第三部

第19話 未来予知ノ少女

 私――励磁美穂≪れいじ みほ≫は、倒壊した廃ビルの現場に立っていた。


 瓦礫の山、その中心に異様な沈黙を感じ取った私は、

 軽く息を吐き、手袋越しに右手を前へ伸ばした。


「――散って」


 指先から放たれるのは、目に見えない磁場の斥力。

 次の瞬間、崩れた鉄筋コンクリートの山が弾け飛ぶように吹き飛び、

 中心に深く抉れたクレーターのような空間が現れた。


「やっぱりいたわね」


 引力によって崩れ続ける風景の中で見えた、その場所。

 そこにいたのは、鉄骨に包まれるようにして丸まり、

 まるで巨大な球体のようになった筋骨隆々の男。


 その異様な姿に、私の眉がわずかに動いた。


「生きてる…のかしら」


 私は手袋をきゅっと締め直し、慎重に男の鉄骨のような背へと触れた。

 その瞬間、ぴくりと何かが動いた気がして、思わず身を引いた。


「開けるのは無理ね。これ、まるで鉄の棺桶」


 ならばと、私は呼びかけることにした。


「……ねぇ、中でまだ、生きているの?」


 沈黙。


 しばらくして、鈍く響くような声が返ってきた。


「ねぇ、ねぇってば……! もう大丈夫だから、離れてよ……っ」


 それは――少女の声だった。


 くぐもってはいたが、確かに聞き取れた。

 そして、次第にその声には震えと涙の気配が混じり始めていた。


 耳を澄ませば、その嗚咽は徐々に深くなった。

 それが聞くに堪えなくて、私は言ってしまった。


「……その男、もう死んでるわ」


 瞬間、場が静まり返った。


 やがて、ゴリ……と金属がこすれる音がして、

 ゆっくりと、男の胸部から何かが姿を現した。


 それは一人の少女だった。

 ボロボロのゴスロリ服、煤けた肌、そして――赤く腫れた目元。


 目に涙はなかった。けれど、泣き尽くした痕跡が、はっきりと残っていた。


 私はそっとしゃがみ込み、少女と視線を合わせた。


「ねぇ、あなたは……さっきの男のこと、恨んでる?」


 少女は一瞬目を伏せ、唇を噛みしめた。そして、小さく、しかしはっきりとうなずいた。


「……うん。あの人、私の親友たちを、全員殺したもの。」


 彼女の声には怒りでもなく、悲しみでもなく、ただ冷たい事実だけがあった。

 それを受けて、私は頷いた。


「……そしたら、私と一緒に来ない?

私も、この“能力者が能力者を殺す”世界を変えたいの。」


 少女の瞳が揺れた。答えは、沈黙のままのうなずきだった。


 それで充分だった。



 夜道を、私たちを乗せた車が走った。

 ハンドルを握る私の隣で、少女――まだ名も知らないその子は、黙って外を見ていた。


 気まずい沈黙を破るように、私は声をかけた。


「あなた、名前は?」


 少女は少し驚いたように顔を向け、ぽつりと答えた。


「……菊池めぐみ。あなたは?」


「励磁美穂よ。磁力を扱う能力者。」


「……能力、あっさり言うんだ。」


 私は笑った。肩の力が抜けるように、自然と。


「能力を言っちゃいけないなんていうのは、国家組織が植え付けた、

能力者同士を分断するための呪いよ。私は、あなたと争うつもりないもの。」


 彼女はしばらく考えた後、ぽつりと口を開いた。


「私は……未来予知。未来予知ができる能力者。」


 私は再び笑った。先ほどより、少し深く、あたたかく。


「そしたら、私たち、友達ね。」


 彼女は驚いたように私を見て、けれどすぐに、ふっと小さく笑った。


「……そんなふうに言われたの、久しぶり。」


 私はちらりと彼女の服を見た。黒のフリル、レースのスカート、可愛らしいアクセサリー。


「ねぇ、あなた、ゴスロリ好きなの?」


 彼女は少し照れながらも、はっきりとうなずいた。


「うん。かわいいでしょ。」


「ええ、すごく似合ってる。

ボロボロになっちゃっているから、綺麗な服、また買いに行かなきゃね。」


「……うん。」


 笑い合うわけでもなく、手を取り合うわけでもない。

 けれど、どこか確かに、私たちはつながった。


 ヘッドライトが照らす夜道の先。

 夜が終わり、太陽が少しずつ上ってくる朝焼け。


 私たちはただ、目的地へと進んでいく。

 この歪んだ世界を変えるために。

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