第六話「猫と庄造と二人のおんな」 (小説のエンジンは猫である)
【はじめに】
「猫と庄造と二人の女」は谷崎潤一郎作品の中では異質な作品だと思います。谷崎潤一郎の作品は、絶世の美女、悪女、恋敵、痴情のもつれ、大恋愛から同性愛、結婚、離婚、濃淡様々な恋愛感情、と非常に多様な男女間の関係性を描く作品が多く、深刻な内容の作品が多いです。登場人物や情報は多くないのですが、人の感情の動きを深く洞察した作品が多いです。そんな谷崎潤一郎作品を想像すると、「猫と庄造と二人の女」すごく肩の力を抜いた、リラックス出来る作品となっています。または、本来の?谷崎潤一郎作品のような救いようのないドロドロの男女関係を期待すると期待はずれになるかもしれません。感覚的には、上品な吉本新喜劇を観てるような感じです。
*以下の文章では、ネタバレを含みます。ご了承のほど、よろしくお願いいたします。
【思ったこと4点】
このようなライトな小説なので、考察(妄想)するのが難しい作品なのですが、あえて幾つか妄想して遊んでみたい(頭の体操をしてみたい)と思います。
●思ったこと その1
物語の中心は、猫のリリーである
主人公は、庄造のようですが、やはり影の主人公は、猫のリリーだと思います。というか、はっきりした主人公はいないのですが、少なくとも猫のリリーが物語を前に進めるキーの登場人物となっています。
また、猫のリリーの描写を見ると、若い頃は「魔性の女」のような艶っぽさがありますし(屋根の上でミャーと鳴いて庄造に帰宅を知らせるが、庄造の手を何回かすり抜けて容易に戻らない、焦らす仕草等)、年老いてくると長年寄り添った連れ合いというか良い意味での古女房のような描かれ方をしています(庄造がこっそり品子の部屋に見に行くと座布団の上で寝ていて庄造に気づいても目で見て「あ、来てくれたのね」くらいのアイコンタクトで終わるシーン)。
●思ったこと その2
品子は先の将来には庄造と福子が別れるという見通しを立てた上で、リリーを引き取るという妙案を思いついたという記述がありますが、品子の思惑のように事態は推移するのでしょうか?
リリー目当てに庄造と会えるかも知れない、ということも考えないこともないが、本当の目的は、将来庄造と復縁するための地ならしのために、リリーと仲良くなっておきたい、という一節が作品には品子の考えとして出てきます。何だかこんなこと考えるなんて、品子さんはやはり賢い、と感心してしまいます。
この品子の計画は、福子やおりんが想像する以上に長期的な作戦ですし、品子も用意周到だと思います。しかし、おりんも福子もましてや庄造もそんな品子の遠大な構想には気づいていません。単純に庄造を引き寄せる手段(餌のようなもの?)としてのリリー引き取り、だと思っています。しかし、、作品中にも、品子の部屋の整理整頓された状態を見ると、品子のほうが良妻賢母となる資質があると、読者は十分にわかります。読者からすると、品子の方がよき妻になると想像できます。
しかし、世の中うまくいかないもので、庄造からすると、品子のその良妻賢母ぶりが彼にとっては重荷(コンプレックス)、嫌味に映るらしいのです。作品には、そのような庄造の心情の吐露も描かれています。このように、すぐには庄造の気持ちも品子には戻らないと思われます。
しかし、品子はリリーと苦労の末に心を通わせることに成功しました。ちょっと感動的なシーンです。品子はこの事例から、庄造とうまくよりを戻す術を学習したのでしょうか?
作品の中ではよくわかりません。しかし、一つだけわかることがあります。品子は、庄造と住んでいた時は、リリーと心を通わせていませんでした。しかし、妹と初子夫婦の家に居候して苦労し、さらに今回はリリーと親友?戦友?のような固い絆で結ばれたことが、はっきりと書かれています。このことは、庄造と再開したリリーが庄造にあまり心を動かされなかったことでもわかります。もはやリリーにとっては、庄造ではなくて、品子のほうが優位になっているのです。
このことは何を意味するのでしょうか?
品子は、リリーと固い絆で結ばれた、ということをもって、福子との競争という面だけで考えれば、福子よりも優位な立ち位置になった、と言えるのではないでしょうか。
そうなると、万が一のことですが、品子の計画が成就する可能性が出てきた、ということです。
以下3でこの物語の続きを妄想します。
●思ったこと その3
この物語の続きはどうなるのでしょうか?
この物語の最後では、福子が庄造の母のおりんと喧嘩して家を出るようないざこざが起きています。庄造は、その喧嘩から逃れるように、彼らに見つからないようにその場を逃げて、リリーに会いに初子夫婦の家(品子やリリーの居候先)にいきます。そして品子が留守だと確認した上でリリーと再開します。前述したようにリリーは庄造にはなつきません。そして品子が帰宅してきたので、また逃げ出して、唐突に物語は終わるのです。
この後の続きを考えるにあたり、
1) この直前における、庄造家での庄造の母おりんと福子との喧嘩→福子との関係性の破綻の一端が見えてきた(福子が実家に帰るかも知れない)
2) 前述したような品子とリリーの関係性の確立→品子の福子に対する優位
3) 庄造が自分を憐れんでいること→庄造のラストでのセリフ「今では自分が宿無しになってしもうた」という嘆き
これらを考えると、
1) 福子が自ら離縁を申し出て庄造と別れる
2) 品子が彼女の計画通り、庄造のもとにリリーと戻って来る
3) 庄造が心を入れ替えて、神戸の洋食屋に戻るなりして、働き出す
おりんが品子をおいだし、福子を家に入れたのは、作品中に描かれているように、福子の実家の資産目当てです。しかし上記1が成就すると福子の資産はなくなります。そうなると、庄造家は、大変家計が苦しくなってしまうため、上記3の庄造が「のらくら」を脱して、真面目に働き出すことが大変重要になってきます。おりんの心配も軽減されます。
当たり前の話ですが、一家の大黒柱として、庄造がしっかり家計を支えることが大切なのです。これがうまく行けば、福子には可哀想ですが、おりん、庄造、品子、リリー、の穏やかな生活が再開できるのではないでしょうか。
●思ったこと その4
その3で妄想したことがうまくいくにあたり、リスクはないのでしょうか?
あります。それは、リリーの老衰死です。
リリーは、すでに老猫です。年老いた状態であることが再三でてきます。リリーは、いつ亡くなってもおかしくない状態です。リリーが亡くなる前に、品子が復縁出来て、庄造が働き出して、と事態が良い方向に動けばよいのですが、すべてがうまくいく前にリリーが亡くなってしまった時は、事態はまた見えなくなります。しかし、その時には、庄造が心を入れ替えて、しっかり働いていることを期待したいと思います。または、リリーの死をきっかけに庄造と品子の絆が深まることを期待して、この感想文?妄想を終わりにしたいと思います。
やっぱりこの小説のエンジンは、猫のリリーなんだなあと思いました。生きていても、亡くなったあとも、庄造と二人のおんなの人生に深い影響を与えるなんて、すごい存在ですよね。だから、小説の題名も、「猫と庄造と二人のおんな」というように、猫が先頭なのでしょうか。
以上です。
お読み頂き、ありがとうございました。
fin.
エッセー 「谷崎潤一郎」文学で考えました よひら @Kaku46Taro
フォローしてこの作品の続きを読もう
ユーザー登録すれば作品や作者をフォローして、更新や新作情報を受け取れます。エッセー 「谷崎潤一郎」文学で考えましたの最新話を見逃さないよう今すぐカクヨムにユーザー登録しましょう。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。