第6話 0.0001%の恋人
私の名前は、笹倉のぞみ。
大学を卒業した後は、有名な大手企業へ入社した。
小さな 頃から両親から熱心な教育を受け、勉強も頑張ってきたしそれ以上に自分磨きも頑張って来た。
資本は健康と言う事も理解していたし、野菜を沢山摂ったり忙しい中でも適度な運動をし、自慢のプロポーションを保ってた。
会社に入ってからは実家を出て、一人暮らしを始めた。
仕事に追われる日々で、今までの様な生活をするのに最初の数ヶ月はかなり苦戦した。
それでも少し仕事に慣れてからは、今までの様にジムに行き料理も頑張れる様になっていた。
そんな生活を数年過ごし、恋人が出来た。
彼は会社の先輩で、隣の部署に勤めている。
入社時には隣の部署ともあってあまり接点がなかった。
部署合同の飲み会で数回見かける程度だったが、少し前から進めていたプロジェクトが合同で進められる事になり、そのメンバーの中に私と彼がいた。
怠ける事もなく、全力で自分の能力を発揮していた私は、若くしてそのプロジェクトのリーダーを任された。
今までの努力が叶った事、会社が自分をちゃんと認めてくれていた事が凄く嬉しかった。
自分より先に入社した女性社員からは、
「美人だから相手の懐に入るのが上手いのよ。だからおっさん達にリーダー任されたんでしょ」
と鼻で笑う人達もいたが、私は仕事も自分磨きも毎日の積み重ねとしてサボる事なく続けている。
美人で何が悪い。要領良くて何が悪い。
能力もなければ付加価値の容姿もない人の言葉なんて気にする必要がない。
表向きには波風立てず、裏ではそんな事を虎視眈々と考える様な女。それが私だ。
合同プロジェクトが進む中で、彼の仕事の速さや要領の良さに感動した。
自分からこうしてと言わないでも、常に2歩先3歩先を考え、資料や根拠を用意してくれる。
私がリーダーになって困っている部分も、彼が積極的にサポートしてくれた。
立場が変わると、こんなにもやる仕事や考える事が多くなるとは思っておらず、そのサポートがなければ今頃どうなっていただろう。
周りもそんな彼を見て、各々思うとことがあったのか積極的に仕事に取り組んでくれた。
どんどんとプロジェクトが固まって行くのが日々楽しみで仕方なかった。
今までとは違う、全員の一体感の様なものがあり、皆が同じ方向を見ていると言うのはこんなにも気持ちがいい事なのかと思った。
そしてプロジェクトが大成功に終わった後、プロジェクトメンバーで飲み会をした。
その際に初めて、彼とゆっくり話をした。
彼の仕事に対する考え方も素敵だし、同じく自分磨きとしてジムに通っているなど、共通点も多かった。
彼の言う言葉には何故だがすんなりと自分の中に入ってくる。
こんな感覚は初めてだった。
今まで、色んな人と付き合った経験はがあるが、こんなにも自分から興味が湧く人は初めてだった。
彼の事が、欲しいと思った。
私からの熱心なアプローチを受け、彼とは何度か2人で飲みに行く様になり、何度目かのデートの際に彼から私に告白をしてくれた。
優しい笑顔で「君は僕の理想の人だ」と言ってくれた。
周りの景色がキラキラと輝いてまるで少女漫画の主人公になった気分だった。
今日、この世界の中で一番幸せな人は、私だとも思った。
彼と付き合いもう直ぐ2年になろうとしている最中、関係は順調そのもので先週、彼からプロポーズを受け勿論快諾した。
お洒落なレストランで、真っ赤な薔薇の花束を私にくれた。
そのまま私の近くへ来て跪き、「結婚して下さい」と少し震えた声でエンゲージリングを渡された。
