第24話 四十二日目②

 朱霞と別れた直樹たちは、カラオケボックスへと入った。

 直樹は、ヘブブルの進行状況を柊木に伝える。


「なかなかですね。先ほど聞きそびれましたが、推しは見つかりましたか?」

「星乃ルカって子が気になってます」


 柊木が白狐のお面の奥で笑った気がした。


「ルカちゃん、いいですよね。明るくて一生懸命で、いつも他人のことを考えている。ふざけているようで、裏では真面目にレッスンに取り組んでる姿も好印象です。それに、陽葵さんに似ていますね」


 直樹は、飲んでいた烏龍茶を吹き出しそうになった。


「ゴホゴホッ」

「冗談です」

「三次元の女性は嫌いなんじゃないんですか?」

「陽葵さんは幽霊ですから」

「はぁ……」


 なんだその線引き。


「じゃあ、私も状況を報告しましょう」


 そう言って、柊木はマッチングアプリを起動して、直樹にスマホを渡す。


「女性からのいいねが二千っ? 昨日、登録したのにっ?」

「これが全員澪ちゃんだったら嬉しいんですが」

「推しが二千人いてどうするんですか?」

「二千倍推すだけです」


 この人、ヘブブルのことになるとアホになるな……。


「しばらくスマホ借りてもいいですか?」

「わかりました。私はコールの練習をしていますね」


 その後、柊木が大声でコールを打つのを聞きながら、ナツを探し始めた。

 「東京」、「二十三歳」、「飲食業」で絞る。表示された件数は二百十五。ここからは、地道に画像を見ていくしかない。

 探すこと、十数分。


「見つけた……」


 名前もプロフィールも全く同じ。ナツに間違いない。

 スマホを持つ手が震える。何としてでも釣り上げる。

 直樹は、ナツのプロフィールを読み返し、カフェ巡りが好きという一言に着目する。


『ナツさん、初めまして。私もカフェが好きなので、一緒にお店を巡れたら嬉しいです。よかったら、マッチングしてください』

 メッセージと共に、いいねを送った。

 これで釣られてくれればいいが。


「柊木さん、対象を見つけたので、マッチング出来たらデートに誘ってもらえますか?」

「わかりました。では、コールの練習といきましょうか。いくつか覚えていただきたいのですが、南條さんはアイドルのライブのご経験は?」

「ないですね」

「では、コールに慣れるために、一番ハードルが高いものを最初にやりましょう」

「そこは、一番簡単なものからじゃないんですか?」

「初心者はコールを恥ずかしく思うものです。だからこそ、あえてハードルが一番高いものを全力でやるのがいいんですよ」


 お面を被ってて、表情はわからないが、口調は心底真面目だった。


「俺は、柊木さんに認めてもらえるように、全力を尽くすつもりです」

「では、私に続いてください」


 そう言って、柊木は大きく息を吸う。


「言いたいことが、あるんだよっ! やっぱり澪は可愛いよっ! 好き好き大好き、やっぱ好きっ! やっと見つけた、お姫様っ! 俺が生まれてきた理由っ! それは、お前に出会うためっ! 俺と一緒に、人生歩もうっ! 世界で一番、愛してるっ! ア・イ・シ・テ・ルッ!」


 聞きながら、直樹はいろんなことを思った。この人、何言ってるんだろう、とか、めっちゃ声デカいな、とか、本当にハードル高いな、とか。

 だけど、全力を尽くすと決めた。ナツにもう一度会うために。陽葵を外出させるために。

 直樹も大きく息を吸う。


「言いたいことが、あるんだよっ! やっぱりルカは可愛いよっ! 好き好き大好き、やっぱ好きっ! やっと見つけた、お姫様っ! 俺が生まれてきた理由っ! それは、お前に出会うためっ! 俺と一緒に、人生歩もうっ! 世界で一番、愛してるっ! ア・イ・シ・テ・ルッ!」


 柊木はパチパチと拍手をする。


「初めてなのに、素晴らしいコールでした。この調子でいきましょう」


 そこから色々なコールを教わった。曲単位で変わるコールもあり、全曲分のコールを覚えるのはかなり練習が必要そうだった。


「では、南條さん。練習に励んでください。私もデートに誘えるように頑張りますので」

「今日は、ありがとうございました……」



 直樹は、心身ともに疲れていたので、ハンバーガーをテイクアウトして帰宅した。


「おかえりー。って、なんかお疲れだね?」

「色々ありすぎた……」


 直樹は、ハンバーガーを切り分けると、陽葵に水子の霊とシンクロしたこと、柊木と一緒にコールの練習をしたことを話した。だが、ナツのことは伏せた。


「ねぇ。直樹の魂が、その子とシンクロしたことには意味があるんじゃないかな? その子の未練って生きたかったことなんだよね? その子とシンクロしたってことは、直樹の中にも」

「かもな」


 直樹が、初めて自分の中に、生きたいと思う気持ちがあることを肯定したことに、陽葵は驚く。


「俺だって、死にたくて死ぬわけじゃない。生きる理由を見失ったから、死ぬことにしたんだ」


 直樹は陽葵から視線を逸らして、溢すように呟く。


 ――お兄ちゃんは、生きてね。


 水子の最後の言葉が脳裏をよぎる。

 今でも自分の中に、水子の生きたいという未練が、微熱のように余韻として残っている。

 それは、直樹自身の魂の叫びでもあるのだと、本能で理解している。

 陽葵をちらりと見る。

 俺と一緒に生きていこうと言えたなら、どんなに良かっただろう。


「なぁ、陽葵」

「なぁに?」


 陽葵は穏やかに微笑む。


「……ハンバーガー、冷めるから食おうぜ」

「あたしはもう食べたけど」

「はぁっ? めっちゃシリアスな話、してただろうがっ?」

「あのね。生きるためには図太さが必要なんだよ。直樹は繊細すぎ。まぁ、そこが直樹の良いとこだけどね」


 陽葵は歯を見せて笑う。

 昔の自分なら、陽葵の笑顔を鬱陶しいと思っただろう。だけど、今はこの笑顔をいつまでも見ていたい。

 敵わないな。直樹はそんなことを考えながら、ハンバーガーを口にした。



 *



 深夜四時。まだ空は明けない。

 陽葵は空中で、直樹の寝顔を見つめていた。


「直樹、変わってきたね」


 聞こえないようにポツリと呟く。


「あなたはまだ、自分が死に捕われてると思ってるかもしれないけど、そんなことないよ? 

 ずっと傍で見てきたから、ずっと生きて欲しいと願ってきたから、わかるよ? あなたは変わっていってる。生きたいっていう気持ちが少しずつ育ってきてる。それは、柚ちゃんや、朱霞さんたちとの出会いが影響してて……って、独り言なのに本音を誤魔化しても仕方ないか」


 陽葵は愛おしそうに言葉を発する。


「あたしが直樹にいい影響を与えてたなら、すごく嬉しいな」


 だが、その瞳は哀しみの憂いを帯びていた。


「あたしが消えても、直樹は生きてくれるかな? だとしたら、嬉しいな。苦しいな……。最後にあなたに出会えて、あたしは幸せで、惨めだよ……」


 陽葵は右腕で、目をゴシゴシと擦る。


「あー、ダメだ。何言ってんだろ、あたし。直樹と出会って、まだ四十二日しか経ってないのに、こんなに好きになっちゃうなんて。って、そんなの覚えてる時点で相当か」


 陽葵はふっと笑みを溢す。


「あと何日……、そんなの数えたくないよ」



 *

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