第2話「リズムの森でかくれんぼ」

 森に入ると、まず聞こえてきたのは――足音だった。


 トン、トン、トン、トン。

 ときどき、タタッと跳ねるような音もする。

 でも、それはわたしの足音じゃなかった。誰かが、地面の下から太鼓のように歩いているのだ。


 木々の間を歩いていくと、空気がふしぎとリズムを持って揺れていた。風はザアザアと規則的に葉をゆらし、小鳥の羽ばたきがテンポよく空を切る。

 草が揺れ、実が落ち、何かが跳ねる――。そのすべてが音になり、まるで誰かが森じゅうで演奏をしているみたいだった。


「いらっしゃい!」


 背の高い木の陰から、まあるい帽子をかぶったふしぎな子が飛び出してきた。帽子の先には、メトロノームの針のようなものがついていて、左右にコツコツと動いている。


「ぼくはティータ! リズムの森の案内人!」


 ティータはくるくるまわるように踊りながら、リズムのビートを刻んでいた。右足でトン、左足でトン。きっちり等間隔に音が生まれる。


「リズムって、音の時間割みたいなものさ。どんな音楽も、リズムがなきゃ、ばらばらになっちゃうんだよ!」


 すると森の奥から、子どもたちの声が聞こえた。


「ティータ〜、はじまるよ〜!」


「かくれんぼしよう!」


「いっしょにやろうよ!」


 木のあいだから、三人の子が飛び出してきた。それぞれ、名前の書かれた名札をぶらさげている。


 一人は、テンポよく二拍で歩く「ニコニコちゃん」。

 もう一人は、三歩のリズムでステップを踏む「サンサンくん」。

 最後は、ゆったり四歩で進む「ヨンヨンさん」。


「きみも入って!」とティータが言う。


「この森ではね、“拍子”っていうリズムのグループを使って遊ぶんだ。2拍子、3拍子、4拍子……さあ、どれで遊ぶ?」


 「ええと……」と戸惑っていると、ニコニコちゃんが手をひっぱった。


「まずはわたしたちといっしょにやってみて!」


 その瞬間、地面がトントン、トントンとリズムを刻み始めた。


 ニコニコちゃんといっしょに「1・2、1・2」と足をそろえて歩くと、不思議なほどスムーズに体が動いた。ぴったり合うと、木々の葉っぱがリズムに合わせてパチパチと拍手してくれる。


「これが2拍子。行進やマーチにぴったりのリズム!」


 次に、サンサンくんが飛び跳ねながらやってきた。


「ぼくは3拍子! 1・2・3、1・2・3♪」


 まるでワルツのように、少しスイングしながら歩く。すると木々の間を渡る風がくるくるまわり、花びらがふわっと舞った。思わずわたしも一緒に回りたくなる。


 「3拍子はね、踊るようにやさしくて、気持ちがふわっと軽くなるんだよ!」


 さいごに、ヨンヨンさんがゆっくりと、でも確かな歩調で近づいてきた。


「4拍子は、“まとまり”のリズム。1・2・3・4、1・2・3・4……」


 どっしりとした感じ。でもそのなかに、安心感があった。

 風が揺れる、鳥が鳴く、葉がふるえる――それぞれの音が、きちんと枠におさまる感じがした。


「音楽の多くが4拍子なのはね、このリズムが一番“落ちつく”からなんだ」


 わたしは、森の音すべてが「拍子」でつながっていることに気がついた。


 風が3拍子で吹いているところもあれば、小鳥は2拍子で羽ばたいている。葉の落ちる音は4拍子の中にすとんとおさまり、遠くの川の音はまるで自由にリズムを泳いでいるみたいだった。


「リズムがわかれば、音楽のなかで“どこにいるか”がわかるんだよ」とティータが言った。


「まるで音楽の地図だね」と、わたしはつぶやいた。


 そのとき、遠くから「もういいか〜い?」という声がした。


 ニコニコちゃん、サンサンくん、ヨンヨンさんが、いっせいに「もういいよ〜!」と叫んで、音の森のかくれんぼが始まった。


 わたしも音のリズムに耳をすませながら、森のなかをそっと歩き出した。


 トン、トン、トン。

 テン、トン、テン。

 タタタタ……


 それぞれの音が、リズムの中に生きていた。まるでこの森そのものが、ひとつの大きな楽器のように。


 音楽の世界って、なんて広いんだろう。

 わたしは、胸の奥がポンポンとリズムを打っているのを感じながら、音の旅を続けていくのだった。


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