第2話 黒鋼の兜
「この前、ツーリングの時に一緒に話した件、こんな感じで結局ダメになってしまいました。本当にすいません。返す言葉もありません」
杉村はスマホで得意先と話しながら、深々と頭を下げる。
当然、相手には見えない。だが、それでもそうせずにはいられないほどの申し訳なさがあった。
電話の相手は研究所の一研究員だが、過去の功績がとてつもない人物だった。
かつて、初代スーパーロボットのパイロットをつとめ、様々な脅威から人類を守り抜いた、この人物の名を知らぬ者はいない。
その影響力は、スーパーロボットを管理、運営する機関はもちろん、社会全体にも及んでいた。
この人物には、営業として駆け出しの頃から大変お世話になっている。
相手は電話越しに、慰めの言葉をかけてきた。
杉村はその気遣いに感謝しつつも、自身の危惧を伝える。
「大変なのはここからです。うちの経営戦略室は、内製化を進める方針を固めてしまいました。問題なのは、ほとんどのスーパーロボット運営機関が特許を取得していなかったり、出願はしているが技術の肝心な部分を非公開にしている場合がほとんどだということです」
スーパーロボット技術には、発見者本人ですら原理を完全には説明できない技術や、運用が極めて危険なエネルギー源も存在する。
そのため、各機関は意図的に特許の出願を避けたり、形式的に出願したとしても、実際の運用に不可欠な工程や素材の情報は伏せていることがほとんどだった。
商用化を希望して、完全な状態で出願された技術もあるが、それでも実用性や再現性に難があったため、出願された特許は記載が粗く、隙が多いものばかりだった。
「勿論、特許を取っていないからと言って、自由に使えるわけじゃありません」
杉村は一息つき、続ける
「その技術が軍事機密や国家規制の対象になっていれば、無断で使用した時点で重罪です。許可もなく開発した企業は、処罰の対象になります。……ですが抜け道はあります。設計図をわずかに変えたり、エネルギー効率を少し変えたりすれば、これは別物だと言って押し通すこともできます」
本来なら、スーパーロボットのコア部品を模倣することは不可能に近い。だが、表に出ている情報をつなぎ合わせれば、粗悪な模造品は作れてしまう。
電話先の人物は、事の危うさを理解し息を吐いた。
「ええ。僕と先生が話した計画でも実際にスーパーロボットが使用しているものより、開発工程が簡単でコストもかからない廉価な部品を作るつもりでしたから。でも、それは適切な知識と技術を持ったスーパーロボット運用機関が製作に携わる事が前提でした。
このままでは、権利を侵害されたと、怒りをあらわにする機関や技術者たちが沢山出てくると思います」
電話の向こうの人物は、神妙な声で杉村に言葉を投げかけた。
「はい。先生がおっしゃる通り、問題はそこではありません。安全性の担保です。暴走や誤作動が起きれば、ただじゃすまない……。手に負えない破壊兵器になります」
電話口の人物は、その対策方法を聞いてきた。杉村は自身の特許に関する知識をふり絞り返答する。
「完璧な状態で特許を取っているなら、再出願をすれば、権利を強化できます。でも、色んな事情で、未出願や肝心な部分を伏せている技術は、世論を盛り上げて、使わせない風潮にするくらいしか打つ手がありません。少なくとも私の知識ではそうとしか言えません……本当に申し訳ありません」
電話の向こうの人物は、沈黙を保ったまま、しばし考え込んでいる様子だった。杉村は、それが余計にこたえ、目頭に熱いものが込み上げてくるのをこらえきれなかった。
愛花は自分が部屋を出た直後に、愛人関係にある専務へ連絡し、ある事、無い事吹き込んでいるだろう。
あの女は、ただ気に喰わないというだけで、この手で何人も左遷や懲戒解雇に追い込んでいる。
今回は特にこっぴどく怒らせたので、数日中に自分は懲戒解雇になるだろう。
それ自体は、もう覚悟はできている。
しかし、世話になった得意先に迷惑をかけることには、強い罪悪感を感じていた。
「あと、これは本当に心苦しいのですが、恐らく僕は今日中に、もうスーパーロボットのお仕事には、会社の事情で携われなくなります。今まで本当にありがとうございました。最後まで力になれなくて……申し訳ありません」
電話口から、心配する声が飛んできた。
だが、杉村にはそれに返す言葉が見つからなかった。
ただ、胸の奥に広がる焦燥感と、情けなさを押し込めながら、そっと通話を切る。
「おい、杉村! おまえなにをやったんだ!? ちょっとこっちへ来い!」
直後に背後から怒鳴り声が飛ぶ。
直属の上司である営業部長の久我が顔を真っ赤にしてこちらにやって来ている。
やるべきことを全てやりきり未練を断ち切った杉村は、スマホをポケットにしまい久我のもとへと歩き出した。
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