第4話 決意の剣

 乾いた風が、大地をなぞるように吹き抜けた。

 平穏な朝。

 だが、その静けさは突然に破られた。


「敵襲だッ! 全員、武器を取れ!!」


 斥候の怒鳴り声が響いた次の瞬間、森の奥から黒煙が上がった。

 地面が震え、咆哮とともに敵の奇襲部隊が姿を現す。

 漆黒の装甲、赤い目。——魔獣と人の融合兵グレイヴ・ハウンド


「くそっ……! まさか、ここまで来るとは!」


 カイルは剣を手に取り、即座に前線へ向かった。

 ——そのときだった。


「きゃっ……! 」


 背後から、少女の悲鳴がした。

 振り返ると、斜面から転げ落ちたリリィが、一体のグレイヴ・ハウンドに狙われていた。


 目の前の敵か、背後のリリィか。

 判断は、一瞬だった。


「……っ、あああああああっ!!」


 カイルは叫び、脚を逆方向へ蹴り出した。

 その剣は、一秒でも遅ければ届かなかっただろう。

 だが彼の剣は、唸りを上げて獣の首を断ち切る。


 金属が破裂する様な音とともに、グレイヴ・ハウンドは沈黙した。

 リリィは地面に尻餅をつき、呆然とカイルを見上げていた。


「カイル……あなた、どうして……」

「うるせぇ……何でだとか、俺が一番分かんねぇよ……!」


 彼は荒く息をつきながら、リリィの腕を引っ張り立ち上がらせた。


「下がってろ。次は、守れないかもしれねぇから」


 そう言い残し、カイルは振り向きざまに剣を構える。

 怒涛のように押し寄せる獣たち。その先頭に立ち、彼は一人きりで立ちはだかった。



 剣が、風を切る。

 数の差は歴然。だが、カイルの剣筋には迷いがなかった。


 かつては、誰のためでもない。

 ただ、自分の心を埋めるためだけに剣を振った。

 だが今——


「俺は……もう、見捨てねぇ」


 血に濡れた手で、彼は過去を断ち切る。

 自分自身が踏み越えた屍と悲しみを超えて、

 ようやくたどり着いた、“守りたい”という本能。


 次々と押し寄せる敵を斬り裂きながら、彼の背中は誰よりも大きかった。


「前線、下がるな! カイルが壁を作ってくれてる!

 リリィ! カイルの支援を頼む!」


 味方の声が飛ぶ。

 そして、リリィの声がそれに重なる。


「分かった! カイルの背中は、私が守る!!」


 彼女の剣が、敵をなぎ払う。

 まるで彼女の決意と感情が、そのまま剣筋となって放たれているかのように。


 そして、カイルの剣がそれに重なる。

 一閃。鋼を断ち、敵を穿つ。


 それは、“絶望に抗う者達”の剣だった。



 戦いが終わったころ、丘の上には夕陽が沈みかけていた。


 倒れたカイルのそばに、リリィが駆け寄る。

 血に染まった服。傷だらけの身体。

 けれど、その表情にはどこか安堵があった。


「……なんだよ、その顔。泣いてねぇで、笑ってろよ」


「……うん。でも、泣いてもいい時もあるんだよ」


 リリィがそっと、カイルの手を握る。

 あの日、ユナが届かなかったその手を。

 今、誰かが繋いでくれている。


 カイルの胸の奥で、何かがまた、静かに熱を帯びた。

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