第3話
月曜日。憂鬱な一週間の始まりだ。いや、俺にとっては、週末だろうが平日だろうが、憂鬱なことに変わりはないんだけど。それでも、今日の憂鬱は、いつもとは少し種類が違う。なぜなら、週末に美咲と公園に行ったからだ。そして、あの公園で、美咲は俺に「大好き」、それも「恋愛としての、大好き」だと言ったのだ。
学校へ向かう道のりも、いつもより緊張する。美咲と顔を合わせるのが怖い。どんな顔をして会えばいいんだ? 美咲は、あの「大好き」発言の後で、俺にどんな態度をとるんだろう? 何事もなかったかのように振る舞うのか、それとも、あの発言を踏まえた、少し特別な態度をとるのか。予想がつかない。予想がつかない、というのが一番怖い。
教室のドアを開けるのが怖い。美咲が中にいたらどうしよう。どんな顔で俺を見ているんだろう。勇気を出してドアを開ける。中の空気が、いつもと同じように感じられる。美咲は、まだ来ていないらしい。少しだけホッとする。いや、ホッとしてどうするんだ。どうせすぐに来るだろう。
自分の席に座り、鞄から教科書を出す。周りの奴らの話し声が耳に入ってくる。週末の楽しかった出来事を話しているんだろう。俺にも、美咲と公園に行った、という出来事がある。でも、それは、誰かに話せるような、普通の楽しい出来事じゃない。美咲に「大好き」と言われた、という、俺にとっては、現実なのか夢なのかも分からないような、奇妙な出来事だ。
と、教室の入り口が騒がしくなった。美咲が来たんだ。心臓がドクンと跳ねる。どうしよう。どんな顔をすればいい? 見ないフリをするか? いや、それは不自然すぎるだろう。
美咲は、俺の席の方に一直線に歩いてきた。いつもの、太陽みたいな笑顔だ。週末の出来事なんて、美咲にとっては取るに足らないことだったんだろうか。それとも、俺がまだ美咲の「大好き」を信じていないことに、少し戸惑っているんだろうか。
「健一! おはよー!」
美咲は俺の机にドンと手をついて、屈託のない笑顔で言った。
「……お、おう」
俺は間抜けな声で返事をする。顔が熱い。きっと、また顔が赤くなっているに違いない。
「どうしたの? 顔赤いよ?」
美咲は首を傾げる。ほら見ろ。週末の出来事なんて、美咲にとっては大したことじゃなかったんだ。だから、俺が顔赤いことにも、特に深い意味を感じていない。
「……べ、別に、なんでもねえよ」
風邪でも引いたんじゃないか、と言い訳しようかと思ったが、それも不自然すぎるだろう。
「ふーん? 変なのー」
美咲はニコニコしている。変なのはお前の方だろうが! あの「大好き」発言の後で、こんなにも普通に振る舞うなんて!
「ねえ、週末楽しかったね!」
美咲は言った。楽しかった? 俺はというと、美咲の「大好き」発言の真意が分からず、ずっと緊張しっぱなしだったぞ。
「……まあ、な」
俺は濁す。楽しかった、とはっきり言えない。美咲が楽しかったなら、それでいいけど。
「また行こうね! 二人だけの秘密の場所!」
美咲はウインクをした。秘密の場所? 公園のことか? 美咲は、あの場所を本当に「二人だけの秘密の場所」だと思っているらしい。しかも、「また行こう」なんて、当然のように言う。あの「大好き」発言の後で、また二人で出かけるのが、美咲にとっては当然のことらしい。
(どういうことだ? 美咲は、あの「大好き」が、俺にどう伝わったか、気にしてないのか? それとも、俺がそれを信じていないことに気づいてて、からかってるのか? いや、美咲に限って、そこまで悪質じゃないはずだ。じゃあ、本当に、俺が自分の「大好き」を信じてないのが、不思議で仕方ないのか?)
俺の脳内は、美咲の言葉と、週末の出来事とで、完全にパニックだ。
「ねえ、健一、今日の放課後さ」
美咲が身を乗り出す。また何か誘うつもりか? あの「大好き」発言の後で、さらに何か仕掛けてくるのか?
