三日目「枕と友情と」
風呂上がりの夜。山の宿『紅蓮の湯』では、思わぬイベントが開催されようとしていた。
「さて、夜といえば……お楽しみタイムだな!」
と、旅館の一室で勇者の仲間の一人――槍使いの少女・リリィが声を上げた。
「お楽しみ……? やっぱ肝試しとか?」
「違う違う。枕投げ大会よ!」
瞬間、部屋の空気が弾けた。
「出たー! ザ・異世界修学旅行名物!!」
「ってそんな文化あるのか!?」
俺――アカリ・サトウは畳の上で驚く。
そして当然のように混ざってる魔王・ディオクレス。しかも、もうパジャマに着替えて準備万端。
そのパジャマ、どこで買った。なぜ着ぐるみ型の“湯けむりドラゴン”なんだ。
「我が全力を以て、この戦に臨む所存だ」
「いや戦じゃないから! 娯楽ですから!!」
「む、油断するなよサトウ。敵は、枕を手にした瞬間、全員が戦士と化すのだ」
……いや、あながち間違ってない気がする。
◇ ◇ ◇
そして始まった、異世界最強の枕投げ大会。
メンバーは、勇者ユウ、槍使いリリィ、賢者の少年カイン、そしてなぜか混ざってる俺と魔王の五人だ。
「まずはチーム分けだ。俺とリリィで【勇者チーム】、サトウと温泉スキーさん(魔王)で【風呂好きチーム】!」
「チーム名が軽い!!」
戦闘(?)開始。
ルールはシンプル。枕をぶつけあい、最後まで立っていたチームの勝ち。
「くらええええええ!!」
リリィの速攻。鋭い枕がサイドから飛来!
「ぬぅん!!」
魔王が布団を盾に受け止め、反撃の枕ショットを放つ!
まるで戦争のような応酬。音速で飛び交う羽根まみれの砲弾!
「っはーーっ! こっちの世界の戦も悪くないな!」
「そうじゃないだろ!! くそ、カイン! 魔法使うなって言ったろ!!」
「いやあ……《枕加速(フルスロットル)》試したくて」
「だから魔法は禁止!!」
部屋の中はすでに戦場と化していた。掛け軸は倒れ、障子は裂け、壁には「ボフッ」という音とともに羽根がめり込んでいる。
が、当人たちは誰も止める気がない。
魔王はソファを盾に突撃し、勇者は跳び箱ばりに襖を飛び越える。
「サトウ、左だ! 後方から枕忍者が!」
「忍者までいるのかよ!!」
◇ ◇ ◇
時間が経つごとに、戦いはさらに過激になっていく。
途中で布団を丸めて「特大枕砲」を開発したカインに対し、魔王は湯桶を盾にして「スーパーお昼寝クラッシュ」を発動。
リリィは二刀流で枕を操り、俺はベッドの下に隠れながら状況報告するという完全な参謀役に。
その中で、不意に気づく。
(あれ……楽しいな)
勇者と魔王が、真剣な顔で枕をぶつけあいながら、心底楽しそうに笑ってる。
誰も“魔王”だとか“敵”だとか、言わない。ただ、温泉宿の夜に一緒に騒いで、ふざけ合ってるだけ。
この数時間だけは、世界から争いが消えていた。
でも――
ドガァン!!!
ついに、柱が折れた。
次の瞬間――
ギシッ……バキィン!!
天井が傾き、部屋の一部が轟音とともに崩れる。
「ぎゃあああああああ!!」
「これはちょっとやりすぎたかもな……」
いや、やりすぎどころじゃねぇよ!!!
完全に旅館が半壊してる。畳も壁も粉々、布団は天井に張り付き、障子の先には空が見えてる!
「我が敗北だ……完全に調子に乗った」
魔王、潔く反省。
……って、反省だけで済ませるつもりか!?
◇ ◇ ◇
翌朝。
旅館の番頭さんに、深々と土下座する5人の姿があった。
「お騒がせしましたああああああああ!!!」
驚いたことに、勇者と魔王、どちらも本気の謝罪をしていた。
「ふむ……まあ、風呂場と厨房が無事なら、再建はできます。手伝ってくれるなら許しましょう」
「喜んで働きます!!!」
こうして翌日から、勇者と魔王によるリフォーム共同作業編が始まるのだった。
――もちろん、週4勤務の範囲内で。
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