十日目 魔界評議会、開廷す。

「魔王ディオクレス殿、本日は正式な勤務日です。出席をお願いいたします」


城の廊下に響くのは、代行魔王ルシフェッタの張り詰めた声。彼女の前には、漆黒の玉座の間から廊下へと続く巨大な扉。その奥では、扉にもたれかかるように、全くやる気のない声が応じた。


「いや、今日は魔王城の“気圧が低い”から無理」


「その理屈、3日前も使ってましたよね!? 魔界に気圧なんて概念があるかも怪しいんですけど!」


「あと、たまには気圧じゃなくて“心圧”で休むのも大事。心が疲れてるんだよ、ほら、オレも魔王だし」


「自称しないでください!!」


 額に手を当て、深いため息をつくルシフェッタ。その背後には、今日の会議の場――すなわち魔界評議会が開かれる、審議の間が広がっていた。


本来ならば、魔界における重要な政策や軍事、財政などを話し合う厳格な会議……であるはずだった。


だが――


「ディオクレスがまた温泉に入り浸ってると聞いて来たぞ!」


「なに? また文化振興費を“枕投げ予算”に使っただと!? 許さん!」


「わたしは応援してますわ♡ 勇者との交流会、大成功だったじゃない?」


 各席からは怒号、呆れ声、そして謎の擁護が飛び交っていた。


会議のテーマは一つ。「週4勤務の魔王制度は本当に適切なのか?」

ついに、魔王ディオクレスの働き方が魔界評議会で正式に取り上げられる運びとなったのである。


「……で、出ないとどうなるの?」


ディオクレスは扉の奥でぼそりとつぶやいた。


「最悪、“職務怠慢による魔王解任案”が提出されます」


「うわあ……そんな面倒なこと、マジで言ってんの?」


「マジです。というか、すでに戦務卿ラグラディウス様が提出しました」


「ラグラディウス……あのバカ脳筋め……」


仕方ない、とディオクレスは重い腰を上げた。

そのままベッドに倒れ込もうとするが、ルシフェッタに耳を引っ張られて引き戻される。


「出席しましたよっと。さ、早めに終わらせて、午後はサウナ入ってきますね」


ディオクレスが会議室に入るなり、各方面から非難と歓声が交差した。


「ようやく来たかディオクレス! 汝の勤務態度、もはや魔王としての威厳を損なうものだ!」


戦務卿ラグラディウスが、拳を叩きつけるように立ち上がった。筋肉がムキムキで、威圧感はあるが、毎回話が戦争に飛ぶため評判は微妙。


「魔王が率先して領地を巡り、魔軍の士気を高めるべきだ! それを温泉? 枕投げ? 不届き千万!」


「いや、アレはちゃんと“勇者との友好イベント”だったよ? ほら、地域活性化にもつながるし?」


そう言って胸を張るディオクレスに、今度は財務長官ドゥルズィーが静かに立ち上がる。白い書類を手にしながら、不気味に笑った。


「旅費、交際費、サイン会用特別印刷費……魔王様、これは経費で落ちませんよ?」


「え、えっと……“魔界ブランド確立事業”ってことで通せない?」


「そんな予算は存在しません」


「代行魔王、却下して」


「却下されてますよ!」


一方で、唯一の味方らしき人物――娯楽大臣シェバンは、ふわりと手を挙げて口を開く。


「でもディオ様のサイン、闇市で高く売れてましたよ~? あれ魔界の観光産業には効果大かと♪」


「観光産業!? 魔界に観光など――」


「ラグラディウス様、静粛に」


宰相ギゼルダがぴしゃりと止める。眼鏡の奥の目が、ディオクレスを鋭く見据えた。


「魔王ディオクレス。今回の評議会では、貴殿の勤務態度が正式に問われています。言い訳の余地はありますか?」


「うーん……はい、“自分のペースを大事にしたい”という……?」


その瞬間、議場が一瞬静まり、全員が微妙な顔をする。


「……案外、悪くない意見だな」


「えっ!?」


驚いたのはルシフェッタとドゥルズィーだった。ギゼルダが立ち上がり、議場を見渡す。


「我々も、最近は働きすぎだ。戦務省の24時間訓練体制、財務庁の無限残業……そろそろ、魔界全体の“働き方改革”が必要なのではないか?」


「宰相!? まさか――」


「提案します。魔界全土に、“週休3日制”を試験導入しましょう」


「おぉ~~~ッ!」


ディオクレスがガッツポーズを決めた瞬間、評議会はなぜか拍手喝采で幕を下ろした。


こうして、魔界の未来を決める重要会議は、

なぜか“週休3日制賛成多数”という形で決着したのであった。


当然ながら、ルシフェッタの頭痛は3日ほど続いたという。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る