第3話 セイガとアマギリ
AUPD(Alternate Universe Police Department)では高次元による多次元世界線の調査・保持を行っている。
AUPDは組織名となりその内部では各課によって任務内容は異なる。
先ずは第1課、管理局。
この部署は世界線データ管理部と情報通信・連携部があり、世界線情報や個体識別データの統合管理、
他組織内部との調整・多次元規約の維持などを主にしている。
第2課、こちらは世界線監視部・犯罪捜査部・移送部となっておりトラベラーと実際にやりとりを行い、
オリジナルラインへの帰還、世界線の歪みの修正を同時に行う。
第3課は化学局となり、時空修復技術や理論研究など、世界線崩壊タスクの分析や予測など主に研究をメインとしている。
組織の核となるPSD装置を扱う部署だ。
次に特殊な部署となるのは第4課だ。
高次元存在対策班、異常世界線封鎖部となり、9次元だけではなく10次元干渉への対処や異常世界線の封鎖をしており
AUPDの中でも、最も危険な任務を扱う精鋭部隊となりこの課については他部署への情報共有は一切ない。
最後は第5課の収容局。
世界線統合管理部・情報閉鎖環境開発部となっており、越境犯罪者(主にORAX)を分岐不可能世界線に封じ込める。
時空分岐抑制技術、観測制限環境の開発と運用を行っている。
第2課の通常業務の流れとしては、第1課にて観測異常を確認し第2課が現場に赴く。
そして犯罪性のある人物を捕獲した場合、第5課へ引き渡し分岐不能世界線へと収容となる。
ーーーーーーーーーー
AUPDの捜査本部にはあらゆる世界線の捜査官が立ち入りしている。
それぞれの部署により行動規制もあり、他の部署へ立ち入る事は出来ない。
また、部署によって世界線が作られておりセキュリティの観点から定期的に新しい世界線へ移動するので追跡する事も出来ない。
こう言ったオリジナルの世界線を作成出来るのは、現在AUPDとORAXしかいない。
ORAXのリーダは元AUPDの研究者だった事が判明している。
独自に世界線を作る技術も、我々がしている様に模倣しているらしい。
この世界線同様、独自に作られた世界線は座標を探すのが最新装置を使っても限りなく難しい為、
ORAXリーダーの逮捕には至っていない。
「おはようございます。」
AUPD第2課の部署へ入ると、そこには寝袋の中でぐっすりと寝込んでいるセイガさんの姿が見えた。
彼は俺の先輩で、バディを組んで1年と少し経過している。
仕事面ではかなり優秀な人だとは思うが、如何せん私生活となるとおざなりになってしまうらしい。
この第2課がある世界線の中には捜査官が居住出来る場所も必要とあれば用意される。
ただ、職員も様々な世界線から集まってきているので普通は勤務が終われば自分の世界線、オリジナルラインへ帰還するのが普通だ。
だが部署の中にはシャワーや休憩所、食堂、ジム等必要な施設は全てあるので、
それを良い事にセイガさんは滅多に自宅に帰らない。
珍しくオリジナルラインではなく第2課の世界線の中に居住を保持しているそうだが、たまに着替えを取りに行く位しか戻らないらしい。
噂によると自宅にはソファしか置いておらず、人が住む様な状況じゃないと聞いた事がある。
風の噂程度の話で、彼の部屋に本当に訪れた人がいるのか定かではないので単なる憶測だと思うが、容易に想像出来てしまう。
この世界線に居住する職員には、希望通りのどんな家でも支給されるのだが彼の家は狭いアパートの様な場所だと言う。
セイガさんのプライベートについては、バディとは言えあまり突っ込んだ質問はしていない。
自分自身そこまで人に興味がある訳ではないが、一応バディなので最初は礼儀程度に数個質問をした。
それに対してセイガさんは、お前は食べ物何が好きだとか、どんな所に住んでいるのか、母親や父親の事など、
バディを組む事になった初日には根掘り葉掘り質問攻めにあった。
こちらから質問しても自分の事はあまり話をしない癖に、興味がある事はどんどんと聞いてくる。
明るく人懐っこい性格の様だが、遠慮もせずズカズカと人の心に土足で入り込んでくる人だ。
セイガさんとバディになると聞いて、正直ちょっと嫌だった。
