終章『The Happy Swallow』




 ――『シディムポリス下層』 崩壊から十七日後――



 銀河連邦軍の調査船団が、〈六区〉の地表に降下している。

 エドゥアルトの報告により、『千年至福』の悪事が明るみになったことで、ついに正規軍が動いたのだ。最高戦力たるスリーナイン、首領アークフィンを失った組織は瓦解。半数は降伏し、半数は宇宙のどこかへ逃亡していった。



「……ひどい有様だな」



 『鉄心』隊司令官にしてヴィオス星団警の刑事局長、サビーネ・クラムは、首都跡地の凄惨な様相を眺めている。

 『千年至福』の本拠地は、いまや全域が溶岩に浸かり、火山灰に覆われた廃都と化していたのだ。『下層』の住民二千万人はほぼ全滅であり、『上層』にもパニックで多くの被害が出たという。


「アークフィンが最後に全部台無しにしましたから。これだと、ナノマシンウィルスとやらの研究施設も多分……」


「秘密施設だからもとの座標もわからん。掘り起こすのは面倒すぎる。あらかた残っているものの調査をし終わったら、跡地ごと爆破でもするさ」


 宇宙を脅かしかけた空前のバイオテロ事件は、未然のまま幕を閉じた。

政府関係者や富裕層がギャングの麻薬を常用していたことはそれ自体が大問題であり、また彼らの体内に残留するナノマシンを放っておくわけにもいかない。今年中に混乱が収まることはないだろう。『千年至福』の爪痕はいまだ色濃く残っている。

 しかし、エドゥアルトとサビーネがここへ来た目的は、もっと個人的なことだ。組織の文書などを捜索する本隊から二人ははぐれ、目当てのものを探し始める。もとの地形は面影すらなかったが、すぐに「それ」は見つかった。


「……あったな。これがユーチェンの心臓か」


「それとジャックの『遺骨』も……溶岩に埋もれてなくてよかったです」


 急坂にぽつんと鉄塊が転がっている。灰をかぶり、溶岩に飲み込まれるギリギリの高さでなんとか難を逃れていた。

 ジャックの服と、骨格。そして中央には『心臓』が遺されていた――真っ二つに分かれた『心臓』が。

 アークフィンが生涯を通して追い求めた『不死』の力。他の何者かに拾われれば面倒なことになるかもしれないため、政府が回収せねばならない。しかし例えそうでなくても、エドは決してこれを、他人に渡しはしないだろう。


「灼熱の溶岩で溶け残った、『鉛の心臓』――か。どこかでこんな昔話を、聞いたような気がするな」


「……『幸福な王子』」


「ああ、それだそれだ。思い出したよ。子供のころ大嫌いだった話だ」


 元々は美青年のエドの顔がすっかり窪んでいる。声にも張りが無い。

 自分だけ生き残ってしまった――隊長も他の隊員も、協力者のジャックもみんな死んだのに、自分だけが――。エドはその罪悪感で、睡眠薬なしでは寝られなくなっていた。


「お嫌いですか?」


「ああ。そもそもタイトルがおかしい。あの王子のなにが幸せなんだ? 他人のためにどんどん体をなげうって、みすぼらしくなった挙句、最後は溶鉱炉の中に叩きこまれたのに」


「……あの王子には、ツバメがいましたから」


 弱りきった顔つきで微弱な笑みをエドが返す。割れた『心臓』から灰をきれいに払い、静かに胸の中に抱きしめた。ユーチェンの骨格は溶岩に埋もれてしまったため、ここにあるのだけが二人の『遺品』ということになる。


「自己犠牲をしなきゃ気が済まない王子のことを放っておけなくて、群れからはぐれても一緒にいてくれた。ツバメという本当の友達に『出会えた』から、王子は幸せだったんでしょう」


「……ユーチェンにとってのジャックも、そういう存在だったと?」


「だと思いますよ。一緒に天国に行けていれば、いいのですが」


「フン。くだらんな……天国など」


 サビーネが葉巻に火をつけながら、さりげなくそう吐き捨てる。低い場所でいまだ流れ続ける溶岩を見ながら、煙の中で煙を吸った。


「だいたいあの話は、ラストが一番気に喰わんのだ。王子とツバメの心の美しさが神に認められる? 天国に登ってめでたしめでたし? 冗談じゃない。神も見てたならとっとと王子を助けるべきだろ。なにを死ぬまで放置しているんだ? まったく整合性がないじゃないか。

たとえ王子やツバメは納得しても、読者が決して納得せんぞ。あの二人が生きて幸せにならなきゃダメだ。それ以外の結末は認めない」


「サビーネ局長……」


「――こんなままでは、終われない。私たちは、王子とツバメを天国から奪い返さなければならない。神の御許から巻き上げるぞ――私たちの家族を!」


「……?」


 エドは首を傾げた。ストレスをためたサビーネが、部下を付き合わせてくだを巻くのはいつものことだが、それにしても意味が分からない。

 サビーネにとっても、ユーチェンは妹同然の存在だ。公人としての態度に徹して悲しまないのかと思ったが、なにやら意図があるらしかった。


「フン、忘れたか? ミュータントの本質はナノマシンウィルスだ。意識は脳ではなく心臓に宿る。心臓さえ潰されなければ、ミュータントは死なない。つまり――」


「……!! まさか……」


「ああ。ユーチェンとジャックはまだ死んでおらぬ。二人の人格は、その心臓に宿っているのだ。だからそれだけが滅びていない。だから二つに分かれている。

ジャックが心臓を移植した時にユーチェンの意識にならなかったという事は、他人の肉体ではダメなのかもしれないが――クローンの身体を用意してやれば、確実に蘇生するはずだ」


