第4話 社長の判断

「ああ。この社員の処遇を最終決定したのは私だ。なにか不服かね?」


 宮園重工代表取締役社長、高瀬仁志は目を細めながら、抗議に来た専務の蛙田へ静かに言葉を紡いだ。


「この社員は、あろうことか嫌がる一ノ瀬次長を、会社内で押し倒していかがわしいことをしようとしたのです! 懲戒解雇が妥当です!」


 高瀬は、机に肘をついたままため息を吐く。

 蛙田はかつての自分の上司で、出世欲だけは人一倍強いが、あまりにも思考が浅く、短絡的な判断ばかりを繰り返していた。

 そのせいで、尻ぬぐいばかりさせられた記憶しかない。

 案の定、今回も状況分析をせずに、感情だけで突っかかってきている。

 だが、こういう欲深い馬鹿は使いやすいので、あえて専務に沿えている。

 それを自覚させる言葉を高瀬は投げかける。


「君は、いつまで私の上司のつもりなんだ。立場をわきまえたまえ」


 今の高瀬は、ワンマン社長として、社内で絶大な権力を振るっている。

 向けられた冷たい視線を見て、それを痛感した蛙田は、油汗を流しながら顔を引きつらせた。


「で、ですが……」


「そもそも、今回の件は一ノ瀬次長の証言だけが根拠だろう。そんなもので懲戒解雇にしてみたまえ。すぐに不当解雇で訴訟を起こされるのがオチだ。それでも君は責任を取れるのか?」


「……申し訳ございません。出すぎたことをしてしまいました」


「下がりたまえ」


 蛙田は、小さく頭を下げると、何も言えずに部屋を後にした。

 高瀬は無言のまま、パソコン画面に映る問題の社員が残した、過去の業績グラフに目を通す。


「いつ見ても、素晴らしい数字だな」


 思わず独り言が漏れた。

 この杉村という社員には、直接の面識はなく資料でしか知らない。

 しかし、大変優秀な人材のようだ。

 なので、こんな下らない事で潰させるわけにはいかない。

 自分がその気になれば、今のポジションに据え置くこともできたが、それでは面白くない。

 だからルースダストに出向させた。

 あの場所なら、なにか面白いことが起きるかもしれない。

 特にあの人物に接触させれば、いい刺激になるだろう。

 高瀬は、わずかに口元を緩めると、別の報告資料へと目を移した。



「はぁ!? なんでクビになってないんですか!?」


 三ツ星レストランで、蛙田から杉村の処遇を聞かされた愛花は顔をしかめる。


「高瀬が言ってんだ。仕方ないだろう」


「……あの人って、口ばっかりで、結局いつも逃げ道ばかり確保してるんですね」


 愛花は、必死に笑みを取り繕いながら蛙田の手にそっと自分の手を重ねた。

 本音では、こんな脂ぎったおやじなど、見ているだけで虫唾が走る。

 だが、金とポストのためなら、我慢するしかない。


「安心しろ。高瀬のことを影で疎ましく思っている奴は多いからな。ワシはそれを水面下でまとめあげて、今度の取締役会で追い落とすつもりだ」


「すごいです、専務! きっと皆さん、専務のことを頼もしく思ってますよ!」


「ガハハハ! そうなったらお前の出世はもっと早くなるから、楽しみにしておけ!」


 2年以内に愛花が最年少で取締役になることは、会社の既定路線になっている。

 それがさらに前倒しになる可能性も出てきたことに、愛花は少しだけ上機嫌になる。


「それにその社員、どうせ処遇保留っても形だけの話に決まってるぞ。なにせ送り先はルーザーダストだからな」


「フフ……負け犬のゴミ箱。まさにあいつに相応しい場所ですね」


 愛花は、グラスに手を伸ばしながら話題を切り替えた。


「ところで専務、私がプロジェクトリーダーとして進めている新規格リアルロボットの件なんですけど?」


「ん、なんだ? 予算の話か?」


「はい。予算が少なすぎるんで、もっと増やして欲しいんです」


 蛙田は、汚く笑いながら即答する。


「ハハハ! ワシは今、高瀬を引きずり下ろす仲間を集めるのに忙しいんだ。実務はすべて君に任せる。これまで通り好きにやれ!」


「ありがとうございます。では予算編成を少し見直させてもらいますね」


 返事を聞き、愛花は口元だけ小さく笑った。

 ルーザーダストに左遷された杉村の給料は、今よりさらに減らされるのは目に見えている。

 その減額分を、さらに削れるような予算編成を行えば、杉村の生活は凄まじく困窮するだろう。

 杉村をじわじわと苦しめながら、自分のプロジェクトにも余剰金を回す。

 一挙両得の妙案に、愛花は心の中で快哉を叫んだ。

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