第27話 四十七日目②

 その後、ナツにお金を返してもらった直樹が、朱霞に四百万用意したと伝えると、付いてきて欲しい場所があると言われ、葛西駅まで移動した。

 駅から歩くこと十五分。公園付きのマンションに辿り着いた。


「朱霞おねーちゃーんっ!」


 小学生くらいの男の子と、幼稚園生くらいの女の子が砂場からこちらに向かって駆けて来る。


「知り合い?」

「おにーさんも知ってる子たちだよ」

「朱霞おねーちゃん。今日は遊べるっ?」

「ごめんね、今日はちょっと用事があるんだ。次は一緒に遊ぼうね」

「絶対約束だからねっ!」

「やくそくっ!」


 子どもたちは公園へと戻っていく。


「もしかして、茨城で除霊した西岡さんの子ども?」

「ピンポーンッ! 正解」

「でもなんで葛西なんかに」

「あの後、柊木に調べてもらったんだけど、紙屋は見つけられなくてさ。西岡さんはお金なくて困ってたから、ウチのマンションに誘ったの」


 朱霞は、そう言いながら目の前のマンションを指差す。

 そこには八階建てのマンション。ワンフロアに少なくとも四部屋はありそうだ。外壁から見ても比較的新しめの建物だとわかる。


「えっ? もしかして、あのマンション丸ごと朱霞さんのなのっ?」

「紙屋に騙された人に格安で貸し出すように、買ったんだよね。お金ならあるから」

「女子高生のセリフとは思えないな……。朱霞さんって、霊能力者の家系とかなの?」


 直樹は前々から気になっていた疑問をぶつけた。


「ウチの部屋で話そっか。ウチもおにーさんに話したいことがあるし」


 朱霞の部屋は十二畳程度の広さだった。インテリアが質素な上に、仕事道具が多いせいで、女子高生の部屋という感じがしない。


「テキトーに座ってよ」


 朱霞に言われ、座椅子に座る。


「おにーさんも、マウンテンデューでいいよね」


 そう言って、朱霞は缶を二本テーブルに置いた。

 朱霞は、タブを開けると、ゴクゴクと勢いよく液体を喉に流し込んだ。


「あーっ! うまいっ!」


 朱霞は、缶をテーブルに勢いよく置く。


「それで、ウチの話だっけ?」

「ああ。有名な家系だったりするのか?」

「んにゃ。ウチの家族は霊力なんて全くない普通の人たちだよ。色々と調べたけど、ウチみたいな人は血族にはいない」

「そうなのか。その年で除霊師なんてやってるからてっきり」

「ウチは生まれた時から悪霊が見れたんだけど、小さい頃はどうしたらいいかわからなくてさ。ウチを心配した家族が、紙屋みたいな連中に結構騙されてきたんだよね。だから、自分でなんとかするしかなくて、自力で対処する術を身につけるしかなかったんだ」


 その口調は淡々としていたが、きっと想像を絶する苦労だったに違いない。直樹はこれまで朱霞の仕事を手伝ってきたから、身を持って知っている。


「苦労したんだな」

「どっちかって言うと、苦労したのは仕事を始めてからかな。自分と同じように困ってる人を助けようって、除霊師になったけど、悪霊に憑かれる人は悪人ばっかだし、悪霊に同情しちゃうようなことも多くてさ。切った貼ったの世界は世知辛いですよ」

「女子高生の愚痴じゃないぞ」

「だからね、誰かを真っ直ぐ想える人がすごく好きなんだ。それが柊木みたく二次元でもいい。おにーさんみたく幽霊でもいい。そういう人がいるってわかると、なんか救われるんだ」


「俺は……」

「隠そうたって、無理無理。思念読まなくたって、バレバレだから」

 朱霞はクスクスと笑うと、立ち上がり、部屋の隅に置かれた桐箱を手に取った。

「だけど、覚えておいて。生きてる人間と死者が一緒にいることはできないの。おにーさんに残酷なことを言ってるのはわかってる。でもね、陽葵おねーさんとの外出は、二人の未来のためじゃなく、決別のために使ってほしい」

