第15話 九日目以降

 そこからは、三日に一回は、どこかに除霊に行く生活が続いた。いつの間にか、霊と過ごす時間が日常になっていった。

 悪霊に悩んでる人は事情も背景も様々で、朱霞は依頼人によっては一千万円もふっかけて、後ろにいた俺の方が腰を抜かすかと思った。


 残りの時間は、陽葵のやりたいことを叶えている。

 そして今、俺は野球をプレイしていた。

 俺の部屋の中で。


「ピッチャー陽葵。ここまで十一連続奪三振。新記録更新なるかっ?」


 陽葵が自分の解説をする。


「相対するは南條直樹選手。ここまでノーヒット。ファンのヒットを望む声がスタジアム中に鳴り響いているっ!」


 陽葵の解説を聞きながら、直樹は、バッドを握ったフリをして、構える。

 陽葵は右肩を後ろに引くと、左足を垂直に上げる。

 ワンピースの裾が捲り上がり、ピンク色が見える。

 直樹が一瞬、視線を移した隙に、陽葵が見えないボールを投げる。


「ビュンッ!」


 タイミングを計って、直樹は思いっきりバッドを振る。だが。


「ストライッ! バッターアウッ!」

「またかよっ! そもそも投げてる陽葵が審判するのおかしいだろっ!」

「あたしのセクシー魔球は、男には打ち取れないのさ」

「視線バレてるしっ!」



「直樹―。今日はこの映画見ようよっ!」

「またホラーかよ。幽霊がホラー見て何が面白いんだ?」

「いや、この作品めっちゃ泣けそうなんだって。家族愛がテーマなの」

「ホラーで泣くって意味わかんね……」


 映画のクライマックスで、主人公の父親が家族を抱きしめる。


「お前たちは、俺が必ず守るっ!」


 家族を愛し、悪霊から家族を必死に守ろうとする父親の姿がそこにあった。

 部屋の中から嗚咽が漏れる。


「直樹泣いてんじゃん」

「陽葵も泣いてるじゃねーか」


 幽霊と一緒に、ホラーで泣くなんて、本当に意味が分からなかった。



 除霊の後、朱霞から話しかけられた。


「おにーさん、結構霊力上がってきたね」

「街中で浮遊霊みたいなの見かけるようになったよ」

「自分で除霊しようとしないでね」

「わかってる」



 布団にくるまって寝ていると、急に冷たい風が体を襲った。

 布団が剥がれたのか? 直樹は、体を反転させ、目を瞑りながら布団を掴もうとする。


「あんっ」


 艶っぽい声が聞こえて、一瞬で覚醒する。両目を開けると、目と鼻の先に陽葵がいた。


「陽葵っ?」


 すると、陽葵は唇に人差し指を当てて、イタズラっぽく笑う。


「先生にバレちゃうよ?」


 小さな声で囁く陽葵。


「先生って誰だよ」


 つられて思わずこちらも囁く。


「体育教師のゴリラ・ゴリラ・ゴリラ」

「ただのゴリラじゃねぇかっ」

「しーっ! 中学生でこんなことしたのバレたら、ドラミングされちゃうよ?」

「やっぱゴリラじゃねぇかっ!」


 陽葵はクスクスと笑う。


「ねぇ、直樹の修学旅行の思い出ってなに?」


 中学の修学旅行。陽葵の言葉を聞いて、心臓の芯が氷点下まで凍りつく。


「思い出なんて、ねぇよ……」

「怖い顔。あたしと一緒なのに不満?」

「そういうんじゃ」

「直樹。下に少しずれて」

「足が出るから嫌なんだけど」

「いいから」


 直樹が下にずれると、ふんわりとした感触が顔を包んだ。


「ありがとね、直樹」

「急になんだよ」

「ちゃんとお礼言ったことなかったなって。直樹に見つけてもらった日から、楽しいがいっぱい積み重なってるんだ。あと、くすぐったいから喋らないでよ」

「俺もお前に言わなきゃならないことがある」

「まぁ、あたしのおっぱいが堪能できなくて残念かもしれないけど、形だけでも、ね」

「堪能できてる」

「そっかぁ。堪能できてるのかぁ。って、えぇっ!」


 陽葵は布団を抜け出して、空中に浮かんだ。


「今、なんて?」

「陽葵と接触できるようになってきたっぽい。多分、霊力が上がってきたからだ」


 陽葵の顔が真っ赤に染まってるのが、暗闇でもわかる。


「バカッ! 変態っ! スケベッ! 幽霊に触れるなんて反則っ!」

「自分勝手すぎだろっ!」

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