第12話 五日目

 翌朝、惣菜パンを陽葵と一緒に食べていると、陽葵から昨日のことを聞かれたので、直樹は体験したことをそのまま話した。

 直樹の話を聞いて、陽葵は瞳を潤ませていた。


「その女の人、可哀想だね……。そんなの死んでも死にきれないよ」

「それで、朱霞さんの仕事を手伝うことになった。あと……」

「あと?」

「……陽葵のやりたいことを叶えようと思う」


 陽葵を除霊するために自分が出来ること。一晩考えた上での結論だった。


「あたしの未練ってこと? でもそれなら」

「生前の記憶がないのも、未練がないのもわかってる。けど、十年も地縛霊でいたんだ。やりたいことくらいあるだろ?」

「直樹が叶えてくれるの?」

「俺に出来ることならな」


 陽葵が勢いよくテーブルを飛び越え、直樹に抱きつく。もちろん体が触れ合うことはなく、陽葵はそのまますり抜けた。


「いきなりなんだよっ」


 直樹は体を反転させ、陽葵に突っ込む。


「だってだって、すごく嬉しかったんだもんっ!」


 陽葵は両腕を大きく振りながら、喜びを表現する。


「俺は――」

「もちろん直樹の考えはわかってる。あたしを成仏させるためだって。その後にしようとしてることも。それでも、それでも嬉しいって思う気持ちは変わらないよっ! もう死んでるあたしのために、何かをしてくれるなんて、あたしは幸せだよ……」


 グスグスと鼻を鳴らしながら、そんなことを口にする陽葵の姿を見て、直樹は自分の身勝手さに胸が苦しくなった。


「それで。何がやりたい?」


 直樹は自分の気持ちから逃げるように、陽葵に問いかけた。


「八十五インチテレビでホラー映画が見たいっ!」


 満面の笑みを浮かべながら、弾むような声で答える陽葵。


「初っ端からメチャクチャな願い事言ってくんじゃねぇよっ!」

「え? 直樹って、ホラー映画ダメなタイプ?」

「そっちじゃねぇっ! サイズッ! 人にお願いするのにジャストなサイズってもんがあるだろうがっ!」

「だって直樹、あたしのためなら筋肉まで脱いでくれるって」

「骨になってんじゃねぇか!」


 直樹は頭を抱える。


「小さなテレビならまだしも、そんなデカいの買えるわけない……」

「買えるテレビがないなら、レンタルしたらいいじゃない」

「なにマリーアントワネット風に言って……。って、レンタル?」


 直樹はスマホで「テレビ レンタル」で検索する。すると、家電を貸し出してくれるサイトをいくつか見つけた。


「七十五インチなら、月に三万くらいで借りられるのか」

「この際、負けに負けて七十五インチでもいいよ」

「だから、人に頼むサイズを覚えろっ!」

「直樹。こんな格言知らない? おっぱいとテレビは大きいほどいい」

「絶対、今思いついたろっ!」


 直樹はため息を吐きつつも、手続きを進めていく。


「ねぇねぇ。せっかくレンタルするなら、他の家電も借りようよ」


 確かに、陽葵との生活が続く以上、家電が何もないのは不便だ。

 だが貯金にも限りがある。除霊のバイトでどのくらい貰えるかで話は変わってくる。

 直樹は、朱霞にメッセージを送ることにした。


『除霊師のバイトって月給いくらくらいになりそう?』


 しばらくすると返事が来た。


『おにーさんの働き次第だけど』

『最低でも二十万かな』

「マジかよ……」

『助かります』


 直樹は、反射的に敬語で返事を送ってしまった。これなら多少の出費は問題ない。

 テレビ、洗濯機、冷蔵庫、電子レンジをレンタルすることにした。


「明後日には、配送してもらえそうだ」

「やったーっ! ねぇねぇ、せっかくだから布団も買ったら? 寝袋だと寒いでしょ」


 陽葵の言う通りだった。厚着をしないと、寒すぎて眠れないし、何より寝心地が良くない。


「そうだな」


 直樹は、大手通販サイトで布団一式をカゴに入れる。決済しようとした時。


「あたしマイコップが欲しいなぁ」


 陽葵がおねだりしてきた。物を増やしても処分に困るので断ろうと、陽葵を見る。

 陽葵は直樹の膝の上に頭を載せ、子犬のような表情で直樹を見つめてくる。

 男だけを殺す兵器かよ。


「え、選んでいいぞ……」

「わーい。直樹、大好きっ」



 翌々日、配送業者から家電などが配送されてきた。


「生活感出たねー」

「あくまでレンタルだ」

「すぐ水差すー」


 ズボンのポケットに入っているスマホが振動する。直樹が画面を確認すると、柚からメッセージが届いていた。


『今夜、お邪魔してもいいですか? 南條さんに会いたいです』


 文章を読んだ瞬間、心に鋭利なナイフが刺さったようだった。朱霞に会ってから、色々あって柚のことを忘れていた。

 もし柚に、しばらく生きることになったと伝えたら、どんな反応をするだろうか。

 恋人関係を解消してくれるだろうか? 陽葵を除霊したら死ぬのを知ったら、恋人関係は続くのだろうか。


「陽葵。松下さんが家に来たいって言ってるんだけど」


 陽葵の瞳がキラキラと輝きを放つ。


「いいじゃん。呼びなよ。鍋パしようよ鍋パ」

「鍋パって、調理器具も何もないだろ」


 すると陽葵は、まだ開封してない段ボール箱の前に立った。


「陽葵ちゃんを舐めないで欲しいな。この段ボール開けて開けてっ」

 陽葵に急かされるままに段ボールを開けると、包丁や鍋、ガスコンロが入っていた」

「は? なんで?」

「外食ばっかじゃ飽きるし、鍋食べたかったし」


 慌てて通販サイトの購入履歴を見る。陽葵はマイコップだけでなく、調理器具や皿なども二十点ほど買っていた。


「俺は料理できないんだよっ。使わないものを買ってもしょうがないだろっ」

「グランシェフ陽葵に任せなさい。前に住んでたおじいちゃんが三分間クッキング見てたから、お店でも通用する味ってやつを教えてあげるよ」

「三分間クッキングは家庭の味っ!」


 すると、またスマホが振動した。


「やっぱりいいです。ごめんなさい」


 やってしまった。既読スルーしたと思われた。

 スマホに表示されたメッセージを読んだ陽葵は、直樹からスマホを取り上げる。


『きみとの幸せな時間を想像して夢を見ていたよハニー 待ってるよ』

「やめろっ! 勝手に送るなっ!」

『は、ハニーだなんてやめてくだささささささ』

『にやけてたら転んで、書類を床にばらまいちゃいました』

『先輩に怒られてきます』

「陽葵、責任取れよ」

「あたしじゃないよ。幽霊がスマホ使えるわけないじゃん。」

「ポルターガイスト使ってたろっ!」


 結局、陽葵に押し切られ、柚と鍋パをすることになった。

 直樹は、スーパーで寄せ鍋の食材とスープの素を買ってきた。


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