異世界忍者 ハヤト

大沢ピヨ氏

異世界忍者 ハヤト

隼人はやとは焦っていた】


 仲間たちが際限なく成長していくのを見て、己の居場所を失ってしまうのではないかと。



【隼人は異世界からこの世界へとやってきた】


 姉と二人で電車に乗っていたところ、何の前触れもなく突然この世界へと飛ばされてきたのは10ヶ月ほど前。


 薄暗い洞窟の奥深く、電車ごと異世界に飛ばされた姉弟きょうだいは、周囲でうごめく骨の魔物に恐怖し、車内で震え、うずくまることしかできなかった。



【隼人は恥じた】


 あの時、別の転移者が助けに来てくれるまで何もできなかった自分を。



◇◇◇◇◇



「それでその忍術?ですか。私はそのような技術に心当たりはありませんよ?」


「別に本物の忍術じゃなくてもいいんだ。何か特別な現象さえ起こせれば」



 隼人と話している巨大な鳥の名はハットー。

 翼開長5メートルの巨鳥であるにも拘(かかわ》らず、己のことを『鳩』だと言い張る風変わりな神鳥だ。


 彼は金色の羽をまとう特別な存在ゆえ、何もない場所に火柱を発生させたり、人の言葉を話すこともできた。



「特別な現象と言われましても、私はありきたりなことしか出来ませんよ?」


「こないだ火遁かとん……えっと、火柱を起こしてたよね」


 この世界には魔法が存在しているが、それを使うにはいろいろな条件を整える必要があり、ハットーのように己の身一つで火柱を起こすことは大変に稀有けうなことだった。



「あれはを一箇所に集めているだけで……」


「それが凄いんじゃないか! 僕なんて魔法の道具を使わないと同じことができないんだよ?」


「道具を使って再現できるなら、特に問題ないのでは?」


「いやそれは違うよ! ──んーっと、例えば、敵に捕まって身包みを剥がされた時には無力になるじゃない」


「ふむ……。確かにその状況でなら私の火柱は有効かもしれませんね」


「でしょ? なにか火柱以外に、忍術っぽい技を教えてくれないかな?」




 隼人は元から忍者だけに憧れているわけではなかった。


 例えば『漆黒の二刀流剣士』辺りにも憧れてはいたが、いざ魔物や魔獣と対峙した時のことを思い浮かべると、刃物でそれらに立ち向かうのは不可能だと感じた。


 わめき声をあげ、ヨダレや血液を撒き散らす生物を刃物で斬りつけるなんて、頭のネジが外れているか、動物に対して並々ならぬ恨みでも持っていない限り、現代日本人にはハードルが高すぎる。


 そういった理由から『二刀流剣士』を目指すのは辞めた。



 ならば遠距離攻撃の花形『魔法使い』を目指そうかとも考えたのだが、隼人と一緒に異世界へ飛ばされた実姉じっしが魔法使いを目指してしまったため、最後の選択肢として残った『忍者』を選んだ。



 苦無くないに手裏剣、石つぶて。忍者には遠距離攻撃のレパートリーも多く、火遁かとん水遁すいとんといった、魔法と同様の技術もある。


 そんな背景があり、今は忍者としての技術を模索していた。





「そう言われましても、私はその『忍術』とやらを知りませんからね。どういったものがあるんです?」


「そうだなあ……。例えば『水蜘蛛みずぐもの術』は、水面を歩くことができる術だね。同じようなことって出来そう?」


「水面を歩く……ですか? まあ私は鳩なので、水面ギリギリを飛ぶことはできますよ。 歩く必要はないのでは?」


「そ、そうだったね……。鳩……」


 全く鳩には見えないが、鳥であることには間違いない。わざわざ水面を歩く必要はなさそうだ。



「だったら『木の葉隠れの術』なんてどうかな? 落ち葉を巻き上げて、相手の視界を奪うんだよ」


「落ち葉を巻き上げる程度でしたら、私には翼がありますからね。地面をあおげば巻き上がるんじゃないですか? それと相手の視界を奪うなら、落ち葉なんかより、小さい砂を巻き上げた方が効果的かと」


