第7話 ごめんと一言、伝えたかった


大学での生活は凄く楽しい。

勉強自体はつまらないけれど、小中高の様にびっしりと朝から下校まで時間割で決まっている訳でもないので、

例えば今日見たいに朝に2限あるだけで午後はフリーと言う日もある。

実家から出た一人暮らしも自由を感じられて嬉しいし、何よりも仲間達と遊ぶ時に、両親の干渉はなく門限もなければ

何時に帰ったって、誰も文句は言わない。

アルバイトの余ったお金で仲間たちと遊びに行ったり、部屋でお喋りに花を咲かせたり、

兎に角今まで遠ざかっていた「自由」を取り戻した様に遊んだ。


でも、そんな中でもたまに、寝る前に思い出してしまう事がある。


私は高校生の時、親友がいた。

その子の名前はユイと言って、同姓の私から見てもかなり可愛い顔立ちをしていた。

高校生活最初の始業式。

席が決まっていた訳ではなかったので、緊張の中空いている席に座りたまたま隣にいたのがそのユイだった。

中学までは地元の知り合いは多かったが、高校は自分の意思で商業高校を選択して受けていたので、

今までとは違い、知り合いが誰もいない状況だった。

更に、商業高校ともあり男子生徒の比率がかなり高く、見渡す限り女子は数える程しかいなかった。


そんな私に、隣に座っていたユイが話しかけてきてくれた。

「女の子、全然いませんね。」

私も同調して、「5人…位しか見当たらないですね」と笑った。

「だったら、私と仲良くしようよ!貴重な女の子の友達!」と可愛らしい声で手を差し出しだ。

「うん、ありがとう。これからよろしくね。」と私も手を出し、握手した。

可愛い顔の子は、声までも可愛いのかとちょっと驚いた。


その高校では新入生は2つのクラスに分かれ、クラス替えは一切なくそのまま1、2、3年と同じクラスで授業を受ける。

私とユイは偶然にも同じクラスだった。他の3名の女の子は他のクラスだった。

周りに男子生徒しかいないので、同姓の子がいると凄く安心した。


私自身、容姿にはあまり自信がなかった。

中学校まではメイクなんてした事がなかったし、髪の毛も染めた事も勿論ない。

だが、ユイに化粧の仕方や髪の毛のアレンジ方法等を教わり、2年生になる頃には今までの芋っぽさが抜けて

周りの男子生徒からの目も、少し変化した様に思う。

校則もそこまで厳しくない高校だったので、ある日ユイに手伝ってもらい、初めて自分の髪を染めた。

少しだけ茶色にしただけなのに、急に大人びた印象になった気がした。

ユイも、この方が良さが引き立つね、と一緒に喜んでくれた。


ユイは顔が可愛いだけではなく、性格面も良かった。

誰かの悪口を言う事は全くしなかった。

ただ単にイエスマンと言う訳でもなく、自分が嫌な時はきちんと状況を説明し断る。

他の人には流されず、自分の目で確認する。まるでユイの中にはしっかりとした一本の軸がある様に思う。


そんな私が、ユイに対して嫉妬した事がない筈がはない。

容姿、性格が完璧で私にも他の人にも優しい。

だが、密かに思いを寄せていた男子生徒と話をしている時に、彼がユイの事が好きだと聞いた時「やっぱりな。」と諦めと共に嫉妬した。

その後、ユイに対して冷たくなってしまった時期があった。

自分の感情がうまくコントロール出来なかったのだ。

ユイは何一つ悪くないのにそんな態度をしてしまった自分に、ユイは察する部分があったのか、

無理やり理由を聞き出す事もなく数日間自分の気持ちを抑える間、自分が話かけるまで待っていてくれた。


放課後、涙ながらに事情を説明しようとするも言葉がつっかえて上手く話す事が出来ない。

ぽつり、ぽつりと単語を積み上げて説明する間、ユイは黙って抱きしめてくれた。


クラスの男子生徒の殆どは彼女の事が好きだったし、他のクラスの生徒や先輩達もユイを狙っていた。

でもユイは誰とも付き合わなかった。

理由を聞くと、私といる時が一番楽しいから彼氏はいらないそうだ。

それを聞いた時は、嬉しさと同時に男性諸君に同情し、宝の持ち腐れだなあと心底思った。



そんな日々を送っていたが、高校3年生の時に好きな人が出来た。

