第11話『伝える音、重なる心』



 文化祭当日――。


 2年B組の教室は、演劇発表の準備と模擬店の手伝いでてんやわんやだった。

 けれど、教室の一角には、他とは違う静けさが流れていた。


 悠真と、そら。


 ふたりは同じクラスの席を背中合わせにして座っている。けれど今朝から、一言も交わしていない。


 


(昨日の……練習。あれ、夢じゃなかったよね……)


 


 そらは自分の楽譜ファイルを膝の上で握りしめながら、ちらりと後ろを振り返る。

 けれど悠真は、真剣な表情で自分の楽譜を見つめていた。


 (……話しかけたいのに、声が出ない)


 


 そんな空気を打ち破ったのは、クラスメイトの何気ない一言だった。


 


 「悠真ー! そらちゃんと連弾するんでしょ? どんな曲なん?」


 「うちのクラスから連弾出るなんて、ちょっと誇らしいよな~」


 


 注目が一気に集まる。

 そらの顔が、みるみる赤くなる。


 


「べ、別に……そんな大したものじゃないです」

「う、うん。まあ、ちょっとした……演奏、って感じ」


 


 目を合わせず、慌てて誤魔化すふたり。

 教室中に笑いが広がる。


 


 (もう……なんで同じクラスなんだろう……!)


 


 それでも。

 ステージ裏に並んだとき、悠真はそっと言った。


 


「緊張、してる?」


「……してるよ。すっごく」


「大丈夫。俺たち、クラスでも……音の中でも、ちゃんとつながってる」


 


 そらの胸がきゅっと鳴る。


 


「……うん。ありがとう」


 


 舞台へ。

 教室では見せない、まっすぐな視線。隣に座っているときとは違う、遠くて近い距離。


 鍵盤の前に座った瞬間、クラスメイトたちの声援が聞こえてきた。


 


「がんばれー!悠真!そら!」


 


 そらの手が、震える。

 けれど、その手にそっと触れたのは、悠真の指だった。


 


「いこう。音で話そう」


「うん――」


 


 ひとつ目の音が響いた瞬間、会場が静まった。

 日々同じ教室で過ごしていたふたりが、今、音の中でしか交わせない言葉を奏でている。


 演奏の終わり、拍手に包まれるステージ。


 そらは小さく呟いた。


 


「同じクラスなのに……今日のあなたは、初めて出会ったときより遠くて、でも――いちばん近かった」


 


 悠真は、そっと目を細めた。


 


「そらと一緒だから、届いたんだよ」


 


 そして、ふたりは静かにステージを降りた――。

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