「……なんだよ」
俺は身構える。
「一緒に図書館行かない?」
図書館? なぜまた急に図書館なんだ? あの「大好き」発言と、図書館がどう繋がるんだ? 謎は深まるばかりだ。
「……なんで、図書館なんだよ」
「だって、借りたい本があるんだもん!」
美咲はあっけらかんと答える。借りたい本があるから、図書館に行く? そんな当たり前の理由で、なぜ俺を誘うんだ? 俺と一緒に行く意味があるのか?
「……別に、一人で行けばいいだろ」
俺は言ってしまう。美咲が俺を誘う理由が分からない。理由が分からないということは、そこに何か裏があるに違いない。図書館で、美咲が探している本というのが、実は俺に関係する、何か恐ろしい本なんじゃないか? 例えば、「陰キャの扱い方」とか、「人間を意のままに操る方法」とか。
「えー! 健一と一緒に読みたいんだもん!」
美咲は言った。「一緒に読みたい」? なぜ? 俺と一緒に本を読む必要がどこにある?
「……なんでだよ。なんで俺と読みたいんだ」
「なんでって」
美咲は少し考える素振りを見せた。
「だって、健一、本読むの好きそうでしょ?」
好きそう? なぜそう思うんだ? 俺は、家で漫画を読んでるだけだぞ。活字を読むのは苦手だ。
「それに、健一の読んでる本、面白そうなんだもん!」
俺の読んでる本? 俺が学校で本を読んでるところなんて、見たことないだろう。まさか、俺の行動を影から監視しているのか? 怖い。
「……俺、学校で本なんて読んでないぞ」
「えー! そうなの? でも、なんか、本に詳しそうだもん!」
美咲は真剣な顔で言う。本に詳しい? 全くそんなことはない。俺は、漫画とゲーム雑誌くらいしか読んでないぞ。美咲の中の「健一像」が、現実と大きくずれている気がする。
「ねえ、今日の放課後、図書館行こうね!」
美咲は俺の返事も聞かずに、決定事項のように言った。
「……いや、別に、行ってもいいけど」
俺は観念する。どうせ断っても、美咲はあの手この手で誘ってくるだろう。そして、あのキラキラした目で頼まれたら、俺は断れないんだ。しかも、美咲は俺に「大好き」だなんて言った後だ。断るなんて、できるはずがない。
「やったー! じゃあ、放課後ね!」
美咲は満面の笑顔で立ち上がった。
教室の他の奴らが、チラチラと俺たちを見ている気がする。学校一の美少女と、陰キャの俺が、放課後に図書館に行く約束をしているんだ。そりゃあ、不自然に見えるだろう。
美咲は自分の席に戻っていった。俺は一人、席に座って考える。美咲が俺を図書館に誘った理由。本当に、ただ本を借りたいだけなのか? あの「大好き」発言と何か関係があるのか? 図書館で、あの時の「大好き」の意味を、改めて聞かれるんだろうか? あるいは、図書館という静かな場所で、何か重大なことを告げられるんだろうか? 例えば、「あの『大好き』は嘘だよ。実は罰ゲームなんだ。」とか?
俺のネガティブな思考は止まらない。美咲の行動一つ一つに、何か裏があるのではないか、と考えてしまう。特に、あの「大好き」発言の後では、全ての行動が、その発言に繋がっているような気がしてしまうんだ。
でも、図書館か。別に、悪い場所じゃない。静かだし、二人きりになれるスペースもある。
もしかしたら、図書館で、あの「大好き」の本当の意味を知ることができるのかもしれない。
いや、ダメだ。期待するな、俺。期待すれば、裏切られるだけだ。美咲のことだから、きっと俺が想像もつかないような、斜め上を行く展開が待っているに違いない。
それでも……。
放課後、美咲と二人で図書館に行く。あの「大好き」を言った美咲と。
ほんの、ほんの少しだけだけど……。
放課後が、待ち遠しいような気がした。
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