その人は私とユイと話をしていても、私にばかり話題を振ってくれたしユイに興味がない様に思えた。

自分が優先されている初めての感覚に、私は戸惑った。

だけど、私とユイ、彼と3人で遊ぶ事も増え放課後色々な場所へ遊びにいった。

私もユイも門限があったので、限られた時間がある中で楽しんだ。

ユイ自身も私が彼を好きなのも分かっていたし、どうやら彼も私を好きだと感じていたらしく

徐々に3人で遊ぶのではなく、ユイが用事があるとか門限が厳しくなったとか色々言い訳をして

彼と2人で遊ぶ事が増えた。

ユイがいないと寂しかったが、ある日私から彼に告白をし、彼も好きだと言ってくれた。


ユイを放っておく事はしたくなかったので、今まで通りユイと2人で遊びにもいったし、勿論彼との時間も作った。

順調に交際は続いていったのだが、2ヶ月もすると彼はデート中に段々喋る事もしなくなり、「どうしたの」と聞いても無言のままだった。

私は直ぐにユイに相談したが、

ユイは「彼とあなたの中の問題を、私がどうこう言える事じゃないけどコミュニケーション取るのは大事だから、ちゃんと話しな?」

と優しく諭してくれた。

泣きながら相談する私に、ユイは「大丈夫、大丈夫だよ」と優しく涙を拭ってくれた。


もう直ぐ春になり卒業も近づいた頃、彼と話をした。

彼からは、最初は私の事を本当に好きになっていたが、3人で遊ぶ内に実はユイを好きになってしまった事を聞かされた。

当時の私にはショック過ぎて、今になって思い返してみてもどうやって彼と別れたのか、自宅へ帰ったかも思い出せない。


卒業間近にこんな事を聞かされてしまい、ユイにどうやって話をしたら良いのかも分からなかった。

それからの日々は、ユイに話をする事が出来ず、授業後の休み時間も昼休みも、私はずっと机の上で寝たふりをしていた。

そんな私の様子でも、ユイは無理やり話を聞き出さなかった。


卒業式の後、私はユイに校舎裏に呼び出された。

その時のユイは今まで通りの笑顔で、「今日まで、仲良くしてくれてありがとう」と涙しながら言った。

私はその様子を見て、自分のドス黒い感情が腹の中から沸々と湧き上がるのを感じた。


「ユイが、…ユイがいなければよかった!」

その時の私にはユイの涙も、無理して笑顔を作ってるその様子に異様に怒りを感じた。

完全なる嫉妬と妬みだ。

そう理解はしていたし、その感情をぶつけるつもりもなかった筈なのに私は怒りをコントロール出来なくなっていた。

だが、言った瞬間ユイの顔が涙を出さない様に強張った。


ああ、私は今ユイを傷つている。

そんな顔でも、可愛いんだなあなんて不謹慎にもそう思った。


そこからは何か言いかけたユイを振り切り、全力で家に帰った。

毎日、何度も「ごめんね」と言えたならと携帯を取り出すも、あんな事を言って傷つけた私が言える言葉じゃない。

なんどもなんどもごめんね、と書いては消した。

それから大学生になった。

ユイは違う大学に入っている筈なので、会う事はない。

だが、今でもふとユイの事が気になり、携帯に手を伸ばしてしまう。



「今日さ〜肝試しいかね?」

大学のゼミ仲間の友人が皆に向けて言う。私たちは基本この6人グループで行動している。

男性4名と、奇しくも高校と同じく女性は2名だ。

皆がいいね〜と賛同し、どんどんと計画が進んでいく。私は怪談や幽霊的な物にあまり興味がないが皆が行くなら、まあ行こうかな位だった。


夜になり、車に乗って私たちは廃墟のホテルに向かった。そこは「赤い色の服をした女」が現れるらしい。

私は全然興味ないし、怖くもないけど皆はちょっと緊張している様子だ。

到着し、廃墟を目の前にすると中々考え深かった。歴史ある建造物だったのだろうか、、かなり古い建物だが

現在も取り壊しを行なわれないとすると、土地を持っている人が不明なのか、取り壊しにかかる費用よりも毎年固定資産税を払う方が得なのか。


そんな呑気な事を考えていたら、皆が「よし、行くか」と懐中電灯を持って乗り込んでいった。

私も遅れまいと最後尾でついていった。


