十二日目 おかえり、サトウ

「……魔王様、戻りました」


「おー、サトウ! 久しぶり! 魔王の椅子、ちゃんとあっためといたぞ」


魔王城の執務室に、無表情な青年――サトウが帰ってきた。


彼はもともと“魔界の記録係”として召喚され、そのまま魔王ディオクレスの雑用係として定着していた人物だ。


が、ここ最近は「人間界に一時帰省してくる」と言い残して2週間ほど姿を消していた。


「……あっためなくていいから。ていうか魔王様、椅子の上で寝ないでくださいよ」


「最近、忙しいんだよ。週4勤務にしたせいで、オフの日にむしろ働いてる気がするんだよな……」


「オフとは」


「魂の休暇ってやつだよ」


「魔王様、魂の定義わかってるんですか?」


サトウは黙って机に書類を積み始めた。


「それで… 俺がいない間、魔界どうでした?」


「草野球大会やった! 枕投げもした! 観光案内PVも撮影して、シェバンが“映える魔界”って言い始めてさ!」


「本当に魔界なんですかここ…」


「じゃあサトウは? 人間界どうだった?」


「地味に帰省して、地味に市役所で戸籍関係の手続きして、地味に胃を痛めて戻ってきました。」


「やっぱこっちの方がマシだよな!」


「比較対象が胃痛ってどうなんですか……」


しばらく沈黙があった後、サトウはふと魔王の手元を見る。


「なんですかその紙。サイン?」


「うん。“ディオくじ”第二弾の景品」


「……魔王様、前は“そんなのオレが商品みたいで嫌だ”って言ってませんでした?」


「それがな、1等の“ディオ様と温泉でフルーツ牛乳”が先月全部売れて……」


「売り切れたんかい!!」


「仕方なくオレも温泉行ったよ。で、勇者一行と枕投げして、また旅館壊して帰ってきた」


「魔王様の人生、 あらすじだけ読むとギャグ漫画なんですか?」


すると、魔王ディオクレスは不意に、ちょっとだけ真面目な顔になった。


「……でも、まあ、サトウいない間、ちょっと思ったことがあってさ」


「なんですか。魔界に観光税導入でもするんですか?」


「ちがうわ。……いや、まあその案も今度議題に出すけど」


「やめろ」


「……サトウみたいに、魔王側にいながらツッコミできる人って、貴重なんだなって」


「……」


「魔界ってさ、何かやろうとするとすぐ“よくぞ!”とか“流石魔王様!”とか言ってくるじゃん? でもサトウは、“何やってんだこのバカ”って言ってくれるからさ」


「……つまり、魔王のお目付け役?」


「うん。兼、ツッコミ。兼、読者視点」


「物語構成の話やめろ」


しばらくして、執務室のドアが勢いよく開いた。


「ディオ様ー! 次の観光ポスターの衣装合わせのお時間でーす♡」


「出たなシェバン! 今日こそ“脱がないPR”にしような!」


「そんな! 上半身裸でキメ顔、評判よかったのに!」


「魔王に脱がせ芸求めるな!!」


「ふたりで温泉牛乳飲んでる絵はそのままでいきますね!」


「それどこ需要だよ!!」


サトウは書類をまとめながら、静かに言った。


「……うん、帰ってきたなって感じしますわ」


「な? やっぱ魔界がいちばんだろ?」


「“落ち着く狂気”って言葉、初めて実感しました」


「新ジャンルじゃんそれ」


「たぶん二度と流行りませんよ」

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