スンドゥブチゲの甘いアリバイpart.3 目撃者

 僕はその思わせぶりな言葉に一瞬、混乱してしまう。だから口から、つい変なことが漏れ出ていた。


「もしかして、その突き落とした人って鈴見さんで……いきなり犯人だとは言いにくいから聞いてくれって話じゃないよね……?」


 その発言に彼は大きく手を横に振って、否定する。


「ち、違う! そうじゃない! 鈴見に関してはちゃんと階段の下にいた! だからどう考えても落とす犯人にはなり得ないんだ! ただ、俺を突き落とした人の正体は見ているはずだと思うんだ」


 更に秋風さんからも「何でそこまで飛躍しちゃうの?」と聞かれてしまった。そのことについては僕も言うべきことがある。


「いや、それだったら直接話を聞けばいいんじゃ……」


 すぐ鶴本は苦笑い。


「それができたらいいんだけどな。俺、あのグループに嫌われてんだよ。鈴見にどう思われてるか分からんが、その他の女子からすんごい睨まれる訳。あんま話ができないんだ」


 それを言われて、僕に頼める理由が分からなかった。


「それじゃあ、僕も無理なんじゃ」

「違う違う。桜木だからこそできると思うんだよ。クラスのムードメーカーだろ? 危険なとこ、無視して話ができると思うんだ」


 その話を横切るように、勝俣が喋り出した。


「で、まぁ、ともかく、突き落として逃げた人ってのを探せばいいんだろ?」


 結論が決まったところで、何故か鶴本は即座に否定した。


「ちげぇちげぇ」

「えっ?」

「いやな。学校から帰り道に階段を通る場所があるんだがな。そこを降りようかという時に『きゃあ』って声が聞こえたんだよ」

「悲鳴か? 突き落とした犯人が先に悲鳴を上げたのか?」


 勝俣が話をまとめて、鶴本が頷いていく。


「そうそう。たぶん、石につまづいたんじゃないかと思う。で、その勢いで体が、かな、そのまま俺の背中に当たって。俺が階段を横に転がっていったんだ」

「つまり故意じゃなくて、事故だってことか?」


 その際、空耳か。鶴本が唾を飲んだような音が聞こえた。すぐに何事もなかったかのように彼が応答するものだから、僕も何もなかったのかと思うことにした。


「そうだな。事故だったってことだ。ただ問題としてはその子が誰かだって分かんねぇと、その子が落としたことに関して気にしちゃうんじゃねえかって思ってな」

「なるほど。できれば、その顔も名前も知らない人の手掛かりを知って、その子に気にしなくてもいいよと伝えたい、と」

「ああ。あの時間だったら、制服を着た小学生ってこともあり得るし。その制服さえ分かれば、学校伝いに大丈夫だって伝えられるし、な!」


 その心の広さにまた脱帽しそうになる。僕だったら、鶴本のように簡単に許すことができただろうか。分からない。少しは文句を言いたくなってしまうかもしれない。「気を付けてくれよ」と。

