十六日目 幻の和風甘味“わらび餅”魔界進出編
魔王城に平穏が戻った──ように見えた。
だが、それはプリンという甘味の覇権がようやく終結し、魔界中の胃袋が回復しつつあった一時の静寂にすぎなかった。
そして再び火蓋が切られる。
今度の甘味は──透明で、ぷるぷるしていて、きな粉まみれである。
*
「……魔王様、それ、何食べるんですか?」
「サトウ。これが人間界の……わらび餅という菓子だそうだ」
「え、どこで手に入れたんですか?」
「ちょっと人間界の露店で“もちもち祭”なる催しを見つけてな。……運命だった」
「軽率に運命感じすぎじゃない!?」
魔王ディオクレスの目は完全にわらび餅に魅了されていた。
しかも――
「……ひと口目はぷるぷる……だが、二口目で“きな粉”が口内に爆発する……ッ!」
「爆発すんの!?」
「しかも甘さ控えめ、余韻が粘る! ……このバランス感……わらび餅、まさに菓子の戦略家……!」
「言い方が大げさ!!」
しかし問題は、わらび餅が魔界には存在しないことだった。
魔界のもち系はたいてい爆発する(物理的に)。もしくは食べると幻覚を見る。
「わらび餅は……魔界にも必要だと思うのだ」
「嫌な予感しかしない」
ディオクレスは立ち上がると、例のごとく無駄に格式高い調子で宣言した。
「──わらび餅輸入協定、発動!」
「やめろってその口調!」
*
案の定、わらび餅は魔界でも大流行した。
ぷるぷる具合と透明感が“幻想系魔族”にバカウケ。
きな粉の粉感が“地属性魔族”に大ヒット。
冷やして食べる爽やかさが“火炎魔族”の舌を癒す。
しかし、事態はそこでは終わらなかった。
「魔王様、問題が発生しました!」
「どうした?」
「きな粉の原料“黄大豆”の栽培が追いつかず、黒魔豆を代用した者が現れまして……それが、爆発しました」
「爆発するなよ、もはや兵器じゃん!」
「その名も“爆裂黒きな粉餅”だそうです」
「厨二ネーミングやめろォ!」
さらに各地でアレンジが暴走し、
「溶岩きな粉ソース」(熱すぎて触れない)
「幻影わらび餅(食べられない)」(ビジュアル特化)
「わらび焼き」(餅焼いたら固くなるだけ)
と、どんどん本来の姿からかけ離れていった。
「……わらび餅はな、もっとこう、素朴で儚いもんなんだよ!」
「サトウ、貴様ももう完全にわらび餅信者ではないか」
「うるせぇ! 信者じゃねぇ! 魂で食ってんだ!」
そして魔王城では、ついに**“正統わらび餅派”vs“アレンジ自由派”**による甘味対立が発生。
再び甘味戦争の火種が灯りかけた、そのとき。
──一人の老魔族が現れた。
「……拙者、かつて人間界で修行を積んだ“餅忍者”と申す……」
「餅忍者!?」
「魔王様、この者が持っているものは……!」
サトウが指さしたその手には、どこか懐かしい、しかし魔界にはない気配を漂わせる箱。
「本物の、葛粉製手練りわらび餅……!」
「それだあああああああああ!!!」
こうして、魔王ディオクレスは“餅忍者”を国家顧問に任命。
正式に魔界に“わらび餅庁”が創設された。
その理念はこうだ。
「シンプルこそ、最大の味。」
平和は、わらび餅とともにある。
……と思われたが。
「魔王様、新たな動きが……!」
「今度は何だ?」
「“黒蜜派”と“きな粉派”が、甘味自治区で……またもや衝突しております!」
「またかあああああああ!!!」
甘味の道は、遠く、深く、果てしない。
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