中は廃墟で、家具・書類など様々な物が散乱していた。

隣では騒がしく「こわい!無理!」と友人達が言っていたが、そんな時ふと奇妙な場所を見つけた。

ある部屋の中でゆらり、と景色がズレている。例えるなら透明な膜の様なものが揺れる度に後ろの背景が歪んでいる様な。

皆が次の部屋に向かう中、私はそれから目を離せなかった。何故か恐怖心もなく、その膜に近づいた。



————————



気がつくと、私は自分のマンションの部屋の中だった。あれ、と思ったが先ほどまでいた廃墟ではなく、仲間もいない。

妙にリアルな夢だったのかなと呑気に考えて、携帯を見た。

すると、持った瞬間に携帯がバイブしてびっくりした。

中身を確認すると、そこにはユイからのメッセージが届いていた。


「あの時はごめんね。また会いたい。」


そう表示されており、私は直ぐに電話をかけた。

呼び出し音が長く感じた。心が高揚しているのがわかる。心臓の鼓動の音が聞こえそうな位だった。


「もしもし。」


ああ、ユイだ。ユイの声だ。


「ユイ!ユイ!ごめん!本当にごめん!私が悪いの、ユイが謝る事じゃないの!!!!!」

咄嗟に大声を出してしまった。謝りたい気持ちがいっぱいで、涙がボロボロと流れてくる。


「うん、こっちこそごめんね。私あなたの相談に乗ってあげられなかったから、ずっと謝りたかったの…。」

ユイも涙声になっているが、必死にそう伝えてくれた。

お互いにごめん、ごめんと謝りあって数分がたつ。

その内、ごめんの応酬になってきて、少し無言になり、2人で同時に笑い出した。


「ふふっ、ずっとごめんしか言ってないよ。私たち。」

とユイの可愛らしい声が聞こえてくる。

「…あのね、ユイ、あの時は本当に嫉妬だったの。最初彼が私を好きだったんだけど、3人で会ってたらユイを好きになっちゃったんだって。

だから、私本当に酷い事いった、八つ当たりした。本当にごめんなさい…。」


少し無言の後に、ユイは言った。

「うん。実は知ってたの。彼から聞いたの。私、頭にきちゃって、実は彼引っ叩いたの。」

「え?ユイが!?叩いた!?」

私は驚く。彼女は常に温厚で嘘も言わない悪口も言わない。勿論手を出すなんて、想像もできない。


「へへ、叩いちゃった…。叩くと自分の手も痛いって初めて知ったよ。」

「ユイ…本当にごめんね。ずっと謝りたかったけど、そんな資格がないと思って連絡出来なくて…。」



「すみませーん。良いところにごめんね、AUPDです。」

その声に瞬時に冷や汗が出た。

目をやると、私の部屋に見知らぬ男性が2名立っていた。玄関の空いた音もしていない。歩いてくる足音もしていない。

急にその場に2人現れた、としか言いようがない。

咄嗟に電話を切る。警察へ電話しようと携帯を体の後ろで持ち直す。


「我々、変質者じゃないのよ〜誤解しないでね。」

無精髭を生やした男が、こちらに近づいてくる。私は後ろ手で携帯を操作し110と押した。

「すみません携帯は使えない様にしてます。」

若い男性がそう言って、後ろに隠した携帯を取り上げ圏外の表示を見せてきた。


「あんた達誰よ!何が目的なの!」

人生で初めてこんなにも大きな声を出した。

何か武器になれる物を探し、枕元にあった横長の目覚まし時計を振りかぶる。


「あなた、夢と思ってるかもしれませんが透明なカーテンと言いますか、膜みたいな所通りませんでしたか。」

若い男性の方がゆっくりと私と目を合わせて言った。

夢、夢…。そう言えば廃墟の部屋の中で透明な膜を見たみた。


「あの出来事、夢じゃないの?」

「そうです。夢じゃなくて、今あなたは別の世界線に飛んじゃってます。なので落ち着いてください。我々AUPDで移送します。

あ、私がアマギリ、彼はセイガさんです。」


そう言って2人ともよろしくお願いしますとお辞儀をした。

「この世界だと【おじぎ】ってこうするんだよな。間違ってない?大丈夫〜?」

セイガさんが慌てながら言う。

アマギリさんは気にも止めない様子で「さっき本で勉強したじゃないですか、合ってますよ。」と冷静に言った。