「うっ……。確かにハットーの言う通りだね……」





 忍術とは、元々は普通の人間でも再現可能な技術であり、それを異世界の魔法で再現しようとも、大変に地味な術になってしまう。


 しかし漫画やアニメで描かれる忍術ならば、山のような大蛙おおがえるを呼び出したり、一瞬で濃霧を発生させるような、現実では再現不可能な忍術も存在する。


 隼人はそういった非現実的な忍術を求めていたのだが──





「そうだ!影分身かげぶんしんの術って出来ないかな! 自分にそっくりな分身を作り出してさ──」


「そっくりな分身……」


 ハットーは、隼人からの説明を途中まで聞いた段階で足元の土を操作し、一瞬で隼人の姿をした人形を作り出した。



──!!!


「うおおおお!!! これだよこれ!こういう忍術を待ってたんだよ! 凄い凄い凄い!」



 思い浮かべていた忍術を目の当たりにした隼人は大興奮。


 人形は、近くに寄ってじっくりと観察すれば『これは作り物だ』と分かるものの、すこしでも離れたら、本物の人間と見分けはつかない。




「ねえ、これって動かないの?」


 隼人は人形をつつきながら尋ねた。



「はい。それは土から作り出したタダの人形なので動きませんよ。 本当の『影分身の術』では人形が動くんですか?」


「うん、そうだね。影分身で作り出したものには、本人と同じ意思や記憶が宿っていて、自律的に人形が動くんだ」


 隼人は漫画で見知った知識をハットーに披露した。



「でしたらその忍術は相当に恐ろしいものじゃありませんか? 例えば今この瞬間に隼人くんが影分身の術を使ったとしましょう。──すると作り出された分身はこう思うのです」



 ハットーは語る。



──自分は今朝、布団から身体を起こし、朝ごはんを食べ、畑へと出かけ、鳩と一緒に忍術の再現を試みた。そして影分身の術を使った直後、ここに立っている。一体自分は本人なのか?それとも分身なのか?──


「術の効果時間は5分と仮定しましょうか」



 ハットーは尚も語る。



──自分は影分身の術を使ったら、突然寿命が残り5分になってしまった。姉や友達に別れの挨拶をしなくてもいいのか?いやそうじゃない。なぜ自分は5分後に消えなくちゃいけないんだ!もっと生きたい!…………将来は水産業に就きたかった。何故ならお腹いっぱいに鮭を食べたかったからだ。人工的に受精させた卵を孵化させ、その稚魚をある程度の大きさにまで育ててから川へと放流する。すると何年か先には大量の鮭が川を遡上してくるだろう。なんて素晴らしい夢だ!でも無理だ。ぼくの寿命はあと5分。……まてよ?実は隣にいる隼人こそが分身なのでは!きっとそうだ!ぼくは消えたくない!ふっ!ふふふふふ!隣にいる隼人を殺めればあるいは──




「ちょっとちょっとちょっと!!なんで分身がそんなことを考えてるの!? あと僕は水産業者を目指してないよ!?」


 隼人は慌ててハットーの語りをさえぎった。


「影分身の術は、記憶を引き継いだ人形を生み出すと聞いたので、仮に自分が分身側だったらどう考えるのかを掘り下げてみました」


「……分身の僕………可哀想じゃん」


「そうですね。とてもはかないです」


「………………」


「………………」




「うん。影分身の術は諦めるよ……。分身のことを想うと胸が痛むから……」


「そうですね。それが良いかと思います。ではそろそろお昼を食べに戻りましょうか」


「う、うん……」



 二人は畑に背を向け、村の食堂へと向かう。



 晩秋の陽射しはどこか弱々しく、足元には濃い影が寄り添っていた。



 地面に視線を落としながら歩く隼人に向かって、ハットーは声をかける。



「──お昼を食べ終わった後に『自分の姿を透明にする魔法』を教えて差し上げますよ」


「え!?は!?嘘っ!それ!それって完全に忍術だよ!」


「忍術ではないんですけどね。光の要素を身体の周りに漂わせてから──」







 遠ざかる二人の背中を見つめていた土人形は考える。




 「今日のお昼は鮭だろうか」と。



◇◇◇◇◇







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隼人くんとハットーは、長編小説「はいはい、異世界異世界」にも登場します。興味があれば、ぜひそちらもチェックしてみてください。

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