まるで絵本の中の王子様みたいなプロポーズで、少し笑ってしまったが「もちろん!」と言いながら涙が止まらなかった。
仕事もプライベートも上手くいく、そんな幸せで順調な日々を過ごしていたある日。
今日は仕事帰りに、彼の家に行きお互いの両親との顔合わせの日取りや、手土産に何を買っていくかなどを相談するために会う予定だ。
彼は本日は仕事が休みの為、私の仕事後の夜に彼の家で会う予定だった。
プロジェクトが終わってからも多忙な日々を過ごしていたので疲れがたまっているが、彼に会うのであれば疲れなんて一瞬でどこかへ飛ぶ。
今日もようやく終えた仕事が終わり会社から出た私は、スマホを取り出し彼に電話をかけた。
「あ、もしもし?かんちゃん、今仕事が終わったから行くね。」
「うん、仕事お疲れ様。急がなくていいから気をつけて来てね」
彼はいつも私の気をかけてくれている。
付き合った2年間はとても大切にされていたし、私も彼を大事にした。
お互い何でこんなにも波長が合うんだろうね、と笑う事も沢山あった。
「そうだのぞみ、今日ご飯作ってあるから、帰ったら一緒に食べよう。」
「やった!かんちゃんのご飯美味しいから楽しみ!」
そう言った時だった。
自分の体が急に重たくなった気がしたのだ。
地面に吸い寄せられている様な、上から押しつぶされている様な初めての感覚だった。
めまいの様な、違うような不思議な感覚だった。
「どうした?大丈夫?」
スマホからは彼の声は聞こえているが、どうにも声が出ない。
自分の手や足に何十キロの重りをつけられたみたいだ。
彼の心配する様な声がするスマホも、腕が重さに抗えず地面に落ちた。
一瞬の静寂と共に、そのままどこかに吸い込まれる様に目の前が真っ白になった。
ーーーーーーー
「…大丈夫ですか!聞こえていますか!」
ざわざわと、大勢の人の声がする。
ゆっくりと瞼をあけると、明るい太陽の眩しさが最初に見えた。
そのまま辺りを見渡すと目の前には複数の人がおり、倒れた自分を気にかている様子だった。
私は立ちくらみでも起こしたのだろうか、上半身を起こしてみるが先ほどまでの様な異常な重さはは感じられない。
「すみません、もう大丈夫ですから。」と周りの人にお礼を言って立ち上がる。
良かった、気をつけて下さいね、と周りの人達は心配しながらも足早に去っていく。
ここで、おかしな点に気づいた。
私が気を失ったのは会社帰りで、夜だった筈だが辺りを見渡すと太陽も昇っており人通りを見るに朝の出勤時間帯の様だ。
駅の近くで夜に倒れ、朝まで誰にも気づかれない事があるのだろうか…。
そう言えば彼と電話をしている途中に気を失ってしまっていた事に気付き、直ぐに電話をする。
昨日、ご飯を作ってくれていたと言っていた。それだけじゃなく無断で彼と会う約束を破った事になる。
申し訳ない気持ちと焦りでいっぱいの中、呼び出音が鳴り続けるが彼が電話に出る事はなかった。
流石に朝の出勤時間だろうし、電車にでも乗っているのかも。後で時間を置いて度連絡をしようとスマホをバックにしまう。
まず自分も昨日から意識をなくしていた様なので、今日は家に帰って会社も休もうと思い、駅の方へ歩き出した。
幸い倒れた場所は駅の近くだ。
ただ、その中でまたもやおかしな出来事に気づいた。
交差点にいる人達をよく見ると、赤信号で一斉に歩き出し、青信号では逆にその場に立ち止まっている。
車も同様で、赤信号は停まらなければならないのに赤信号で進みだし、何故か青信号で停まっている。
最初見間違いかと思って何度もよく観察したが、今までと正反対の事を皆が当たり前の様に行なっている。