 あまりに優しすぎる彼の魅力に眩しさを感じている。そして何より僕が嬉しかったのはその後のこと。


「に、してもこのスープに美味いご飯が合うな」


 うっとりとしてしまう。何だかくすぐったい感覚もある。

 自分で作ったものが褒められるとなると、妙に気分とテンションが高くなる。ふわっふわのもっこもこだ。


「へへ……」


 だからこそ、彼が「じゃあな」と言って消えた後の菜月さんの反応が気になった。


「で、桜木、相談というか、あのお願いを引き受けるの?」 


 何だかしかめっ面になっている彼女。僕は素直な気持ちで答えることにする。


「うん、まぁ。結局、何処かに鶴本を落としちゃってってことで気になってる人がいると思うから……それなら、協力した方がいいんじゃ」

「そもそもできるの?」

「あんまりやりたくはないけど、するしかないんだよ」


 僕がそう言うと、彼女ははっきり言い捨てた。


「放っておいた方がいいような。何だか、ああいうの信用できないのよね」


 思わせぶりな言い方。そこに秋風さんが茶々のようなものを入れていた。


「ああ、ああいう完璧タイプって苦手系? カレンちゃんの好きな王子様タイプだと思ってたけど」

「ち、違うわよ! でもなーんか、胡散臭いというか、裏がありそうな感じがするだけ」


 本当に彼女の勘が当たっているのか。

 分からないが。面倒なことに巻き込まれる。そんな裏があるのかもしれないと知ったのは、次の日の朝だった。

 僕は鶴本が来ていないことを教師により伝えられた。治療を要する怪我のようで、一日は家で安静にしないといけないらしい。

 納得した後ではるか前の席にいる鈴見さんの姿を見据えた。クラスのチャットには入っているものの、あそこで声を掛けられる勇気や度胸は持ち合わせていなかった。

 ただ、うかうかもしていられらない。後に、後に回していったら永久にその時は来ない。自分を鼓舞し、嫌われること覚悟で鈴見さんに話してみた。


「ねぇ……」

「ん? 桜木?」


 僕が後ろから話しかけていたのに対し、すぐに顔をこちらに向けてくる。案外アンニュイな感じで接してくる。

 話し掛けたら「口がくせぇんだよ。スクールカーストの底辺がっ!」と言われる未来はなかったのでまず良しとしよう。

 ただ、途中で他の女子生徒から言葉が投げ掛けられていた。


「そういや、さっき鶴本が休みって言った時、すっごい顔してたけどどうしたのー?」


 ふざけた笑いと共に飛ばされた言葉に対し、鈴見さんは手を前に出した。


「ちょ、ちょっと待って。今、桜木と話してるんだからさ」

「あっ、そうなの?」


 と言っても今の会話は無視ができなかった。鶴本が休みと知った時に過剰な反応があったとしたら。やはり、鶴本が怪我をした時に近くにいたのだろう。情報に心当たりがあったのだ。それを公言できない事情か何かがあるのだろうか。

 どうして何も言えなかったのか。


「あのさ、鶴本が転んだ時、近くにいた?」


 返答は、まるで辺りにいる雀や烏が飛び立つような勢いで。


「し、知らないわよっ!」

「えっ? あっ、いや……」


 あまりにも落ち着いた僕の様子に自身の声が大きすぎたと反省したのだろう。彼女は少し冷静になって、否定する。


「い、いや……知らないわよ」


 となると、訳が分からなくなる。鶴本が見間違えたのか、と。

 僕は拒絶的な声を聞いたショックもあって、後ろにひっくり返りそうになった。ただ近くにいた女子が背中を抑えてはくれている。

 少しのありがたさと恥ずかしさを胸の内に。僕は疑問を抱いていた。


「で、でも……」

「たぶん人違いじゃない?」


 まだ、何処にいたのか。何かも一言も話していない。女子の中には「もしかして鶴本に当たったのって」と小刻みに笑う女子もいる。


「あっ、いや、別に……あの。犯人とかじゃなくて、目撃者として」

「何も見てないから……ほら、もう授業始まるよ。席に戻って」


 その態度には女子からも異議が上がっていた。


「おーい、折角話に来てくれたってのに。そこまで言うのも酷なんじゃない? ちゃんと答えてあげなよ。そこにいなかったって……」


 すると、彼女は校則で学校内では使用禁止のスマートフォンを取り出した。もうすぐ教師が来るのではないかと焦り始める僕をよそに彼女は一枚の写真を提示した。

 何か器を手に取って、一緒に顔を映している写真だ。


「これで問題ない? ほら、撮ったのは昨日の五時よ。見れば分かるでしょ」

「えっ……?」

「ああー。これじゃ、無理だねー」


 一枚の写真。それで僕を庇ってくれたクラスの女子も納得してしまったのだ。皆が彼女にアリバイがある、と断定したのである。

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