誰かの変化を見つけてしまうとき
朝の配給準備が終わったころ、講堂の奥で少しざわついた空気があった。
特別な事件ではない。
誰も言葉にしなかったが、なんとなく感じる変化だった。
湘 健之と佐久間真弓。
ふたりが並ぶ姿。
以前は自然だったその光景が、今はどこか輪郭を持ち始めた。
神谷 翼は、それを遠巻きに見ながら、心のどこかで言葉にならない感情に触れていた。
湘が静かに道具棚を整理している。
その隣で、真弓が包帯をたたんでいる。
二人の間に会話はないが、呼吸のリズムが揃っていた。
神谷は、別の作業台からその様子を見つめていた。
見つめている自分に気づきながら、視線を逸らせなかった。
(……何かが、変わった)
それは嫉妬か、焦りか、あるいはもっと別の感情か。
自分でもわからなかった。
ただ、少し前まであの空気の中にいた余白が、今は消えていた。
以前は、湘の無口さのなかに、少しの不確かさがあった。
でも、今は違った。
彼の動きには芯があった。
真弓がそばにいるという前提で、体が動いている。
(……あたしの立つ場所は、もうここにはないのかも)
神谷は、ゆっくりと立ち上がった。
歩き出す足が思うように進まず、少し躓きかけた。
講堂を出て、外の風に触れた。
風は冷たくて、少し乾いていた。
心のなかに残ったざらつきを、どう処理すればいいかわからなかった。
(あたしは……何を求めてたんだっけ)
湘に対して感じていたものが、恋だったのか、それとも自分を見つけてほしいという願望だったのか。
いまさら確認することもできない。
ただ、彼の中にもう別の重力が生まれたことだけは、はっきりわかった。
その夜、神谷は湘の元へ寄らなかった。
ただ、自分の寝床の中で、誰にも見られないところで小さく息をついた。
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