それに街路樹の木々が揺れているので、風が吹いている筈なのに何故か自分の肌は風を感じない。
今まで嗅いだ事がない様な不思議な匂いもする。どんな匂いかと言われても説明は出来ないが、不思議な匂いだ。
何だかいつもと違う不気味な事だらけで私は冷や汗が出て来た。
そうだ早く家に帰ろう、と皆と同じ様に赤信号で交差点を進んだ。
そして駅についた時に一番おかしい光景を目にした。
自分が知っているその駅の名前は「三の森」駅なのに、目の前の駅の掲示板には「笹目木」駅と記載がある。
やっぱり色々な事がおかしい。
昨日倒れていたみたいだし、もしかしたら何か記憶障害でも起きているのだろうか。病院に行った方がいいのかな。
おかしな出来事ばかりで、理解が全く追い付かない。
駅の近くと言う事もあり、数台タクシーが停まっているのを見つけ直ぐに乗り込んだ。
慌てて自分の住所を運転手へ伝えると、
「…お客様すみません、これどこの住所でしょうか」と運転手は不思議そうに言う。
「どこの住所って…ナビで検索してよ!あんた新人?!」
自分の言った住所を理解してくれなくて、つい運転手へ八つ当たりをしてしまった。
だが、運転手も「すみません、探しますので…」と申し訳なさそうにナビに住所を入力していくが、
市の後からの住所選択で、自分の住んでいた地域の名前はなく他の候補を見ても知っている住所もあれば全く初めて見る様な住所も紛れている。
更に運転手はスマホの様な端末を取り出し探している様だが、そのスマホも見た事もない様なデザインの物だった。
色んな状況を確認する度に、心底恐ろしくなっていく。
私はどうしてしまったのだろうか、怖い、恐ろしい。誰か、助けて。
タクシーの運転手には「怒鳴ってごめんなさい、すみません。」と逃げる様に伝え、当てもなく私は走り出した。
駅の近くなのでよく知った道の筈なのに、知らない道路が沢山あり自分の家までどう行ったら良いかも分からない。
必死に走りすぎて、喉が焼ける様に痛かった。
そんな時自分のスマホから着信音が流れている事に気付き急いで足を止める。
汗だくになりながら、画面に表示されていた番号を見ると知らない番号だった。
もしかしたら彼からの連絡かもしれないと一気に安心した。急いで通話ボタンをタップする。
「かんちゃん!助けて!どこかおかしいの、兎に角全部変になっちゃったの…!」
矢継ぎ早に状況を伝えるも我ながら何と言っていいのかわからなかった。
この不思議な現象も、彼ならなんとかしてくれる気がする。お願いだから、私を助けて。
だが彼が返事をする事がなく、不審になり
「聞こえてる?ねえ、助けてかんちゃん…」と伝え返事を待っていると、
「…すみません。名前を知っているって事は会った事ある様ですが、私はあなたが誰だが知りません。」
と一言告げられる。
誰だか、知らない?2年も付き合っていたのに、何で?
もしかして昨日ご飯を作って待っていてくれたのに、連絡もせずすっぽかしたのを怒って冗談を言っているのだろうか。
「ごめんね、昨日は倒れっちゃってて連絡も出来なかったの。謝るから、冗談はやめて。ね、お願い…。」
「こちらこそ、どんな冗談か分かりませんが、イタズラ電話はやめて下さい。どうやって番号知ったんですか?
これから仕事なので、では。」
ツーツーツー…
通話終了音がいつまでも鳴り響く。自分の中で反響する様に大きく響く。
冗談、なんかじゃない。
私たち、付き合ってた筈なのに、
何で…この世界もおかしいし、かんちゃんもおかしい。
違う…私がおかしい?
