にインストールされた感覚がした。

そうだ、そうだ!全部思い出した。

何故、何故忘れていた?俺はORAXで、世界線を越境した際にAUPDに捕まった。

そして今は、分岐不可世界線に来ている。


思い返して寒気がした。

俺が何をしようと分岐していかない世界線。

朝起きて会社に行き、仕事終わりに彼女に会い、毎日を終える。夜が明ければいつも雲ひとつない晴天で、定期的に吹く風。

1人出社したら皆が次々と入ってくる様子。他の人たちはゲームで言うCPUの様だ。

自由を掲げるORAXが不条理にも、どんな世界線よりも自由がない世界線で収容されている。


先ほどの声はもう全く聞こえなくなっていた。耳鳴りもしない。

だが、そんな事よりもこの分岐しない世界線を打破しなければいつも通りの明日が来て、いつも通りの世界になってしまう。

だが俺には抜け出す方法が1つも見当たらない。

世界線を越境するデバイスの様な物はこの世界で見た事がないし、そもそも収容されている状態から抜け出せない。

ここの世界では脳内にプログラミングする技術も何もない。思い返すと、この世界線はかなり古い技術設計がされている。


なんとか、明日に繋がる事をしなければ。そう思い必死で当たりを見渡す。

かなりアナログな方法だが、これしかない。

テーブルの上にペンと紙を用意して、メモを残した。


【私は、ORAXだ。絶対に忘れるな。

絶対に毎日思い出せ。仕事に行くな、彼女に会うな。決められた行動をするな。

そのズレは最初は微小でも、大きくなてっいく。世界線にズレを起こせる可能性がある。】


書き終えた後、息が上がっていた。

メモはテーブルの上に置いた。横に飲みかけの水が入ったコップがあったので、メモの上部分に置いて固定した。


多分、ORAX側はAUPDの収容世界線を特定出来た訳ではない。そもそもまだそんな技術はないだろう。

以前から記憶していた自分の干渉波等を頼りに、一か八かで接触しようとしたのだ。

それもこの世界線のせいで、かなり薄くなっていた筈だが自分が「違和感」を持っていたので、何とか届いたんだと思う。

上手くいく事は限りなく少ない。それでも「戻って来い」と言ってくれた仲間を思うと涙が出る。


だが、その瞬間俺は強烈な眠気に襲われた。

目の前がゆらゆらと不鮮明になっていく。


眠ったら駄目だ、起きろ!起きろ!ORAXを忘れるな!忘れるな!

強くそう思うがその眠気には耐えられずその場で倒れる様に横になった。

最後にメモ書きを残したテーブルに伸ばした手が、机にぶつかった。




朝起きると、そこはいつもの部屋だった。

ベットに入らず机の横で寝ていた自分を不思議に思ったが、直ぐに昨日は強烈な眠気に襲われた事を思い出した。

床の上で寝ていたので肩や腰がかなり痛い。


「あ〜〜〜…。」

あくびをしながら起き上がり、痛む体に軽くストレッチをした。


そしてふと机の上を見ると、水が入ったコップが倒れていた。

「うっわ…。」

その水は床まで垂れていて、机の上もかなり濡れてしまっている。


机の上に、何かメモ書きの様なものだろうか。

紙に何か書いてあった様子だが、酷く滲んで何が書いてあったのかは全く見えなくなっていた。


昨日の自分に文句を言いつつ、濡れた机と床を綺麗にする。

外の様子を見ると、今日も雲ひとつない良い天気だった。


「出勤時間です。」

AIの声にハッとする。

このアナウンスが流れたと言う事は、もう8:30分になっていると言う事だ。


俺は急いでベランダに出て霧吹きで観葉植物に水をやった。

そして着替えをし、サプリを急いで飲んで走りながら玄関に到着した。


靴を履きながら、「ロックよろしく。」と伝えると、

「はい、気をつけて行ってらっしゃいませ。」と毎度ながら丁重に声が返ってくた。



ーーーーーーー



AUPD第5課収容課 レポート


【昨日11:29分β785-744の収容世界線へORAXの干渉が発生。世界線の座標特定は無し。対象人物に干渉波を利用した接触あり。

分岐不可世界線の為、対象人物には変化は無し。また、念の為β785-744からα563-293世界線へ対象人物を移動。」


分岐不可世界線(Z-LINE)では全選択肢が【内部で循環】し、

世界線の増殖・移動・観測干渉を完全に遮断した封鎖型世界線である。



収容人物がどんな選択肢を取っても、絶対に世界が変化しない世界線である。

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