第4話 社長の判断
「ああ。この社員の処遇を最終決定したのは私だ。なにか不服かね?」
宮園重工代表取締役社長、高瀬仁志は目を細めながら、抗議に来た専務の蛙田へ静かに言葉を紡いだ。
「この社員は、あろうことか嫌がる一ノ瀬次長を、会社内で押し倒していかがわしいことをしようとしたのです! 懲戒解雇が妥当です!」
高瀬は、机に肘をついたままため息を吐く。
蛙田はかつての自分の上司で、出世欲だけは人一倍強いが、あまりにも思考が浅く、短絡的な判断ばかりを繰り返していた。
そのせいで、尻ぬぐいばかりさせられた記憶しかない。
案の定、今回も状況分析をせずに、感情だけで突っかかってきている。
だが、こういう欲深い馬鹿は使いやすいので、あえて専務に沿えている。
それを自覚させる言葉を高瀬は投げかける。
「君は、いつまで私の上司のつもりなんだ。立場をわきまえたまえ」
今の高瀬は、ワンマン社長として、社内で絶大な権力を振るっている。
向けられた冷たい視線を見て、それを痛感した蛙田は、油汗を流しながら顔を引きつらせた。
「で、ですが……」
「そもそも、今回の件は一ノ瀬次長の証言だけが根拠だろう。そんなもので懲戒解雇にしてみたまえ。すぐに不当解雇で訴訟を起こされるのがオチだ。それでも君は責任を取れるのか?」
「……申し訳ございません。出すぎたことをしてしまいました」
「下がりたまえ」
蛙田は、小さく頭を下げると、何も言えずに部屋を後にした。
高瀬は無言のまま、パソコン画面に映る問題の社員が残した、過去の業績グラフに目を通す。
「いつ見ても、素晴らしい数字だな」
思わず独り言が漏れた。
この杉村という社員には、直接の面識はなく資料でしか知らない。
しかし、大変優秀な人材のようだ。
なので、こんな下らない事で潰させるわけにはいかない。
自分がその気になれば、今のポジションに据え置くこともできたが、それでは面白くない。
だからルースダストに出向させた。
あの場所なら、なにか面白いことが起きるかもしれない。
特にあの人物に接触させれば、いい刺激になるだろう。
高瀬は、わずかに口元を緩めると、別の報告資料へと目を移した。
◇
「はぁ!? なんでクビになってないんですか!?」
三ツ星レストランで、蛙田から杉村の処遇を聞かされた愛花は顔をしかめる。
「高瀬が言ってんだ。仕方ないだろう」
「……あの人って、口ばっかりで、結局いつも逃げ道ばかり確保してるんですね」
愛花は、必死に笑みを取り繕いながら蛙田の手にそっと自分の手を重ねた。
本音では、こんな脂ぎったおやじなど、見ているだけで虫唾が走る。
だが、金とポストのためなら、我慢するしかない。
「安心しろ。高瀬のことを影で疎ましく思っている奴は多いからな。ワシはそれを水面下でまとめあげて、今度の取締役会で追い落とすつもりだ」
「すごいです、専務! きっと皆さん、専務のことを頼もしく思ってますよ!」
「ガハハハ! そうなったらお前の出世はもっと早くなるから、楽しみにしておけ!」
2年以内に愛花が最年少で取締役になることは、会社の既定路線になっている。
それがさらに前倒しになる可能性も出てきたことに、愛花は少しだけ上機嫌になる。
「それにその社員、どうせ処遇保留っても形だけの話に決まってるぞ。なにせ送り先はルーザーダストだからな」
「フフ……負け犬のゴミ箱。まさにあいつに相応しい場所ですね」
愛花は、グラスに手を伸ばしながら話題を切り替えた。
「ところで専務、私がプロジェクトリーダーとして進めている新規格リアルロボットの件なんですけど?」
「ん、なんだ? 予算の話か?」
「はい。予算が少なすぎるんで、もっと増やして欲しいんです」
蛙田は、汚く笑いながら即答する。
「ハハハ! ワシは今、高瀬を引きずり下ろす仲間を集めるのに忙しいんだ。実務はすべて君に任せる。これまで通り好きにやれ!」
「ありがとうございます。では予算編成を少し見直させてもらいますね」
返事を聞き、愛花は口元だけ小さく笑った。
ルーザーダストに左遷された杉村の給料は、今よりさらに減らされるのは目に見えている。
その減額分を、さらに削れるような予算編成を行えば、杉村の生活は凄まじく困窮するだろう。
杉村をじわじわと苦しめながら、自分のプロジェクトにも余剰金を回す。
一挙両得の妙案に、愛花は心の中で快哉を叫んだ。
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