不思議な光景より、不思議な世界より彼からの拒絶が一番絶望を感じた。
彼ならどうにかしてくれる、安心させてくれると無意識に思っていた程信頼していたのに、私の事は知らない、と告げられた。
もう誰を信じればいいのか分からない。
改めて自分の持ち物を確かめると、私が今持っているのはバックの中にあるスマホ・財布・手帳・メイク道具。
タクシーも駄目、道が分からないので歩いて家にも帰れないし、彼にも頼れない。
どうしたらいいか迷っていたが、この近くに交番があった事に気付き、警察ならなんとかしてくれるかもと期待を込めて歩き出した。
交番につくと、血相を変えた私に驚いた警察官の方が交番内にあったパイプ椅子に腰掛ける様に促す。
対応してくれたお巡りさんへ私は自分の家までの道が変わってしまい帰れなくなってしまった事、
駅の名前が昨日とは違う事、タクシーの運転手に私の家の住所がないと言われてしまった事、赤信号なのに皆進む事。
年甲斐なく、涙をボロボロに流しながら必死に伝えた。
だが、言い切って少し冷静になった所で、警察官の服に違和感を覚えた。
しっかりと見てみると、制服は薄緑色で私が知っている青色の制服ではなかった。
また、襟元付近が少し昔の軍服の様なデザインになっていて、今まで見てきた警察官の制服とは違う。
そして、警察官も同じ様にこちらを怪訝そうに見て「あなた酔っ払ってますかね?」と言った。
こんなやりとりにもうんざりして、私はバックの中から財布を取り出し免許証と、保険証を机の上に出した。
「ここが、私の家の住所です。免許証もこの通り、同じ住所です。お願いですから、ここへ返して欲しいんです。」
目の前の警察官に向けて、真剣にそう伝える。
その人は免許証を手にとって、免許証の写真と自分を比べる様に交互に見た。
その後、住所の欄を指でなぞる様にするも、やはり市以降の部分で指が止まってしまった様だ。
「すみません、この免許証に記載されている住所は存在しない住所ですよ。私はこの交番で長年勤務していますが、こんな住所は昔も今も知らないです。」
「そんな事ないです!昨日までは、昨日まではちゃんと家に帰れましたし駅の名前も違ってなかった!」
怒鳴る様に必死に伝えても、警察官は怪訝な目でしかこちらを見ていない。
「…この免許証、もしかして不正に作成された物でしょうか。偽装は罪に問われますよ。」
と逆にこちらを詰める様に身を乗り出す。
ここも駄目だ。誰も味方がいない。
今まで当たり前の様にあった自分の世界が無くなってしまっている。
「あの、もう少し詳しく話を聞きますのでこちらの部屋に…」
と聞こえた瞬間、絶望と共に私はまた走り出した。
静止する警察官を無視し、免許証も放置してそのまま私はそのまま走った。
どこにも、私の居場所がない。
ここは、今までの場所ではないどこか。
今分かる情報はそれしかないが、それは疑いでもなく確信だった。
見知った様な所もあれば、見知らぬ様な奇妙な町を走り続ける。
走りながら涙が止まらなかった。ここはどこなの、帰りたい。帰りたい!