「……」


 朱霞から渡された桐箱が、やけに重く感じられた。



 直樹は桐箱を抱えて、部屋へ帰った。


「おかえりー」


 いつも通り出迎えてくれる陽葵。


 ――生きてる人間と死者が一緒にいることはできないの。


 朱霞の言葉が、棘のように直樹の心に刺さって抜けない。


「た、ただいま」


 直樹は、その棘を無理やり引き抜いて、言葉を発する。


「その箱、何? もしかしてプレゼント?」

「正解」


 陽葵が両手を頬に当てる。


「えーっ。なになに? 付き合って四十七日記念?」

「なんだよそのすげー微妙な記念日」


 直樹は呆れながら、桐箱をテーブルに載せる。


「じゃあ、何記念?」

「うーん。陽葵をデートに誘う記念?」

「……えっ?」

「あー、デートって言っても、違うからな。単に一緒に外で遊ぼうぜってだけで」

「二人きりで?」

「二人きりで」

「デートじゃん」

「そうとも言うかもしれない」

「やっぱ、デートじゃんっ!」

「繰り返すなっ。恥ずいっ」

「だって、デートとか嬉しいもんっ。……でも、どうやって外出するの?」

「そのための秘密道具がこれ……って、マジかよ」


 桐箱の中に入っていたのは、ウィズニーのマスコットキャラクターの彼女を模したぬいぐるみだった。


「ミーナちゃんだ。かわいー。もしかして、この中に入れるの?」

「胸の辺りに触れてみてもらえるか?」


 陽葵がぬいぐるみの胸の部分に手を伸ばすと、バシュンッという音がして、陽葵が消えた。


「陽葵っ?」

「ここだよー」


 ぬいぐるみから陽葵の声が聞こえた。


「違和感はないか?」

「ちょっと窮屈だけど、そんくらいかな。周りも見えるよっ」

「じゃあ、試しにコンビニまで出かけるか」

「ダメッ!」

「なんでだよ」

「初デートがコンビニとか、台無しじゃんっ」


 ちゃんと効果があるか試してみるべきという理性と、陽葵が可愛すぎるという感情がせめぎ合う。


「……じゃあ、明日のお楽しみにしとくか」

「うんっ! ところで、このぬいぐるみはどうしたの?」

「朱霞さんに用意してもらった」

「こんな道具も持ってるなんてすごいね」

「まぁ、四百万したけどな」


 思わず口に出してしまった。陽葵には言うまいと思っていたのに。


「いま、なんて?」


 静かに、怯えるような陽葵の声。だが、ぬいぐるみの中にいるから表情がわからない。


「聞かなかったことにしてくれ」

「無理だよっ! 早く返してきなよっ!」


 言うと思った。陽葵はそういう人間だ。


「全部話すから、落ち着いて聞いてくれ」


 そして直樹は、陽葵を外に連れ出したいと望んだこと。ナツと対峙して、お金を返してもらったことなどを話した。


「マッチングアプリの女に会ったんだ……。ライブに行ったのも、全部あたしのせい」


 明らかに落ち込んだ声音で、陽葵は口にする。


「それは違う。確かに陽葵のためだと、俺も思ってた。でも、それを望んだのは、他の誰でもない俺自身なんだ。結果論かもしれないけど、ライブに行って、あの女に会って、良かったと思ってる。これは本当だ」

「直樹は傷ついてないってこと?」

「ああ。柊木さんや朱霞さんのおかげでな。そして、俺をそこまで変えてくれたのは、陽葵。お前だ」

「……」

「陽葵?」

「いや、直樹がいいなら……、いい」


 ポツリとこぼすように呟く。小さすぎて、その言葉に何色の感情が混ざっているのか、直樹にはわからなかった。


「明日、俺とデートしてくれますか?」


 直樹は、真面目なトーンで口にした。


「えっ? デートじゃないんじゃないの?」

「人が決めようとしたのに、茶化すのどうかと思うぞっ?」

「ってか、ぬいぐるみからどうやって出たらいいのか、わからないんだけど」

「しばらく窮屈な思いしてろっ」


 直樹はタオルと着替えを手に取ると、ユニットバスへと向かった。



 *



 午前六時。無事にぬいぐるみから出られた陽葵は、直樹の布団の隣に横たわっていた。

 じっと直樹の寝顔を見つめる。

 直樹が、自分のためにマッチングアプリの女に会ったと教えられた時は、前の直樹に戻ってしまうんじゃないかと不安で堪らなかった。


「強くなったんだね、直樹。ううん。違うか。直樹は、もう一度生きようと思えるようになったんだよね」


 陽葵は優しく微笑む。


「直樹が変わったのが、あたしのおかげって言ってくれて、嬉しかったよ。だって、あたしの望みは、直樹に生きてもらうことだったんだから。でも、もう大丈夫だよね。あたしが消えても、直樹は生きていけるよね……」


 陽葵の顔が歪む。


「もう一個の未練も消えちゃえばいいのに。直樹が、あたしに素敵な気持ちをたくさんくれる度に、どんどん膨らんじゃうよ……」


 窓から陽の光が差し込んでくる。

 陽葵は、窓の近くへと浮遊すると、両手を組み合わせて、目を瞑った。


「今日で、この気持ちとお別れできますように」


 天に祈った。どうかこの願いが叶いますようにと。



 *

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