十六日目 幻の和風甘味“わらび餅”魔界進出編

魔王城に平穏が戻った──ように見えた。

だが、それはプリンという甘味の覇権がようやく終結し、魔界中の胃袋が回復しつつあった一時の静寂にすぎなかった。


そして再び火蓋が切られる。

今度の甘味は──透明で、ぷるぷるしていて、きな粉まみれである。



「……魔王様、それ、何食べるんですか?」


「サトウ。これが人間界の……わらび餅という菓子だそうだ」


「え、どこで手に入れたんですか?」


「ちょっと人間界の露店で“もちもち祭”なる催しを見つけてな。……運命だった」


「軽率に運命感じすぎじゃない!?」


魔王ディオクレスの目は完全にわらび餅に魅了されていた。

しかも――


「……ひと口目はぷるぷる……だが、二口目で“きな粉”が口内に爆発する……ッ!」


「爆発すんの!?」


「しかも甘さ控えめ、余韻が粘る! ……このバランス感……わらび餅、まさに菓子の戦略家……!」


「言い方が大げさ!!」


しかし問題は、わらび餅が魔界には存在しないことだった。

魔界のもち系はたいてい爆発する(物理的に)。もしくは食べると幻覚を見る。


「わらび餅は……魔界にも必要だと思うのだ」


「嫌な予感しかしない」


ディオクレスは立ち上がると、例のごとく無駄に格式高い調子で宣言した。


「──わらび餅輸入協定、発動!」


「やめろってその口調!」



案の定、わらび餅は魔界でも大流行した。


ぷるぷる具合と透明感が“幻想系魔族”にバカウケ。

きな粉の粉感が“地属性魔族”に大ヒット。

冷やして食べる爽やかさが“火炎魔族”の舌を癒す。


しかし、事態はそこでは終わらなかった。


「魔王様、問題が発生しました!」


「どうした?」


「きな粉の原料“黄大豆”の栽培が追いつかず、黒魔豆を代用した者が現れまして……それが、爆発しました」


「爆発するなよ、もはや兵器じゃん!」


「その名も“爆裂黒きな粉餅”だそうです」


「厨二ネーミングやめろォ!」


さらに各地でアレンジが暴走し、


「溶岩きな粉ソース」(熱すぎて触れない)


「幻影わらび餅(食べられない)」(ビジュアル特化)


「わらび焼き」(餅焼いたら固くなるだけ)


と、どんどん本来の姿からかけ離れていった。


「……わらび餅はな、もっとこう、素朴で儚いもんなんだよ!」


「サトウ、貴様ももう完全にわらび餅信者ではないか」


「うるせぇ! 信者じゃねぇ! 魂で食ってんだ!」


そして魔王城では、ついに**“正統わらび餅派”vs“アレンジ自由派”**による甘味対立が発生。


再び甘味戦争の火種が灯りかけた、そのとき。


──一人の老魔族が現れた。


「……拙者、かつて人間界で修行を積んだ“餅忍者”と申す……」


「餅忍者!?」


「魔王様、この者が持っているものは……!」


サトウが指さしたその手には、どこか懐かしい、しかし魔界にはない気配を漂わせる箱。


「本物の、葛粉製手練りわらび餅……!」


「それだあああああああああ!!!」


こうして、魔王ディオクレスは“餅忍者”を国家顧問に任命。

正式に魔界に“わらび餅庁”が創設された。


その理念はこうだ。


「シンプルこそ、最大の味。」


平和は、わらび餅とともにある。


……と思われたが。


「魔王様、新たな動きが……!」


「今度は何だ?」


「“黒蜜派”と“きな粉派”が、甘味自治区で……またもや衝突しております!」


「またかあああああああ!!!」


甘味の道は、遠く、深く、果てしない。

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