七日目 代行魔王VS本物魔王

魔界七湯のひとつ、地獄谷温泉街より帰還した魔王ディオクレスは、すでに悟っていた。


「……なぜ、俺の席に誰か座っているんだ?」


 玉座に堂々と腰掛け、脚を組む女性。彼の側近であり、補佐官でもあるルシフェッタが、なんと魔王のマントを羽織っていた。


 その背中には金糸で大きく刺繍されている。


 「DAIKOU MAOU」(代行魔王)


「どういうことだ、ルシフェッタ。俺が湯けむりのなかで“地獄の蒸し卵”をむいている間に、何が起きた?」


「ご帰還、ご苦労さまです、“元”魔王ディオクレス様」


「敬語で煽るな」


 そのとき、城のホールに居合わせた魔族たちは、明らかに微妙な空気で気配を消していた。


 ゴブリン将軍が目をそらし、バンシー書記官が震えながら書類を落とす。


 中でも、勇者ユウト(なぜか常駐中)が、ポップコーンをかじりながら一言。


「いや~、留守の間いろいろあったんですよ? 魔王がいないなら選挙だ、ってノリになって」


「勝手に選挙するな!!」


「代行魔王決定戦・卓球トーナメントでルシフェッタさんが優勝して、今こうなってます」


「何そのザコッぷりしか伝わらない決め方!」


「いやいや、ラリー60回超えましたし」


「すごいのか、それは……?」


 ディオクレスはこめかみを押さえた。温泉で癒したはずの眉間が、再び深くしわ寄る。


「というか、お前、俺のマントにまで刺繍入れてるな?」


「あ、はい。自費で。裏地に“代行魔王爆誕”って金文字も入ってます」


「返せ! それ俺のお気に入りのマントだ!」


「嫌です! もう肩の形が私に馴染んでます!」


「理屈がめちゃくちゃ!」



 その後、互いに引かず睨み合うディオクレスとルシフェッタの間で、何が起こるか誰もが察していた。


「――勝負だな」


「受けて立ちます」


「今度はまともな形で決着をつける」


「ええ、魔王の名を懸けて、です」


「魔力での決闘か? それとも頭脳戦か?」


「いえ……」


「……いえ?」


 二人が同時に呟いた。


「玉入れで勝負だ」


「「なんでだよ!!!」」

(まわりの全員が突っ込んだ)



 その日、魔王城の中庭には、急遽建てられた巨大玉入れタワーが出現した。

 審判はスライム長老。実況はなぜか勇者ユウト(もはや空気)。


「ディオクレスチーム、準備はいいかー!」


「よし、角の艶は戻った。万全だ」


「ルシフェッタチーム、いけるかー!」


「完璧です。左手に自信あり!」


 制限時間は10分。玉の数は無制限。頭上のカゴに多く入れた方が勝ち。


「それではいくぞーーーッ! レディーッ、ゴーーーッ!!」



 白熱する玉入れ合戦。


「このっ、このっ、このぉぉぉぉッ!!」


 魔王ディオクレス、全身魔力強化。玉の速度が時速180キロを超える。


「当たったら死ぬわ!!」


「容赦はしないッ!」


 一方ルシフェッタ、なんと三重魔法陣で軌道誘導というズル……もとい精密操作を行い、玉を百発百中でカゴに放り込んでいく。


「くっ……こっちは力技、あっちは技術だと!?」


「この勝負、私の頭脳の勝ちですね。魔王にふさわしいのはこの私!」


「ふざけるなあああああああッ!!」


 そのとき、熱中するあまり、ディオクレスが跳躍して放った必殺・魔力玉が――


 玉入れタワーの支柱に直撃。


 「……あ」

 という間に、タワーが傾き――轟音とともに崩壊。


 舞い散る玉。崩れる支柱。倒れるスライム長老。


「……どちらの勝ちというより、両者失格でよくない?」


 勇者ユウトの一言で、その日の勝負はノーコンテストとなった。



「……っていうか、マント返してくれ」


「やだ」


「まだ言うか。じゃあ次は“魔王サイン選手権”だ!」


「受けて立ちます。“代行魔王サイン”、この日のために練習してました!」


「じゃあ3秒以内で書き終えるルールな!」


「そ、それは不利じゃ……!」


「勝負は非情ッ!」


 こうして、魔王ディオクレスと代行魔王ルシフェッタの戦いは、またひとつ新たな局面を迎えた。


 城の平和は、今日も遠い。


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