俺は新人の捜査官で、上司からは「彼は別部署でも活躍していたベテランの捜査官」と聞いていたが
初顔合わせの際に、彼は無造作なウエーブがかかった髪型に無精髭、挙句には加えタバコをした姿でなんともだらしない姿だった。
「あれ、今日が顔合わせの日だった?」と寝ぼけた様子の彼を見て、この人がバディで本当に大丈夫だろうかと戸惑った。
タバコがある世界線と言う事は、セイガさんはかなり古い世界線からきているのだろうか。
自分の世界線ではそんな物はなく、歴史の本で読んだ事ある位だったので実際に目の前で吸うその光景が不思議だった。
あと、タバコの匂いに一番驚いた。一度も嗅いだ事のない様な鼻にツンとくる不思議な匂いだ。
同じ部署、バディとは言え自分の世界線の座標を教える事は禁止されている。
オリジナルラインへ戻る座標、第2課の部署座標はリストバンド上の転送装置に記憶されてあるが、
第1課管理局にて毎日暗号化されており解析は不可能になっている。
また、自分自身で座標を入力出来ないので、自由に色々な世界線へ飛べる訳でもない。
ただ、初日こそ不安しかなかったものの、一緒に働いていく中で彼への印象はどんどん上がっていった。
ORAXが潜伏していると思われる世界線では、その後どんな分岐をしてどこの世界線へORAXメンバーがたどり着くなど、
他の部署が行う様な高度な捜索を的確に命中させたり、迷い込んだトラベラーへは愛嬌はのある話し方で接し、
トラベラー当人のパニックで異常ノイズがこれ以上発生しない様、優しく心の中に入り込んでその場を収めたりしている。
更に、彼のたまに呟く情報を断片的に重ねていくと第4課が取り扱う様な高次元の特殊情報について他の捜査官達よりも深く知っていると思う。
この様に仕事で言うとかなり優秀な捜査官ではあるが、やはり目の前の寝袋生活を見るとなんとも尊敬し難い感情もある。
「セイガさん、起きて。もう時間です。」
寝袋を足で小突きながらそう告げる。
一応先輩なので以前は丁寧に声掛けをし、それでも起きなければ手で揺さぶったり丁重に扱っていたのだが如何せんこの人の寝起きは悪い。
この様に足で軽く蹴るぐらいが丁度良いのだ。
「んんーーーーーー…。」
と唸りながらセイガさんはようやく目を覚ました。
「おはよーレンちゃん。」
セイガさんは寝袋から這い出し、近くにあった自分の制服を手繰り寄せ羽織った。
その上着のポケットから出したチョコレートバーに齧り付く。
「俺の事はアマギリと呼んでください。アンタちょっと慣れ慣れしいんですよ。」
うんざりする様な目で見ると「ハイハイごめんなさーい」とあくびと共に言われる。
彼はかなりの甘党でコーヒーの様な苦い飲み物、辛い食べ物も好まない。
また、好きになった食べ物は食べ飽きるまで毎日の様に食べ続けていると言う奇妙な性質を持つ。
バディを組んでから始めの頃はポップコーンにハマっていた。
それからの食生活は3食ポップコーンになり、それはなんと3週間も続いた。しかも同じキャラメル味。
その次にはまったのは、アップルパイだ。3食全部アップルパイ。
これは大層気に入ったのか、長く続いて2ヶ月間食べ続けていた。
現在は、今目の前で食べているチョコレートバー。
今日で丁度2週間目になる。
まあ、ポップコーンやアップルパイにまみれた食生活に比べれば、そのチョコレートバーにはビタミンやカルシウム等が含まれている
総合栄養食の様なチョコバーなので、以前よりは安心して見ていられる。
一応各部署共通で総合栄養サプリが毎日支給されているので、それさえ飲んでいれば1日の栄養が取れ
偏食であろうが何も食べないでいようが、それさえ飲んでいれば食事は取る必要はなく、勿論死ぬ事もない。
また、そのサプリ内には世界線を移動した際に自分自身が異常・ゆがみ発生対象にならない様に
その世界線の安定存在になりやすくする極小の安定フィールドが添加されており職員は飲み続ける義務がある。
俺の世界線でも食べると言う文化がもともとなく、錠剤を飲むだけなので当たり前の様に受け入れられるが、
セイガさんはサプリ以外にも沢山飲み、食べる。
そう考えるとやはり遠い世界線で生きている人なのだろう。
