第12話『揺れる心、止まった時計』



 文化祭が終わった、月曜日。


 教室のざわめきは、いつもと少しだけ違っていた。

 どこか浮き立つような空気。けれど、その中心にいるはずのふたりは、どこか静かだった。


 悠真と、そら。


 


「おーい、そらちゃーん!」


 休み時間、クラスメイトの真帆が元気よくそらに駆け寄ってきた。


 


「昨日の連弾、マジで感動したよ! てか、悠真とあんなに息ぴったりだったなんてさ~、普段話してるっけ?」


「え、あ、ううん……そんな、べ、別に……」


 


 そらはとっさに目を逸らす。隣の席の悠真を、チラリとだけ見る。

 彼は相変わらず教科書に目を落としていて、まるで何事もなかったかのように静かだった。


 


(なんで……あんなに、普通なの……?)


 


 演奏中、あんなに近かった距離。

 あの時の音、あの時の視線、あの時の言葉。ぜんぶ、そらの中では今も鮮やかに残っている。


 けれど――悠真は、違うみたいだった。


 


 昼休み。

 そらは購買の帰り、昇降口近くのベンチで一人、パンをかじっていた。


 


「……なんで、こんなに胸がぎゅっとするんだろう」


 


 ただのクラスメイトだった。

 ピアノを合わせただけだった。

 でも、それだけじゃ、もう気持ちが収まらない。


 


「そら、ここにいたんだ」


 


 その声に、びくりと肩が揺れる。

 顔を上げれば、悠真が立っていた。


 


「……どうして、ここが分かったの?」


「今日、教室で元気なかったから。たぶん、ひとりになりたいんだろうなって。……前も、ここにいたから」


 


 そらの胸が鳴った。小さな音で。


 


「……悠真は、何も変わってないね」


「え?」


「私は、変わっちゃったのに」


「……変わってないわけ、ないじゃん」


 


 その言葉に、そらは目を見開いた。


 


「俺だって、あの演奏で――そらのこと、すごく近くに感じた。……なんていうか、心の奥を見られた気がして、ちょっと怖かった。だから、避けてたのは、俺の方かもしれない」


 


 初めて見る、弱さをにじませた悠真の声。

 教室では見せないその表情に、そらの胸がきゅっと締め付けられる。


 


「……じゃあ、なんで普通にしてたの?」


「……そらのこと、困らせたくなかった。……同じクラスだし、もし気まずくなったら……って思って」


 


 そう言って、悠真は苦笑した。


 


「でも、無理だね。今、そらの顔見たら……もっと話したいって思った」


「……私も」


 


 そらの言葉に、悠真の目が柔らかく細められる。


 


「――じゃあさ、今度の放課後。もう一回、音合わせない?」


「え……?」


「また、ピアノ弾きたい。……そらと一緒に」


 


 そらは、静かにうなずいた。


 


「……うん。私も、また……弾きたいと思ってた」


 


 ふたりの時計は、文化祭のステージで一度止まっていた。

 けれど今――また、動き出した。


 


 放課後の音楽室。

 鍵盤の前に並んで座るふたりの手が、そっと近づいていく。


 


 心はまだ不器用で、言葉もぎこちない。

 でも、音なら、素直になれる気がした。


 


「せーの、で……いこう」


 


 そしてふたりは、ふたたび音で心を交わし始めた――。

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