第1話「ドレミってなに?」

 風の音がした。けれど、それはただの風じゃなかった。

 笛のように高く、ホルンのようにやさしく、時には弦をはじくような澄んだ響きもまじっていた。


 ここは「音の国」。どこからか聞こえる旋律に導かれるまま、わたしは音の小道を歩いていた。


 空は淡い水色で、ゆっくり流れる雲はまるで五線譜。草むらに咲いた花はみんな、鍵盤のような形をしていて、ふれると「ポン」「ピン」と音を奏でた。


「やっと来たね!」


 急に目の前で声がして、わたしはびっくりして立ち止まった。


 そこにいたのは、小さな生きものたち。みんな、指先ほどの背丈で、頭には音符のような帽子をかぶっている。それぞれの服は虹のように色とりどりで、何よりも印象的だったのは、体全体がすこしずつ響いていたこと。


「ぼくはド! ドっていう音さ!」


 赤い服の子が、元気よく胸をたたいて言った。


「わたしはレ。ドの次に鳴る音よ」


 少し背の高い、水色の子がつづく。


「ミです」「ファと申します」「ソだぞ」「ラ〜」「最後はシでございます」


 みんなが声をそろえると、それだけで一つのメロディが生まれたようだった。


「わたしたちは、ドレミファソラシ。七つの音からできてる兄弟姉妹なんだ」と、ミが説明してくれた。


「なんで七つなの?」


 思わず聞くと、ソが胸をはって言った。


「ちゃんと理由があるのさ。聞いてごらん!」


 ソが両手をふると、まるで透明な階段のようなものが空に浮かびあがった。ドから始まって、レ、ミ……と、ひとつずつ高くなる段が続いている。すべての段に、それぞれの音の子たちが立った。


「ひとつずつ登ってみて」と、レがにっこり笑う。


 わたしは不安定な光の階段に足をかけた。すると――


 最初の段を踏むと、あたたかくて安心する音が鳴った。これは……ドの音だ。

 次の段では、少し前へ進む気持ちになる音――レ。

 そのまた次は、胸の奥がすこし高鳴るような……ミ。

 さらに上がると、ほんのすこし不安になるようなファ。

 続くソは、まるで空がひらけたような感じ。

 ラはどこか切なくて、

 シでは、何かにたどり着きそうな高揚感があった。

 そしてもう一度「ド」に戻ってきたとき、最初のドよりもずっと高く、でもどこかで同じ音のようにも聞こえた。


「ふしぎ……」


 「それが“オクターブ”なんだ」と、シがそっと言った。


「同じ“ド”でも、高さが違うと印象が変わる。音階っていうのはね、高さの順番を感じるための、心のはしごみたいなものなんだよ」


 わたしは思い返す。家のピアノの音も、同じ鍵盤の形をしていても、左から右へいくほど高い音になる。

 でも、ただ高くなるだけじゃない。ひとつひとつの音には、それぞれの表情があるんだ。


「わたしたちは順番に並ぶと、メロディになれるんだよ」と、ファが言った。


「逆に下がれば、少しさびしくなるし、飛び跳ねるように組み合わせれば、楽しくもなる。音には気持ちがあるのさ」


 七人がいっせいに声を合わせて、短いフレーズを奏でた。


 ♪ド・ミ・ソ! ド・レ・ミ・ファ・ソ・ラ・シ・ド!


 わたしはそれを聴きながら、胸の奥がじんわりと温かくなるのを感じた。たった七つの音なのに、こんなに表情が変わるなんて。


「あなたも、その気持ちを音にできるようになるよ」


 ラがやさしく言った。


「でもそのためには、耳で聴くだけじゃなく、心で聴くこと」


「心で?」


 「うん」とラは笑った。


「音はただ鳴っているだけじゃない。誰かの思いや風景や夢が、そこにのってる。それをちゃんと感じられる人が、音楽と本当に仲よくなれるんだよ」


 風がふいた。音の小道の奥から、また新しいメロディが聞こえてきた。わたしはふと、もっといろんな音に出会いたくなった。


 きっと、ドレミたちだけじゃない。この国には、まだ知らない音が、たくさんある。


「行こうか」


 そう言って、ミが手を差し出した。


 わたしはその手を取った。


 こうして、わたしの音の旅は、次の一歩をふみ出した。

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