第3話 出向通知
「お前さっき、一ノ瀬次長を性的暴行しようとしたそうだな!? 社内は大騒ぎになってるぞ!」
営業部のフロアに移動した直後、久我に杉村は怒鳴られた。
身に覚えのない話だった。杉村は顔をしかめ、ぎゅっと拳を握りしめる。
なにか濡れ衣を着せてくるとは思っていたが、ここまでやるとは思わなかった。
「誤解です! 俺は何もしていません!」
「事実かどうかは問題じゃない。向こうは専務取締役の愛人で、経営戦略室のナンバー2。実績もある若手の最優良株だ。一方のお前は、窓際部署の名ばかり主任。どっちの言い分を通るかなんて考えるまでもないだろ!」
そもそも、自分は士官学校を卒業して、軍でパイロットとしてキャリアを積むはずだった。
しかし、軍属2年目の頃、当時交際していた愛花に「危険だから辞めて欲しい」と、涙ながらに泣きつかれた。
その言葉にほだされて、彼女に、宮園重工のテストパイロットの仕事を紹介された。そして、あれよあれよという間に話がまとまり、あっさりと転職が決まってしまった。
テストパイロットは会社でも花形の職種で、周囲からはチヤホヤされた。また当時は給与も待遇も、軍にいた時より格段によかった。
仕事内容もそれなりに楽しかった。だが、軍の最前線で機体を駆って人々を救いたいという夢をずっと抱いていた、胸中は複雑でずっとモヤモヤしていた。
だが、それでも愛花を優先した。
これが幸せなんだと、自分に必死に言い聞かせていた。
「聞いているのか!? 杉村!」
「はい、聞いています」
怒鳴り続ける久我の声を聞き流しながら、杉村は過去をさらに振り返った。
そんな悶々と日々を過ごしていた中で、あの事故が起きたのは、自分が宮園重工に入社して3年目くらいだっただろうか。
試作機に搭乗し、実験を行っていた最中、突発的な制御不能事故が発生し機体が上空から転落した。
そして、意識不明のまま数週間、生死の境をさまよった。
結果、命こそ助かったものの、巨大ロボットのパイロットという仕事は、二度とできない身体になってしまった。
その結果、今の部署の営業職に回された。
ちょうどこの頃から、愛花の自分への態度が露骨に冷たく傲慢なものになった。
花形職のテストパイロットではない、飛ばされて日陰の仕事をしている男など、バリバリの仕事ができる自分にとっては釣り合わない邪魔な存在だったのだろう。
現にテストパイロットをしていたとき、周囲には付き合っていることを自分から得意げに言いふらしていたのに、今の部署に移ってからは、関係を徹底的に隠すようになった。
そして、態度が急変したころから愛花は専務の愛人だという噂が広まりはじめた。その噂が原因で別れるのに時間はかからなかった。
もっとも今にして思えば、まだテストパイロットだった頃から、他に不特定多数の男がいるような形跡はいくつもあった。専務もそのうちの一人に過ぎなかったのかもしれない。
今回のことは、そんな彼女にとって渡りに船だったに違いない。
(で、あいつの脳内では、俺のせいで人生計画が台無しになったことになってるんだろうな。それで逆恨みして、オフィスでレイプされかけたなんて濡れ衣を着せてくるっと)
呆れと怒りが入り混じり、なんとも言えない気持ちになる。
そんな事を思っていると、しばらく怒鳴り続けていた久我が大きく息を吐き、声のトーンを落とした。
「まあ、お前はさ。なんの実績も残せてない営業マンだ。でも、いつも誰よりも真面目に働いていたし、悪い奴じゃなかった。……本当は濡れ衣だってのも、皆、薄々は分かってる」
久我は目を伏せながら、わずかに口を歪めた。
「でも、専務が直々に懲戒解雇しろって言ってきててな。それは、なんとかそれは回避するつもりで、動いてはいるが……もうこの部署、いや、この会社にお前の居場所はない」
重い声で久我はそう告げた。
杉村は、静かな声で聞き返す。
「出向……ですか?」
「……ああ。出向先にはLoose Dust (ルースダスト)を提案するつもりだ。そうでなければ専務も次長も納得しないだろうからな」
「噂に名高い、あの“ルーザーダスト”に、ですか。俺もついに負け犬のゴミ箱行きってわけですね……いや、むしろ遅すぎたくらいか」
Loose Dust(ルースダスト)社は、宮園重工とは資本関係はない。だが、業務の全てを宮園重工から受注しており、実質的には、宮園重工の子会社も同然だった。
表向きは産業廃棄物のリサイクル会社だが、実態は宮園重工が、不要人材や不良資産をまとめて送り込む掃き溜めのような場所だ。
同社の社員は十数名ほど。その九割が宮園重工からの在籍出向者で、一度出向すれば、戻って来た者はいない墓場のような場所でもある。
在籍出向者の給料は、宮園重工から支給されるが、その額は宮園重工本社勤務時に比べ大幅に減額され、福利厚生も最低限に削られる。しかもその給与と待遇はどんどん悪くなり、いずれは転籍出向、つまり完全に宮園重工から切り離されるよう仕向けられるのが慣例になっているという。
なお、社名の由来はLoose(自由)とDust(塵)を組み合わせたもので、産業廃棄物の再利用を手がける会社としては、そこまで悪い意味のものではない。
だが、宮園重工の社内では、その名をもじって「ルーザーダスト」、すなわち「ゴミ」と「負け犬」が集められる場所だと、認識されていた。
「不満か? なんとか個人的に他の仕事を見つけてやることも考えたが、時間がかかり過ぎる。それで良ければ、もっとマシな仕事を用意できるかもしれんが……」
久我は苦い表情を浮かべながら、ため息を吐く。
杉村は首を振り、明るい調子で答えた。
「大丈夫ですよ。愛花に仕事で文句を言った時点で、絶対に懲戒解雇されると思ってたんで、だいぶマシです。で、“ルーザーダスト”って周辺の町から車で1時間くらいかかる山の中なんですよね? しかも、その一番近い町も相当さびれた漁師町だって聞いてますけど、マジですか?」
「俺も軽く話を聞いた程度だが、そうらしいな」
「イヤッホー! 最高のアウトドア環境じゃないですか。釣りとか山遊びとか、やり放題ですね! ……まあ、冬になったら遭難しそうですけど、何とかなるかなあ!」
力になれなかったので、得意先には強い申し訳なさがあった。
だが、あの人達は色んな意味で本当に強いので、大丈夫だという気持ちもあった。
だから、この状況を少しでも楽しもうと、杉村は少し無理をして心を奮い立たせる。
「全くこっちはお前のためにこれから駆けずりまわらなきゃいけないのに……せいぜい体に気をつけろよ」
久我は、呆れたように顔をしかめたが、最後には小さく笑った。
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