僕の光、家族の光

「きれい」僕そう言い、アンを見る。ルビーのような赤い瞳や、とろけるような桃色の髪。幼い彼女を表す言葉としては、その言葉が似合うだろう。そんなアンのことを、僕は誇らしく思う。


「誰?」アンは問い、僕を見上げる。大きな木の下で、草原に囲まれて。空がやけに明るくて、雲も少ないように見える。


「え?」彼女は手をわらわらと、顔の前で震わせる。僕はゆっくりと腰をかがめると、アンに手を伸ばす。僕はアンに寄り添い、静かに待つ。彼女に触れることが怖くて、それでも精一杯の勇気を振り絞る。


「僕だよ」アンは僕の手を取り、立ち上がる。空は異常に澄んでいて、雲一つない。


「おや」僕らに歩み寄る、大きな影。肩幅が広く、腰に剣を携えている父。父は僕と彼女を交互に見ると、問う。どうした?と。


「テロが、私の」彼女はしゃくりあげるようにして、目をこする。草が妙に湿っているのが伝わってくる。この草原には、雨が降っていたらしい。


「……アン?」男性は彼女に寄り添うようにして、語りかける。今までのことが何もわからなくて、今のことすらわからなくて。僕はアンを見上げる。


「私のこと、覚えて」泣きながらアンは、僕に抱きつく。ちょっと痛いけど、兄だから我慢しなければいけない。


「……」父は、僕とアンを抱きしめ、静かに温める。まだ春先だからか、冷たい風が少しだけ吹く。アンは腕の中でだんだんと眠りについていき、それに釣られるように僕も眠る。


「起きたか」見慣れた天井から顔を上げると、父がそこにいた。机の上には盃が一つ置いてあって、汚れが一つもない。


「アンは?」今ものすごく、アンに会いたい。はやる気持ちはずっと僕の心にくすぶっていて、抑えきれそうにない。


「部屋だよ」父はぶっきらぼうにそう言うと、やれやれと言った調子で手を頭の上で振る。


「ありがとう」部屋を出て行く直前に、僕は言う。扉を勢いよく開けて、走り出す。アンの部屋まではそんなに距離はなくて、すぐに着いてしまう。僕は何回かノックして、アンの名前を呼ぶ。


「アン?」2秒も待たず、部屋のドアが開かれる。


「テロ!」その笑顔を、二度と忘れたりしない。アンは僕に抱きつき、僕もそれに応える。きっとこの瞬間が幸せで、この瞬間が奇跡みたいに輝いて。きっとこんなに素晴らしい妹を、僕は知らない。こんなに愛おしいと思える存在を僕は知らない。2人して泣いて、2人して笑う。きっと、これが人生だ。






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駆け巡る草原の鹿 椋鳥 @0054

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