第12話




「で――お前はどうなんだよ?」


ヴァネッサが、唐突にそう切り出した。


「……何が?」


箸を止めた想太が、目を上げて尋ね返す。


「今度はあんたの番だ。……あたしが知りたいのは、“過去”の話だよ。どうやって飛行士になった?」


想太は一瞬だけ、言葉に詰まった。

ヴァネッサの灰青の瞳が、真正面からこちらを捉えている。

目を逸らす隙もなかった。


「……過去の話か」


「そう。ずっと気になってたんだよ。あんたは知らないことが多すぎる。魔導炉も積んでない飛空艇に乗ってたんだから、…まあしょうがないのかもしれないが」


「…どうせ信じてくれないんだろ?」


「別に疑ってねーよ。ただ、聞けば聞くほど遠い話に思えてな」


「…どこまで話したっけ?」


「確かトーキョーに住んでたとかどうとか。“だいにっぽんていこく”だったか?あんたの国は」


「ああ、そうだ」


「…うーん。ちょっと調べてみたんだが、やっぱりそんな国は存在しない。あんたが着てた軍服。あの“国旗“もそうだ。詳しいやつに調べてもらったが、少なくとも文献には載っていなかった」


「…そうか」


「零式艦上戦闘機、だったか?乗ってたのは」


「ああ」


「…実はな、あの後あの残骸を回収しにいってもらったんだ。少しでも何かわかればと思って」


「回収って、…今どこに!?」


「レヴァン・ノードの工場区画だ。完全に復旧するには時間がかかる。何せ、損傷が激しかったからさ?」


想太は驚いた表情だった。


それもそのはずだ。


いつの間に回収したのか知らないが、見た感じもう手に負えないほどのダメージを受けていたのは明白だった。


翼は折れ、黒煙が立ち込めていた。


ただの“鉄屑”と化していた。


修復しようにも、どこから修復すればいいのかもわからないほど。


「直してくれるのか!?」


「直す…というより」


ジョッキの中で琥珀色の麦酒が揺れた。


ヴァネッサは口を開きかけて、やめた。

その代わり、肘をついて体を少し前に倒し、酒をぐっと煽った。


「あんたがよけりゃ、アレをあたしにくれないか?色々調べてみたいんだ」


「…調べるって?」


「色々だよ。直すにはだいぶ時間がかかるし、完全に元に戻すことはできない。…だが、少なくとも元の構造を“再現”することはできると踏んでる」


完全には元に戻せない。


だが、もう一度あの機体が飛べるようになる。


そのことにまず驚いていた。


想太はその言葉を聞きながら、自分の思うことをそのまま口にした。


「…修理費とかは、いいのか?」


「そんなもんいらねーよ。あたしが勝手にしてることだ。あんたがまだアレに乗りたいって言うんなら、そのつもりで修理もする」


「さすがにそれは…」


「何かまずいことでもあんのか?」


「いや、俺には返すものが何もない。だから…さ」


自分の今置かれている立場を見ればわかる。


タダ飯を食って、寝る場所でさえ用意されてる。


ヴァネッサは命の恩人とも言える存在だった。


自分が今どこにいるのかもわからないが、それでも今自分が“助けられている”ことは明白だった。


これ以上受け取るものがあっても、返すアテもなければ保証もない。


言葉に詰まったのはそのためだった。


ただでさえ、まだまともにお礼をも言えていないのに…と。


「ハハッ。細かいことは気にすんな。アレを調べるだけでも、あたしにとっちゃ価値がある。な、どうだ?引き渡してくれるか?」


「…ああ、俺は別にいいけど」


そこが想太はハッとなった。


壊れた零戦に愛着があったわけではない。


彼にとって零戦はただの“道具”であり、仕事をするための“役割”に過ぎなかったからだ。


ただ、だからこそハッとなった。


あの零戦には爆薬が積んであった。


ただ戦うための戦闘機じゃない。


機体そのものが「爆弾」になり、標的に向かって突っ込むための武器。


墜落した時になぜ爆発していなかったのか不思議に思っていたが、回収時に何の問題もなかったのか、慌てて尋ねた。


「爆弾?…いや、そんなもんは見当たらなかったな。つーか、仮についてたとしても大丈夫だ。もし爆発してたら、今頃艦内は大騒ぎになってるよ」


「…ならいいんだが」


「…“特攻”だったっけ?確か、あんたが行おうとしてた「作戦」は」


「…ああ」


「そんな作戦を講じる帝国は、この世界じゃ“あそこ”くらいだ」


「“あそこ”って…?」


「この大陸の“覇者”さ。カド=エル王政領の首都、——アストリア神聖王国。あそこじゃ、狂った連中が多いと聞く。こういう地方の街に関しちゃわりと自由が効くが、首都付近の地方は規制も激しいし、自由に出入りすることさえできない」


「そこが特攻を…?」


「いや、あくまで可能性の話さ。まともな連中じゃ、そんな作戦思いつくことさえ難しい。飛空艇を「爆弾」代わりにするなんざ、空を冒涜してるのに等しいしな」


「そう…だよな」


「だから気になるんだよ。あんたが住んでいた”国”のこと。今夜は時間があるし、ゆっくり聞きたいんだ」


想太はしばらく無言でグラスを見つめていたが、やがて、ぽつりぽつりと話し始めた。


「……どこから話せばいいかな」


そう前置きした声は、ややかすれていた。


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