この2人からは悪意とか敵意とか、そう言う類のものは何も感じなかった。

「…あの、自分はどうなるんですか。」

そう言うとセイガさんがゆっくりと話し出す。

「完全な元の場所には戻れない。なので元の世界線に限りなく近〜〜い世界線に移送する。誤差0.0001%の世界線だな〜。」


移送と言う言葉に違和感を覚える。

私は先ほのユイとの会話、その出来事はどうなるんだろうか。


「さっき、ユイ…あのずっと仲違いしてた友人と仲直りしたんですが、元に戻るって事はさっきまでの事は無かった事になりますか。」


するとアマギリさんが、腕を組んで宙を向きながら話す。

「今までの世界線から0.0001%しか違わない世界線ですが、交友関係の変化は顕著に現れます。その友人ともし仲直りしていない世界線から来たのなら、そのままの可能性もありますし、ひょっとしたら仲直りしてるかもしれないです。」

「私はここにいたいんですが、ダメですか。」

きっぱりとそう伝えるが、セイガさんが首を振る。


「悪いけど、トラベラーを移送する義務があるんで、留まる事は出来ないよ。

それに、そんなにユイちゃんの事大事ならさ、戻ってからしっかり謝りゃいいんじゃね〜の。だって、大事な人なんだろ?」


大事な人、そう私にとってユイは特別で、大切な人。


「…わかりました。ある意味、ここが夢だったんですね。…凄く良い夢でした、よろしくお願いします。」

私がぺこりとお辞儀すると、2人はちょっと喜んだ様子をして、見よう見まねで同じ様にお辞儀をした。


アマギリさんが手首の黒い機械に何かを入力していた。初めてみる機械だ。

最後にセイガさんが言う。

「ユイちゃんに、よろしく〜。」


————————


一瞬目の前がチカチカと眩しかったが、辺りを見渡すと先ほどまでいた廃墟にいた。

皆は追ってこない私を心配して戻ってきていたのか、焦った様子で大丈夫かと伝えてくる。

私は、大丈夫大丈夫と伝え、そのまま廃墟探索は終わった。

0.0001%交友関係も変わると聞いていたが、大学生活ではこの友人達とは変わらず仲が良いと言う事だろう。


翌日、昼過ぎ頃。

私は携帯を持ち、深く深く深呼吸をした。

メールやチャット履歴を確認する限り、やはりユイとは連絡をとっていない様子だ。

最後に確認出来たユイとのメッセージは、高校3年の頃のメッセージだった。

ユイとのやり取りを懐かしく思いながら、私は決心する。


あの世界では、ユイの方が私に「ごめんね」と言ってくれた。

彼女は何一つ悪い事をしていないのに、それでもあんな酷い事を言った私に謝ってくれた。

今まで、自分の気持ちばかり考えていたが、ユイはどんな思いで私に連絡をしてくれたのだろう。

一方的にユイを罵倒した私を、彼女はどう思っていたのだろうか。


あの世界での、ユイとのやり取りを思い出す。

泣きながら自分も悪かったと言ってくれた彼女。



私は勇気を出して、文字を入力する。


【あの時は、本当にごめんなさい。謝っても許されないと思うけど、許して下さい。またユイと一緒に遊びたいです。】


送信ボタンを押す。

心臓が壊れそうだった。

たった、一回タップするだなのに、とてつもなく緊張した。

もう遅いかな。どうか、鬱陶しく思わないで欲しい、許して欲しい。出来れば、メッセージを返して欲しい。


ぐるぐるとそう考えていると、静寂を切り裂く様な着信音が鳴り響いた。

突然の音に体が跳ねる。恐る恐る画面を確認すると、「ユイ」と表示されていた。

慌てて電話をとる。

「もしもし!ユイ!?」と伝えると、しばらくユイは無言だった。


これから罵倒されるのか、果たして何を言われるのだろう。

私がした事は最低だった。謝った私に、苛立って連絡をしたのだろうか。

それとも、私と仲直りをしてくれるのだろうか…。


何か音がする。震えた吐息、鼻をすする音が聞こえてきた。


「…こっちこそ、ごめんね。また一緒に遊びたい!」

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