十一日目 新制度施行!魔界の休暇日

「……で? なんで魔界軍が“草野球大会”してるの?」


魔王ディオクレスは、温泉街から戻るやいなや、眼下に広がる光景に頭を抱えた。


グラウンドと化した魔王城前広場。

筋骨隆々の悪魔たちが、棍棒をバットに、盾をキャッチャーミットにして全力で野球をしていた。

試合の横では、実況担当のインプが魔法拡声器で叫んでいる。


「本日より、“魔界週休3日制”が正式施行! 初のオフ日を祝して、戦務卿ラグラディウス肝いりの“魔界魔球杯”が開催中ですぅ!!」


「何やってんだアイツ……」


ディオクレスの隣では、いつも通り額に手を当てる代行魔王・ルシフェッタが無言で震えていた。


「戦務省は“休みの日でも鍛錬できる娯楽”を目指してこの大会を……って、それ鍛錬じゃん! 休んでない!」


「ルシフェッタ、きっとアレは“エンジョイ筋肉”ってやつだよ」


「そんな言葉ありません!!」


その日の午後、ディオクレスは各省庁の様子を見回ることにした。


◆ 財務庁:

「今日は“節約シミュレーション大会”を実施中です!」


膨大な帳簿を前に、職員たちが真顔で架空の国家予算をシミュレートしていた。

誰一人、席を立たない。


「え、それ楽しいの?」


「楽しいというより、…義務感です……」


「休んでよ!!」


◆ 情報部局:

「魔界クイズ大会、開催中でーす!」


「問題! 魔王様が去年食べたメロンパンの数は!?」


「10個!」「12個!」「87個!」


「なんでそんな問題知ってるんだよ!?」


「ディオ様ファンですから♡」


「怖いよ!!」


◆ 娯楽省:

「ご覧くださいディオ様! “サイン会”を発展させて“ディオくじ”も作りましたよ!」


「ディオくじ?」


「はい! 1等は“ディオ様と温泉デート券”、2等は“耳かきしてもらえる券”、3等は“励ましの言葉”です!」


「オレ商品になってるの!?」


「しかも1等は当たりません♡」


「それ詐欺じゃん!!」


そして、最後にディオクレスが向かったのは、魔界保育庁――


ここだけは、まるで別世界だった。

保母魔族たちが、子鬼たちに読み聞かせをしていた。

中には、ディオクレスの物語を題材にした“紙芝居”まである。


「……へえ。なんか、いいじゃん。ちゃんと子どもたちも笑ってる」


ルシフェッタも頷く。


「唯一、きちんと“休暇らしい休暇”を過ごしてますね……やればできるじゃないですか魔界!」


ディオクレスは、そんな平和な光景を見ながら――ふと首を傾げた。


「……ん? オレ、紙芝居の中で“善の魔王”になってない? なんで?」


「えーと、“子どもに見せるために大幅改編しました!”って書いてあります」


「話盛りすぎじゃね!? 最終的に勇者と握手してるんだけど!!」


「それは教育的配慮です」


その夜。


評議会がまたしても開かれた。


「本日初の“週休制度”に関する総括を――」


「ディオクレス!!」


開幕早々、ラグラディウスが怒鳴る。


「貴様の命令で、我が軍は草野球をさせられた! どうしてくれる!?」


「いや、命令してないし……ていうか、楽しんでたよね?」


「悔しいが……バットスイングで肩がほぐれた……ッ!!」


「めっちゃ効果出てるじゃん!」


次いでドゥルズィーが手を挙げた。


「ディオ様……あの“ディオくじ”は一体……?」


「あれはシェバンの独断だよ。オレ1円ももらってないし」


「でも2等が全部売れました。耳かき券が」


「魔界どうなってんの!?」


ギゼルダが咳払いをして、会議を締めにかかる。


「……ともあれ、本日一日を見た限りでは、魔界に新たな可能性が生まれたことは事実」


「うん、筋肉も回復するし、子鬼も笑ってたし」


「ただし。次回の休暇日までは、真面目に働くこと」


「えっ、それはちょっと……」


「真面目に!!」


「はーい……」


こうして、“休みの日は全力でふざけ、勤務日は一応真面目に働く”という新制度が正式に認められた。


それから数日後――


ルシフェッタの机の上に、「温泉街再開発計画」の申請書類が積み上がっていた。


「魔王様、働くって言いましたよね?」


「え? サイン書くのも働くうちでしょ?」


「それ“ディオくじ”のサインじゃないですか!!」


「違うよ。“第2回枕投げ交流会”のだよ?」


「また温泉かぁああああ!!」

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