第21話 四十日目

 翌日、陽葵から提案があった。


「ロシアンたこ焼きやりたい」

「たこ焼きの中に激辛が入ってるやつか? 二人でやる遊びじゃないだろ」

「他の人も呼んでさ。タコだけじゃなくて、色々入れるの。朱霞ちゃんたちとかどう?」

「聞いてみる」


 朱霞にメッセージを送ったところ、柊木と一緒に来ると言ってくれた。


「じゃ、買い物に行ってくるな。陽葵、後悔すんなよ?」


 直樹はニヤリと笑いながら、部屋を出た。

 少し辛いだけじゃ、つまらない。徹底的にやってやる。

 みんなの前で具材を入れても面白くないので、直樹一人でたこ焼きを先に焼いておいた。

 時間になり、朱霞と柊木が遊びに来る。


「おにーさん。ロシアンたこパやるんだって? 面白そーじゃん」

「私は、普通のたこパでいいと思うのですが……」


 直樹は皿の上に、山のように積み上がったたこ焼きをテーブルに載せる。


「ルールは、順番に一人ずつ選ぶこと。直樹は他の人が指定したタコ焼きを食べること。これだけっ!」


 陽葵がテンション高く口にする。

 そこからは悲喜こもごもだった。


「カマンベールチーズじゃん。ウチ、チーズ大好き」

「ブルーベリージャムとか正気ですか、南條さん」

「牛すじだぁ。かなりいける」

「プリンなんて買ってくるんじゃなかった……」


 順番に食べていくが、誰も激辛を当ててない。直樹が買ってきたのは、タバスコの三千三百倍辛いソースだ。我慢できるとは思えないが。


「また牛すじだっ。あたし、これハマったかもっ」

「そんなに美味しいのか?」

「直樹、食べてごらんよ。あたし、箸しか刺してないから」

「じゃ、もらうな」


 甘辛い味を想像しながら、たこ焼きを口に放り込む。思いっきり噛んだ瞬間、舌に針が万本刺さった。


「ぐはっ!」


 痛い痛い痛いっ! これは辛さじゃない。拷問器具だ。

 直樹は、思わず床に倒れ、えび反りになってピクピクと痙攣する。


「あっはっはっはっ! 直樹、ウケるっ!」


 陽葵は、床にドンドンと拳を叩き、笑い転げていた。

 直樹は立ち上がると、お茶をがぶ飲みする。


「はぁ。はぁ。死ぬかと思った……」

「直樹が言うと、めっちゃシュールだね」

「陽葵、マジ許さねぇっ。どうやって回避したんだよっ」

「だって、匂いがやばかったもん。食べるわけないじゃん」

「食べたふりをしたってことねー。おにーさんを罠に嵌めるために」

「幽霊の陽葵さんにしか出来ない芸当ですね」

「そこ二人、納得しないでくれっ! ルールはどうしたルールはっ!」


 陽葵は悪魔のようにニタリと笑った。


「あたしが何て言ったか覚えてる?」

「順番に一人ずつ食べること」

「ブッブー。正解は『順番に一人ずつ選ぶこと』でした。あたしは食べなきゃいけないなんて言ってないよ」

「クソがっ!」

「女は怖いねー」

「本当です。やはり二次元しか勝たない」


 そんな時間もやがては終わる。


「今日は誘ってくれて、ありがと。楽しかったよ」


 そう言って、朱霞が立ち上がる。


「たこ焼きの具材のセレクトに関しては、どうかと思いますが」


 柊木も立ち上がった。


「こっちこそ、来てくれてありがとう。陽葵に良い思い出を作ることが出来た」

「朱霞ちゃん。柊木さん。ありがと」


 陽葵が二人に向かって、頭を下げた。

 それは今日のことじゃなくて、これまでのこと全てに感謝しているようにも、直樹には思えた。


「幽霊がみんな、陽葵おねーさんみたいなら……って、これはヤボか」


 朱霞が自嘲気味に笑う。

 直樹は立ち上がると、コートを羽織った。


「陽葵。二人を駅まで送ってくる」

「うん。わかった」



 三人で、両国駅へと向かう。


「それで。おにーさん、何か用があるんでしょ?」


 朱霞が直樹に尋ねてくる。


「陽葵を、外出させることは出来ないか?」


 朱霞は複雑な顔つきになる。


「それは、陽葵おねーさんの願い?」

「陽葵は十年も、あの部屋に縛られてきたんだ。最後に、外に出たいって願ってるはずだ」

「……方法がないわけじゃない。陽葵おねーさんの魂を人形という形代に宿らせれば、あの部屋から出ることも出来る」

「なら、用意してくれっ」

「四百万」

「はっ?」

「四百万、用意できる?」


 直樹の貯金を全て使っても、四百万を捻出するのは無理だ。


「なんでそんなに必要なんだ?」

「地縛霊を外出させたいなんて、異例中の異例だからね。ウチの伝手を使っても、どうしてもお金が必要になるの」

「前借りってことは、出来ないか? 働いて返すっ!」

「死ぬつもりの人間にお金を貸すなんて、出来るわけないじゃん」


 朱霞の声音は、外の気温よりも冷たく、ナイフのように直樹の心を抉った。


「金を返すまでは死なないっ。だからっ」

「どうやって証明するのさ。おにーさんが死なないって」


 朱霞が鋭い目つきで、直樹を射抜く。


「それは……」


 出来ない。俺はこれまで、周囲の人間に死ぬと宣言し続けてきた。陽葵を成仏させることも、除霊の仕事を手伝うことも、全ては死ぬため。そんな俺が、借金を返すまでは生きるなんて、どうやったら証明できる?


「無理だ……」

「なら、ウチは協力できない」

「朱霞、あまりにそれは」

「柊木は黙ってて」


 朱霞は有無を言わさない口調で、柊木を嗜める。


「悪いけど、そういうことだから」


 朱霞は、直樹を置いて駅へと向かっていった。



 直樹は、肩を落としながら、家路についた。

 玄関の前に立つと、両手で頬を叩く。陽葵にこんな顔を見せるわけにはいかない。


「ただいま」


 直樹は、努めて明るい調子で口にした。


「おかえりー」


 陽葵も明るい調子で応じてくれる。

 もっともっと楽しい思い出を作ってやりたい。陽葵の笑顔を見て改めて思う。

 金さえ用意できれば……。

 そこで、自分の貯金を減らした要因を思い出した。


 マッチングアプリで出会ったナツ。あの女から返してもらうことが出来れば、四百万に届く。

 だが、既にアプリから退会していて、連絡を取ることは出来ない。仮にもう一度登録しても、マッチングしてもらえるとは思えない。別の男性の協力が必要だ。

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