第18話 三十六日目②

 アパートに到着し、直樹は鍵を差し込む。だが、鍵を回そうとする手が震える。

 陽葵はいるのか? それとも。

 直樹は深呼吸をすると、鍵を回して、ドアを開けた。

 玄関から中を見るが、陽葵の姿は見えない。やはり成仏してしまったのか?


 急いで靴を脱いで、部屋に上がる。そこで、畳んだはずの布団が敷かれていることに気づいた。

 しかも布団が盛り上がっている。

 直樹は掛け布団を思いっきり剥ぐと、そこにはパジャマ姿の陽葵がいた。

 陽葵は目を丸くして、口をパクパクとさせている。


「陽葵……。何してんだよ」


 言葉とは裏腹に、直樹は、陽葵の姿を見た瞬間、何故だか心から安堵した。


「じょ、成仏するなら、やっぱ布団の上がいいと思って……。それ以外の意味はないからっ!」

「陽葵おねーさん。何か体に変化はない?」


 陽葵は起き上がると、いつものノースリーブワンピースに着替える。


「特にないと思う」

「じゃ、触診といきますか」


 そう言って朱霞は、両手を陽葵の胸に向ける。


「だから何で胸なんだよ」


 直樹が突っ込むと、朱霞は真面目な顔で答える。


「心臓に近いからだよ。一番、幽霊の状態がよくわかるとこなの」


 すると、陽葵は両腕で胸を覆い隠した。


「直樹の前じゃダメッ!」

「なんでだよ」

「とにかくダメなのっ!」

「じゃあ、ユニットバスでやろうか。おにーさん、お風呂借りるね」

「入浴するみたいに言うなよ」


 朱霞と陽葵はユニットバスへと消えた。

 直樹は柊木を見た。


「なんか、いつも通りですね」

「そうですか? 私はラブコメの波動を感じましたが」

「何ですか。ラブコメの波動って……」


 ユニットバスの扉が開く。


「朱霞さん、どうだった」

「んー、陽葵おねーさんに変化はないね。まぁ、あるっちゃあったんだけど」

「どっちだよ」

「ちょっと朱霞ちゃんっ!」


 陽葵が顔を赤くする。


「とりあえず、あの怨念とは無関係っぽいね。おにーさんには申し訳ないけど、もうしばらく今の生活続けてもらってもいいかな?」

「そうか」

「どうしても、今日死にたいって言うなら止めないけど?」


 朱霞はどこか試すような顔で直樹に尋ねる。


「いや、陽葵を成仏させるまでは生きるよ。怨念体と初めて接触して、その無念が痛いほどわかった。もう一人の陽葵が、あんな感じなら、俺に出来ることをしたい」


 その言葉を聞いて、陽葵は胸を撫で下ろし、朱霞は笑った。


「柊木、もう一度調べ直して」

「わかりました」

「じゃ、ウチらは帰るから。あとは二人でごゆっくりー」


 ひらひらと手を振りながら、朱霞は部屋から出ていった。


「あはは。朱霞ちゃん、何言ってんだろうね?」

「いつもあんな感じだろ?」

「……」

「……」


 二人の間に沈黙が流れる。


「ごめんな。成仏させてあげられなくて」

「ううん。あたしは全然気にしてないから。あたしの方こそごめん」

「陽葵が謝ることじゃないだろ。ってか、どうした? なんかぎこちないけど」


 陽葵の体がビクッとなる。


「あ、あれだよ。成仏するって思ってたのに、実はまだ時間がありますってなったから、なんか落ち着かないっていうか……」


 陽葵はひっきりなしに、自分の髪の毛を弄りながら口にする。


「まぁ、昨日までと同じように生活しようぜ」

「そ、そうだね」



 *



 深夜零時。陽葵は、直樹の枕元であひる座りをしていた。


「あたし、まだ直樹と一緒にいれるんだ……」


 だが、陽葵の表情は浮かない。


「あたしがこのまま成仏しなければ、ずっと直樹と一緒にいれるのかな? 直樹はずっと一緒にいてくれるかな?」


 陽葵は俯く。


「ダメだよ。そんなこと願っちゃ。あたしは死んでるんだから。あたしは、直樹と一緒にいる権利も、直樹に好きって伝える権利も持ってない。あたしに許されてるのは、この気持ちを隠したまま、成仏することだけ……」


 陽葵の体が震える。


「でも、もう少しだけ、一緒にいさせて。愛されたいなんて願わないから、一緒にいることだけは許してください」



 *

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