俺は今まで通りサプリだけで過ごす日々が続いているが、セイガさんが自分のハマった食べ物を無理やり食べさせてくるので
最初は物を噛んだり、咀嚼する動作がぎこちなかったが今は普通に食べる事にも慣れた。
俺は食べる必要がないと伝えても、セイガさんは自分が美味しいと思った物は誰かと共有がしたいそうだ。
「第1課の情報によると昨日は結局トラベラーもいなかったし、世界線の分岐異常も発生しませんでしたね。」
レポートを確認しながらセイガさんへ伝える。
デスクの目の前には昨日のデータ記録が空中上に何百枚と表示されている。
「まあ、毎日の様にトラベラーがいる時が続いたり、全く異常がない日々が続いたり、ほーんとに気まぐれ。」
ため息をつきながら、セイガさんはたくさんの資料を確認する。
「今日も暇だと有難いんですけどね〜。」
恐ろしいスピードで画面を確認しながらも、のんびりと話すので毎日の様にその能力の高さに驚く。
第2課は出動要請がかかればその世界線へ移動するが、何もない時は基本は部署内に待機している。
「ところで、真剣な話があるんですけど。」
椅子に座っているセイガさんと向き合いながら、前にも聞いたがはぐらかされてしまった質問をする。
「ORAXのリーダーって、あなたと何か関係あるんですか?」
以前、他の職員がその話をしているのを聞いてしまい、バディを組んで間もない頃同様の質問をしたが
セイガさんは「いや、なんの事だか。」と笑っていた。
だが、バディを組んで1年もすれば彼の様子が徐々に分かってくる。
ORAXのメンバーを捕獲した際に、収容する前にリーダーの情報について執拗に質問したり、
異常な分岐点を見つけた場合、第1課へ調査依頼をする事も多く何か固執している様子がある。
ここに寝泊まりしているのも最初は単に面倒だから帰らないだけかと思っていたが、
彼が「面倒だ」と自分に任せた事後報告書を彼のアカウントで作成している時、
そのアカウントから深夜から早朝にかけて様々な調査依頼を出している事を知った。
ここに寝泊まりしているのも、様々な情報が調べられるし、確認・予測、調査依頼が出来るからだと思っている。
「うーん、まあ。」
セイガさんは困った様に髪の毛を触る。
次の言葉を探しているのか、ギュッと目を瞑りながら「う〜ん」とか「あ〜…」とぶつぶつ言っている。
「…よし、バディのレンちゃんには教えてもいいと判断した。」
そう言って、セイガさんはこちらをしっかりと見て話し始めた。
「ORAXのリーダーって、元AUPDだって知ってるだろ?」
「はい、研修時そう教わりました。」
研修時にはORAXの情報も教えられる。
どの課に派遣されても対処が出来る様にと、ORAXの事は勿論の事、他の研修内容についても莫大な情報を教わった。
「そのリーダーってのが、俺の元上司でバディだったんだ。」
「え!?バディって事は、第2課だったんですか?」
他の部署の体制には詳しくないが、バディ制度をとっているのは第2課だけだと聞いている。
「そう。俺が新人の時で、何もかも教えてくれた。本当に尊敬していた人だったんだ。」
そう言って、セイガさんは空中の書面の中をかき分けて、一枚の写真を表示した。
「俺の隣に写っている人が、現ORAXのリーダー。アクシス。」
その人は親しみやすそうな柔らかい印象を持つ男性だった。
30代か40代頃だろうか。少し長めのブロンドヘアーで、こちらを向いてにこやかに笑っている。
研修時の資料ではORAXのリーダーの顔は情報共有されていない。
「この人が…。でもAUPD世界線でも他の世界線でも、捜査官が写真を撮るのは禁じらられている筈では。」
AUPD捜査官は基本的にオリジナルライン以外の世界線では写真や動画媒体に記録される事が禁じられている。
だが写った写真を見るに、第2課の部署内の様子だ。
「まだ規則が緩かった時があって、AUPD世界線の中なら撮っても規制されてなかったんだよ。今はダメだけど。
それともちろんこの写真情報は他部署にも上層部にも随分前に共有している。お前さんの様子だと、新人研修では見せてないみたいだな。」
そうですか、と伝えて再度写真を見ているとセイガさんは話し出す。
「ある日、いつもの様にトラベラーの捕獲、移送を行なっていたんだ。その時のトラベラーが多次元世界論に詳しい奴でさ。