元の自分がいた場所へ、私の大好きな彼の元へ。
「お姉さーん、ちょっと止まってね。」
涙でぼやけた視界の中、突然目の前に2人の男性が立ちはだかった。
涙と汗でボロボロになった私を落ち着かせる様に、「我々が来たので、もう大丈夫です。」と若い男が言った。
苦しい息を落ち着かせる様に、私は何度か深呼吸をした。
「あなた…達は、誰で…すか。」
涙はまだ止まらなかったが、2人をみると20〜30代位の男性だった。
一人は無精髭を生やし、うねった黒髪の男性でもう一人はカーキ色の短髪の男性だった。
無精髭を生やした男が言う。
「俺たちはAUPD第2課。俺はセイガ・カイ、こっちはアマギリ・レン。オリジナルライン…元いた貴方の世界線から今回の様に別の世界線に飛んでしまったトラベラーを返す役割の部署です。」
説明された内容も、到底意味がわからないので二人の男性を見比べる様に交互に目を散らす。
「世界線…?ちょっと意味がわからないけど、今までの世界とは違う場所って事でしょうか。」
次に、若い男性・・・アマギリさんが教えてくれる。
「そうです。少し難しいと思いますが、今までの世界線をAとすると、ここはけっこう元の世界線からは離れている世界線で…仮に世界線Gとします。それを元に戻してあげるのが我々AUPDなんです。」
「本当ですか!?元の世界に戻りたい、戻りたいんです!お願いします!」
藁にも縋る思いで、アマギリさんの服を掴みながら泣きじゃくる。
誰も、何も理解してくれなかったけど、この人達なら私を助けてくれると直感的に思った。
「もちろん、助けます。そしてあなたが飛んでしまった原因の時空の歪みも修復します。」
助ける、と言う言葉に更に涙が溢れる。
ようやくこの世界で私が助けを求められる存在がいる。
「でも、1つあなたには話しておかねばならない事があります。」
あまりにも鋭い目つきでアマギリさんがそう言ったので、私は固まってしまう。
「あなたは、今この世界線の記憶・経験を持ってしまった。あなたのいた世界線Aに戻ったとしても、
【今日の記憶・体験】は無くならないので、戻ったとしても厳密に言うと世界線はAではなくA +になります。」
「…そうなると、今までとどう違うのですか?」
「その世界線A +は、世界線Aと0.0001%しか違いはありません。」
「…0.0001%?そんなの、全然一緒と同じじゃないの?」
アマギリさんはそっと目を閉じ、首を振る。
「いいえ。残念ながらかなり物事が変わる数字です。例えば世界線Aより雨が1秒遅れて降ると言った気象条件が起きた場合、
出会う筈の2人が出会わなくなったり、何より交友関係にも影響が出る可能性が高いです。誰かと1秒、数コンマ出会う秒数が変わるだけで
友人関係に変化が起きたり、好きになるか否かもタイミングが変わってきます。相手の条件とあなたの条件が変化するので。
それは世界線A +の世界でどうなるかは、申し訳ないですが分からないです。」
難しい話で正直よく分からなかったが、今ここから助けてもらえるなら何でも良い。
「0.0001%なんて、どうだって良い!今のこんな所にいるよりマシです!!お願いです!…お願い帰して!」
セイガさんはゆっくりとこちらに近づいてくる。
「それがAUPDの役割だからな、このままいたいって言っても戻すよ。安心しな。驚く事もいっぱいあったと思う。
でも、もう大丈夫。俺たちががいるから大丈夫だよ。」と微笑んで、続ける。
「ただ、今までとは’何か’が違う世界になっている。そこが嫌だからと言って、また別の世界線へ移動なんて勿論出来ない。申し訳ないがありのままのその世界を受け入れて生きてってくれ」と頭を撫でてくれた。
今日起こった事は全て別の世界での出来事。
ただ、この狂った世界を理解し、私に寄り添ってくれたこの優しさにまた涙が流れた。
「じゃあ、戻すけどさっき言った様なリスクはある。それでも大丈夫か?」と優しく伝えてくれる。
「はい、よろしくお願いします。」
そう告げるとアマギリさんがリストバンドの様な機械を何か操作していた。
「…今から、ちょっと目を瞑ってて下さい」と言われたので素直に目を閉じる。
ーーーーーーー
その後、目を開いたら私はあの夜にいた駅に近い道にいた。
