第9話 四日目②

 直樹は、朱霞と柊木を伴って、自室へと入る。


「おかえりー。その人たちが最強の除霊師?」


 これから除霊されるというのに、陽葵はのんびりとした口調で話しかけてくる。


「ウチが朱霞で、こいつがアシスタントの柊木。よろ」

「え? めちゃくちゃ若いっ! 高校生?」

「うん。高二」

「すごーいっ!」


 当たり前のように、陽葵と会話が成立してる。


「朱霞さんから見て、どう?」

「ヤバいね」


 直樹の問いに、朱霞は陽葵から視線を逸らさずに答える。

 朱霞は陽葵を真剣な面持ちで、じっと見つめながら、靴を脱ぐと、陽葵に近づいていく。

 そして両手を上げると、おもむろに陽葵の胸を揉んだ。


「んっ」


 陽葵が目を瞑り、桃色の吐息を漏らす。

 だが、朱霞は止まらない。何度も何度も指を艶めかしく動かし、陽葵の胸を揉みしだく。


「なっ、何やってんだよっ! それ除霊に関係あるのかっ?」

「んー、神乳だなぁと思って」


 直樹のツッコミも、朱霞は気にならないようだった。


「こんな神乳なのに勿体ないよなぁ」

「何がっ?」

「普通の霊にしちゃ、揉みごたえがあんまりない。こんなケース初めてだ」

「確かに、存在が儚げですね」


 柊木が口を開く。

 陽葵は普通の霊とは違うのか?

 朱霞は揉むのをやめて、直樹のほうを振り返った。


「おにーさん。簡単には除霊できないわ」

「それってどういう……」

「陽葵おねーさん、だっけ? 生前の記憶がないってホント?」


 朱霞が鋭い目つきで陽葵を観察する。どんな嘘も見逃さまいとしているようだ。


「気がついたら、この部屋にいたんだよね」

「それってどのくらい前?」

「十年は前かな」

「十年ですって?」


 柊が驚いた口調で言葉を発す。


「そんなに現世に留まってたら、とっくに自我が崩壊してるんだけどなぁ」


 朱霞は右手の親指の爪を噛んで俯く。


「ねぇねぇ。あたしって変なの?」


 陽葵が不安そうな顔で、直樹に聞いてくる。


「俺に聞かれても」


 直樹が知っている幽霊は陽葵だけ。陽葵が幽霊のスタンダードのように思い込んでいた。


「朱霞さん。陽葵が特殊だとして、なんで簡単に除霊できないんだ?」

「これは、ほとんどウチの直感だけど、陽葵おねーさんはもう一人いる」

「陽葵が二人? それって双子とかそういう?」


 直樹の問いかけに、朱霞は首を横に振る。


「陽葵おねーさんが、分裂してるってこと。それしか考えられない」

「そんなことあるのか?」

「ないです。少なくとも、私は知りません」


 柊木が直樹の質問に答えた。


「あたしが二人いる……」

「ここにいる陽葵を除霊したら、どうなるんだ?」

「わからない。何が起きるか。ただまぁ、良い方向には転ばないだろうね」


 朱霞の表情は真剣だ。俺をたばかってるとは考えにくい。

 どうすれば良いんだ。陽葵を除霊したら、そのまま死のうと思っていた。

 だが、陽葵は除霊できないという。けどそもそも、俺が陽葵を除霊しようと思ったのは、俺が自殺した後も、この世に留まりたくなかったからだ。


「なぁ。自殺した人間が、そのまま成仏できることってあるのか?」

「直樹? それって」

「人によるとしか言えないね。誰かを恨んで死ねば、悪霊になる可能性の方が高いし。ウチが視た感じ、今のおにーさんは五分五分って感じに思えるけど?」

「朱霞さん。陽葵じゃなくて、俺の除霊を頼むことはできるか?」

「面白いこと言うじゃん。ウチにそんなこと言ってきたのは、おにーさんが初めてだよ」


 朱霞が唇の端を持ち上げて笑う。


「直樹のバカッ!」


 陽葵の方を向くと、陽葵がビンタしてきた。しかし、直樹の頬で止まることはなく、そのまま空を切った。


「なんでそうなっちゃうんだよっ! 直樹はいい奴でっ。人のことを思える奴でっ。柚ちゃんだっているのになんでっ」


 陽葵は怒っていた。顔を真っ赤にし、両眉を吊り上げ、直樹のことを睨みつけている。


「陽葵、それでも俺は」

「ま、ウチはそんな依頼受けないけどねー」

「は?」

「え?」


 直樹と陽葵は、朱霞の方を見る。


「死のうとするのを止めるほど、ウチは人間できてないから、好きにすればって感じだけど、それで悪霊になったら除霊してほしいなんて、虫が良すぎ」


 朱霞は両腕を頭の後ろに組んで、直樹から背を向ける。


「おにーさんが地縛霊になったら、死んだ後も陽葵おねーさんに怒られ続けられるだろうねー。それでもいいなら、死ぬといいよ」

「朱霞ちゃん。もし直樹が死んだら、ビンタできる?」

「霊同士なら可能だよ。ビンタどころか、ボコボコにしたって問題なし。警察も手出しできないし」

「ふふふっ」


 その笑い声は地獄の底から響いてくるようだった。


「聞いた直樹? ボコボコにできるんだって。直樹が死んだら、あたし達ずーっと一緒にいられるね」

「怖い怖いっ! なんでファイティングポーズ取りながら、プロポーズみたいなこと言ってんだよっ!」

「プロポーズなんてやめてよー。死後も一緒にいたいってだけじゃんー」

「ニコニコして言っても怖いんだわっ! 笑えねーよっ!」

「はいはい。いちゃいちゃするのやめてもらっていい?」


 朱霞が冷めた声で割って入る。


「おにーさんの霊に対する扱いが軽い理由がわかったよ。もっと霊について知った方がいい」

「どうやって?」


 朱霞は満面の笑みを浮かべる。


「ウチの仕事、手伝ってみようか。ちゃんとバイト代払うからさ」


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