第16話『変わり始めた心、初めての挑戦』
初めてのソロ演奏の後、そらはステージ裏で小さく息を吐いた。
心臓がまだドキドキと高鳴っている。
客席の拍手の音が耳に残り、少しずつその余韻が消えつつあったが、そらの中ではまだその感覚が鮮明に息づいている。
「……うまくできたかな?」
そらは無意識に手を握りしめた。
楽譜を見たとき、恐れや不安が心の中で渦を巻いていたけれど、音を出すたびにその恐怖は薄れていき、最後にはただ音楽に身を任せることができた。
それでも、自分が果たして人々に伝わるような演奏をしたのか、疑問が湧き上がる。
「そら、よくやったよ!」
その声に、思わずそらは顔を上げた。
振り向けば、悠真が嬉しそうに笑顔を見せていた。
その笑顔を見た瞬間、胸の中で何かが温かく広がった。
「悠真……ありがとう」
そらはその言葉を思わず口にした。
悠真の支えがなければ、ここまでやり通せなかっただろう。
彼がいつも横にいて、そらを励まし、守ってくれたからこそ、ステージに立つ勇気が出た。
「緊張しただろうけど、よく頑張ったよ。君の音楽、心に響いた」
悠真のその言葉に、そらは少し照れくさそうに微笑んだ。
でも、内心ではその言葉がとても嬉しく、力強く心に刻まれていった。
「でも、まだまだです……」
そらは少し顔を下げ、胸の中で何度も繰り返す。
完璧を求める自分が、どこかにいた。
「完璧を求めすぎないことだよ。それが一番のリスクだ。君の音楽はすでに素晴らしいんだから」
悠真は優しく言って、そらの肩に軽く手を置いた。
その温もりに、そらは何とも言えない安心感を感じた。
その時、ステージから一度引き揚げてきた凛が歩み寄ってきた。
「そら、あなた本当に良かった。心に残る演奏だったよ」
「凛ちゃん……」
そらは驚いた顔をして凛を見た。
いつもクールで冷静な凛から、そんな言葉をもらえるとは思っていなかった。
「でも、まだ次があるよ。もっとあなたの音楽を広めるべきだと思う」
「え?」
その言葉に、そらの心が一瞬で跳ね上がった。
凛は小さな笑みを浮かべて、そらに続けて言った。
「今の演奏は確かに素晴らしい。でも、もっと磨いていけば、どこまでも上を目指せる。私たちの学校には音楽科もあるから、そこでさらに技術を身につけることができる。君にはそれだけの才能がある」
「音楽科?」
「そう。君がもし本気で音楽を続けたいなら、私も協力するよ。私が通っている音楽科でも、もっとたくさんのことを学べるよ」
凛の提案に、そらはしばらく黙って考え込んだ。
音楽は確かに大好きだ。でも、本当に音楽だけを学び続けるべきなのだろうか?
そらは今まで、目の前にある現実と向き合い、どうしても他のことに目を向けることができなかった。
「でも……私、音楽だけに集中できる自信がないんです。普通の学校の勉強もあるし、周りの期待に応えなきゃいけないし」
そらは小さく肩をすくめた。
その時、悠真がまた静かに口を開いた。
「音楽に関してだけは、自分の心に素直になった方がいいんじゃないかな。そら、君は音楽が大好きだろう? だったら、その気持ちを大切にしてほしい」
悠真の言葉に、そらは少しだけ視線を落とし、深く考えた。
音楽を学びたいという気持ちはあったけれど、まだ自分にどれだけの覚悟があるのか、自信が持てなかった。
「少しだけ、考えてみます」
そらはそう言って、少しだけ顔を上げた。
今はただ、音楽の世界に足を踏み入れる準備ができるかどうか、その一歩を踏み出すかどうかが迷いどころだった。
「うん、無理に急ぐ必要はないよ。でも、君にはきっともっとできることがある。自分の可能性を信じてみて」
凛の言葉が、そらの心に響いた。
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