先ほどまでは昼だったが、辺りは暗く夜に戻っていた。
急いで近くの駅の掲示板を確認すると、以前と同じ様に駅名は変わっていない。
持ち物も確認したが、持っている物も何も変化はなかった。
また、交差点にいる群衆を見ると赤信号では止まっており青信号になると皆歩き出す様子が確認出来た。
「ああ…私、戻ってこれたんだ…。」
ふと声にだして実感する。
そう言えばいつの間にかセイガさんとアマギリさんの姿は消えてしまっている。
もしかして、今日起きた出来事も全ては夢だったのではないのか。
そう思うと急に先ほどまで慌てていた自分が恥ずかしく思える。
仕事で疲れていたし変な夢を見たんだな、多分さっきのも夢で今まで通りの日々が過ごせるんだ。
そうだ、彼に連絡してみよう。
私はスマホを取り出し、発信履歴から彼に電話をしてみる。
今日あった出来事を、彼にどんな風に話そうかと先ほどとは打って変わって少しだけワクワクしてしまっている自分もいる。
数コールした後、彼と電話が繋がった。
「あ、かんちゃん聞いて、今日不思議な事が起きてさ…。」
そう言って話し始めると、彼が不思議そうに
「笹倉さんですよね?あの…かんちゃんって僕の事呼んだ事今までありましたっけ?」
と不思議そうに言う。
「いや、だって付き合ってからはそう呼んでるよね?」
数秒無言の時間が過ぎる。
「部署合同の飲み会で、何度か会ってるし確かに連絡先も交換してるけど、君は唯の同僚だし、付き合ってるって何?
ごめん、イタズラだったら辞めて。」
と、そのまま電話は切れてしまった。
私はそれ以上なにも言えずに、切れてしまった電話の画面をみると、
「かんちゃん」と登録していた筈の連絡先は「開発課 田村寛治さん」と記載されていた。
私は元の世界に戻ってきたんじゃなかったの?
ぐるぐると今までの思い出が走馬灯の様に私の頭の中で巡っていた。
初めて二人で飲みに行った場所、付き合って一緒に行った場所、真っ赤な薔薇とエンゲージリング、プロポーズされた思い出。
でも、今この現実ではそんな話は夢物語で、彼とは同じ仕事場で過ごす唯の同僚と言う事。
今日あった事はやっぱり夢なんかじゃなくって、これがアマギリさんが言っていた世界線A +の世界で、これが現実。
頼りにしていた恋人から、あんな言葉を言われてしまい涙が溢れる様に落ちてくる。
そう言えばあの2人が言っていた。
0.0001%が違うだけで、交友関係も変わるって。
正直、そんな数字で何かが変わるとか信じられなくて自分には関係ないと思っていた。でも状況を整理すると私と、彼がその0.0001%の影響を受けた当人って事なのだろうか。そんなごく僅かな影響で、私と彼は付き合ってもすらないって事なのか。
今までの記憶を持っている私には、
その事実が当たり前の今の世界はあまりにも辛い。
でも今日いた意味不明な世界にそのままいたら、私はどうなっていたのかと思うとぞっとする。
多分、そんな世界よりはまた少し違う世界であったとしても戻って来られた事の方が嬉しい。
「受け入れろ」って、頭を撫でてくれたセイガさんを思い出す。
多分そう言った変化があっても、それが私の生きる世界だから受け入れる事が大事と言う事だろう。
でもまさか、その結果こんな事になるなんて正直悲しかった。
どうしようもない事として、受け入れられるのは一体いつになるのだろうか。
ただ、もし、もしもだけどまた彼と一から関係を築けられるのなら、と考えると少しは希望が持てる。
だって実際今までいた世界線では私と彼は結ばれる事になったんだから。
もしこの世界では駄目だったとしても、他の世界線ではそのまま2人は結婚して幸せになっているかも、と考えると少しは気が楽になる。
今日あった事は、とてつもなく不思議な事だったけど、
色んな選択でその先に色んな世界があるんだと思う。
今まで自分がしてきた選択も、その先にはその分の未来が広がっている。
この世界で生きるにはもう少し心の準備が大切だが、
今までの様に私なりに出来る事をやっていこう。
彼と、もう一度やり直せるように、
これからは自分の選択を大切にしてこの世界で頑張っていこう。
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