「し……しかし、隊長はなんとかなるでしょうが、ジャックのクローンはどうするのです? あいつの髪や爪なんか我々には……」


「これがある」


「――あ!」


 サビーネは颯爽と一枚の紙を取り出した。――ジャックがエドたちの隠れ家を訪れた時に記入した、『入隊誓約書』だ。ジャックの血判がばっちりと刻んであった。

 この血判状は、究極の個人情報たるDNAを記録に残すことで、裏切りを許さない効果もあるが――そもそも本来の目的は、任務や手術で肉体をどんどん失っていくサイボーグ達が、再びもとの身体に、日常に戻れるようにするための保険なのだ。


「い、言ってくださいよ……!?」


「すまんすまん。もし心臓が見つからなきゃパーだからな、ぬか喜びさせるのが怖かった。……私も、ここに来るまで本当に不安でね……。すんなり見つかってよかった」




――今月は私の誕生日だ。ハッピーエンドを貰うとしよう。

サビーネは、葉巻をくゆらせながらうそぶいた。









 ジャック・スワローは清潔な病室で目覚めた。鳥の鳴き声が聞こえる。穏やかな日の光が窓から差し込んでいた。早朝だった。

 まさかギャングの自分が天国へ来たのか? 珍しいこともあるものだ――そんなことを考えながら起き上がる。


 骨折すれば力づくで自ら直す。洗車機が風呂代わり。貧乏人の病気はすなわち死。

 生まれてからずっとそんな生活だった彼は、ここが病院であることに気づかない。誰もいない廊下をはだしで彷徨い、いつしか病院の出口にいた。


「――ッ、わぁっ!?」


 空気の汚れた〈六区〉には存在しえない、明るい陽光がジャックの眼をくらませた。

 小さな段差で思わず転倒する。すりむいた膝からは血が出ていた。人の証たる赤い血だ。眉一つ動かさず傷をはらおうとしたジャックのもとに、差し伸べられる手があった。




「フン。君は出血してばかりだな」


「WOOF!」


「……あなたは」




 誰よりも会いたかった人の姿が、日の光よりもはるかに強くジャックの網膜を焼く。

 ふわふわした暖色の私服に身を包んだ、五体満足の『彼女』がそこにいた。かたわらではサイボーグ犬のリリィが、元気そうに吠えている。


「ダメじゃないか。気をつけなきゃ……お互い、もうサイボーグでもミュータントでもないんだぞ」


「――ユーチェンさま」


「おいで、少年」


 ジャックは堰を切ったように泣きながら、ユーチェンの手にすがりついた。彼女のほうはむっとしてそれをふりほどき、そのままジャックの背中に両手を――生身の両手を回す。ジャックの足が地面から浮くほど、思い切り強く抱きしめた。


「……違うだろ、アホ。こうだろうがこう」


「えっ、な、あ……すっ、すみません」


「……ふふ、やっぱり生身はいいものだな。――あったかい」





 早朝の病院前。身長差のあるカップルを、通りがかる人々が怪訝な目で見ていた。病院の屋上から一組の男女が、そんなジャックとユーチェンを見下ろしている。


「ユーチェンのやつめ。さかっとるなー」


「隊長、三日前に目覚めてからずっとうずうずしてましたもんね……ジャックに宿ってた時に、アークフィンとの話も聞こえてたらしいですよ」


「合流しなくてよいのか?」


「今はヤボです。我に返って恥ずかしくなるまで、二人だけの世界にしてあげましょう。つーか俺も、今あそこに入っていく勇気はないです」


「それもそうだな。――色気のない話もあることだし」


 栄養ドリンクの瓶をくわえたサビーネが、風にはためかせているのはジャックの入隊の血判状。エドゥアルトは呆れた表情になった。


「局長、マジで言ってたんですか? あの話」


「フン。こっちは同意書握ってるんだ。あんな逸材、そうそう手放してなるものかよ……」






「――な、なぁ少年。それで一つ、相談があるんだがっ」


「その前にちょっと緩めてくれませんか! この力って生身ですよね!?」


 屋上の二人が目を離した間に、ジャックは抱き殺されかけていた。

 しかし『相談』をもちかけるユーチェンは、〈六区〉でも一度も見せたことが無い不安そうな顔だ。よもや『千年至福』以上の脅威が? ジャックは身を引き締めざるを得ない。


「……警察に入って、私と一緒に働いてくれないか? 今後は平和な職場になるし、君もどうかと思ってな。――いや、もちろんすぐじゃなくて、何年後かの話なんだけどさ。

あ……あと、各種教育費用もこっちがもつよ。それでも嫌だっていうのなら……構わない、けど……」


「公務員に再就職ッ!? やります! やるに決まってるじゃないですか!」


「――!! ひゃあ……!!」


「ギャ――――――ッ!?」


 快諾を受け、幸せの笑顔で少年を締め付けるユーチェン。

 朝をつんざくジャックの絶叫に、エドとサビーネが思わず耳をふさいだ。


「じゃあ! じゃあ一緒に住んでもいい!? 君が好きな家選んでいいよ!」


「いいです! なんでもいいから、放してください!!」




 ――ジャック・スワロー、十四歳。この年、ニュー・ラトリア市立高校に編入。

 ショウ・ユーチェン警部、およびサビーネ・クラム局長のお墨付きにより、警察官に内定済み――




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『ボディチョッパー』 ー犯罪の星のおとぎばなしー 水銀@創作 @Mercury4130

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