六日目 湯けむり視察!魔王、別温泉街へ行く

「おい、次は“カッパの湯”だ。急げ、タオルを忘れるな」


 タオルを頭に巻き、サンダルに浴衣、すっかりリゾートモードの魔王ディオクレスは、温泉街の小道を闊歩していた。


 ここは魔界七湯のひとつ・“地獄谷温泉街”。

 人間界では有り得ない、マグマと硫黄と湯けむりと地元民の適当さが混ざり合った、魔界随一の観光地だ。


「ここはどういう施設だ?」


「カッパが経営してる露天風呂です」


 付き従う案内人のリディアが、手元のパンフレットを見ながら答える。


「泉質はぬるぬる系、疲労回復と角の艶出し効果があります」


「ほう、角に艶……最近パサついてたからな。入るか」



 ――ザバァァン!


 お湯に浸かる魔王。湯けむりの中、その筋骨隆々の背中が神々しくもある。


「……ふぅ、こうして誰にも命令されず湯に浸かる日が来ようとはな……」


「命令する立場だったんですよ、あなた」


「過去形で言うな、過去形で」


「ていうかもう三週間、城に戻ってませんよ?」


「連絡はしてある。留守中の統治はルシフェッタが仕切っているはずだ」


 そう、魔王は今“温泉地管理視察”という名目で、仕事を放棄している真っ最中である。



「魔王様ー、今夜は地元カッパとの“湯もみ交流会”がございます!」


「湯もみとはなんだ?」


「巨大な板で風呂をかき混ぜながら、掛け声を出すイベントですね。主にテンションが上がります」


 その夜。


「よいしょー! よいしょー! カッパっぱ!」


「カッパっぱ!」


 魔王、完全に馴染んでいた。


 巨大な木板を両手で操り、湯をかき回すその姿に、地元民がざわつく。


「え、あの筋肉……」


「めっちゃ湯もみうまくない……?」


「もしかして常連……?」


「勇者より風呂場でモテてるのなんなん……」



 翌朝――


「……今日の目的地は“マンドラ湯”だな」


 マンドラゴラが経営する日帰り温泉。湯につかると叫び声でスッキリ目が覚めるという、変わり種の湯である。


 しかしそこへ――


「魔王様ッ!」


 魔王のスマホ(地獄製の火属性スマホ)に、ルシフェッタからの鬼着信。


「今すぐ帰ってきてください! 勇者と魔王軍が卓球大会を始めて、決着がつきません!」


「くだらん……だが気になる!」


「さらに、スライム風呂が暴走して今朝はベッドが3つ沈みました!」


「うちの温泉のスライム、暴走しすぎでは……?」


「一応報告しておきますけど、魔王様がいない間、魔王軍内で**“次期・代行魔王選挙”**が始まってます!」


「おい待て、それは帰らないとさすがにまずい……!」



 かくして、魔王は名残惜しくも湯けむりの地をあとにし、魔王城へと帰還する決意を固めた。


 が。


「すいません、次のバス、三日後なんです」


「この温泉街……交通弱すぎるだろ!!!」



 ――その後、マンドラ湯の湯気でワープゲートが発生し、奇跡的に帰城できた魔王。

 だが彼を待っていたのは、卓球のラケットを握りしめた勇者ユウトと、額に「代行魔王」と書かれた鉢巻を巻いたルシフェッタだった。


「遅かったな、現・前魔王よ」


「お前ら一体何してるんだ……!?」


 魔王が不在でも、魔王城の日常は、やっぱり騒がしかった。

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