移送する時に、こう言ったんだ。
『自分がどの選択をしても世界線の分岐が生まれるだけで、どんなに自由な選択をしても実は自由じゃない。
観測する側で見れば、ただ作られる世界線の中で生きていくしかない。それがどれだけ不自由な事か誰も理解せず死んでいく』ってね。」
それを聞いた俺も言葉を失った。
確かに、自分のオリジナルラインでどんな選択をしたとしても世界線が分岐するだけで、
自分では【自由】と思っていた事が結局は世界線と言うレールの中でしか存在していない。
AUPDに入った事も自分の選択だと思っていたが、結局それは結果論でありその世界線がそこにあっただけなのではないだろうか。
「…やめてくれ、お前まで自由を追い求めるな。」
髪をぐしゃぐしゃと掻きながら、セイガさんは心配そうに俺を見つめる。
顔を上げてすみません、と告げて話す。
「…だから、ORAXはあらゆる観測、干渉から完全に自由なゼロ空間を作り出し、新たな初期条件を設計したビックバンを起こす、と言う
目的があるんですね。」
セイガさんは頷きながら続ける。
「宇宙創生だな。ただ、ビックバンを起こす際、少しでも食い違いがあれば全宇宙を巻き込んで消滅する可能性がある。
マルチバース大断層からの全宇宙崩壊のリスクだ、だからAUPDはそれを阻止しないといけない。」
二人の間に少し沈黙が流れる。
全宇宙が消滅するとなると、誰のどの世界線も全て無と化す。ある日突然何もなくなる単純な無だ。
セイガさんは2本目のチョコバーを食べながら続ける。
「そのトラベラーに会った後から、少しづづアクシスの様子が変になった。…何か追い詰めている感じだったかな。
それから、強い希望で第3課の理論研究に移動して、色んな研究や実験を行っていたらしい。
そして月日を重ねたある日、その技術ごと乗っ取って別の世界線に飛んじまった。
だから、ORAXもAUPDと同じく自分達の世界線を作れるし、色んな世界線にも飛べるんだ。」
その事件は習った事がある。
AUPD第3課内のPSD(他世界への同期や移動、定着、観測等を行う中核装置)を一時的に全権限を持ってしてもアクセス不能にし、
転送装置により他の世界線を作成し、逃亡した事件だ。
「アクシスは最後にAUPDのプログラムにこう書き残したんだ。
『我々が守っているのは秩序ではない、それはただ誰かの観測に過ぎない。真に自由な世界とは観測されず、定義されない世界だ。
』…こうして、AUPDとは相反する思想を持って、今もメンバーを集め続けている。」
「そうだったんですね。…セイガさんは元バディだったから、責任を感じているんでしょうか。」
そう言うとセイガさんは悩みながら言った。
「責任…っちゅうか、なんと言うか、うーん。自由になるって本能として求める事だから理論的には同調する部分もあるよ。
でも、感情的には…尊敬してたからこそ怒ってる。もう一度会って、ぶん殴ってでも止めてやりたいって思うね。」
そう言って笑いながら写真情報を閉じる。
自分の知らないところで、この人は色んな物を背負っているんだと改めて感じる。
自由を追い求める故にAUPDと対立したORAX。確かに自分も先ほどのトラベラーの話を聞いて感化されてしまった自分もいるが、
あくまで自由ではないと言うのは結果論で、自分の選択で未来が分岐するのには変わりはない。
ORAXが求める「本当の自由」を作り上げるには全宇宙消滅と言った大きすぎる代償が発生する。
「話してくれてありがとうございます。」
お礼を伝えると、セイガさんは少し照れた様に茶化す。
「いや、こっちこそ自分の事全然話してなかったし、レンちゃんよ〜。良い上司じゃなくてでごめんな〜。」
「はいはい、十分良い上司ですけどね〜。」
セイガさんの様に語尾を伸ばして話すと自分でもバカらしくなって笑ってしまった。
その姿を見てセイガさんも笑い出す。
そんな事をしていたら突然アラーム音と共に、第1課から我々バディへと出動要請がかかった。
「よし、じゃあ行くか〜。」
「はい、行きましょう。」
こうして俺たちの日常は始まる。
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