第18話 貞操帯ロック

 その後、俺はあの巨大な実験施設部屋へと連れて行かれた。

 そこは、相変わらず、冷たく、無機質で、ただただ広すぎる白い部屋だった。


 扉が閉まり、重たい鍵の音がした瞬間、俺は完全に管理される存在へと戻ったことを悟った。


 それから、研究員が入ってきて、貞操帯が、俺の腰に装着された。


「自分では、絶対に外せない構造になってます」


 白衣を着た技術者が、淡々とそう言った。

 俺は黙ってうなずくしかなかった。


 その貞操帯には生体センサーが搭載されていて、

 いつ、どこで、抜いたかがすべて記録される仕組みになっていた。


 貞操帯をつけられた理由は明白だった。

 俺の能力、“禁欲によって変質する能力”を完全に制御するためだった。


 そして、さらに俺は、4日に一度は抜くことを義務づけられた。


 もはやプライバシーも、自由も、羞恥も、なにもなかった。


「任務前には、抜く“日時”まで指定します。誤差は許されません」


 そう言ったのは、西村さんだった。

 あのとき銃を構えていた彼女は、いつもよりも冷たく、職務として俺を見ていた。


「守らなければ――死刑。それだけです」


 その言葉が、あまりにも現実味を帯びていたから、

 俺はもう、逆らうことすら考えなかった。


 スケジュール表には、すでに次回任務の日程と、そこから逆算した次の“管理抜き日”が赤字で記されていた。

 “次回任務:〇月〇日。〇時〇分、抜くこと。完了し次第、報告、記録を提出せよ。”


 まさか、禁欲したら――

 その末に待っていたのが、「抜く時間まで国家に決められる人生」だったとは、俺は夢にも思わなかった。



 それから幾日かが経ち、

 俺はようやく、施設から解放されて、現実世界へと戻された。


 制服に袖を通し、何事もなかったかのように校門をくぐり、

 何も知らないクラスメイトの雑談や笑い声に耳をふさぐこともできずに、ただ作り笑いを必死にして生活を続けていた。


 昼休み。

 陽の光が差し込む教室の窓辺で、

 俺はひとり、ぼんやりと空を見上げていた。


 そのとき、椅子がひとつ擦れる音がして、隣に、真司が座った。


「……」


 俺は振り向かず、ただ雲を目で追っていた。

 真司も何も言わず、しばらくそのままだった。


 やがて真司は口を開いた。


「……ひでぇよなぁ」


 声は、どこか遠くを見るようだった。


 俺は、ただ短く答えた。


「あぁ……」


 俺が人を殺したこと。

 仲間に銃を向けられたこと。

 管理される体にされたこと。


 すべてが現実で、どこか夢のようでもあった。

 そのことを、真司はすべて、聞かされたのだろうか。


 真司は小さく息をつき、続けた。


「なぁ……」


 俺はようやく、そちらに顔を向けた。


 真司は俺の目をじっと見据えて、こう言った。


「能力をさ……弱めてくれるかもしれない人がいる。もしかしたら、なくしてくれるかもしれないんだ。

お前……会ってみたいと思うか?」


 その言葉は、雷鳴のように胸を撃った。


「本当に……そんなこと、できるのか?」


 俺の声は、震えていた。


 真司は、黙ってうなずいた。


 それは、たった一言の会話だった。


 だが、その先にいる力の秘密を知る“彼女”との出会いが

 俺の運命を良くも悪くも大きく変えることを、

 このときの俺は、まだ知る由もなかった。



 時を少しだけ巻き戻し、崩れ去った廃ビル跡地。


 瓦礫と粉塵がまだ空気に漂うその場所に、

 蓮の運命を変えるひとりの女が、静かに立っていた。


 月は高く、雲一つない夜空を照らしていた。

 その光が、彼女の輪郭を柔らかく浮かび上がらせた。


 女の足元には、粉々になったコンクリートの破片。

 そしてその奥には、奇妙に焦げ付いた、重力に歪められた痕跡。


「随分ひどく暴れたものね」


 そう言った彼女の声は、

 夜気に混じって、どこか楽しげだった。


 まるで、すべてを見ていたかのように。


 ゆっくりと顔を上げる。

 その顔は、白く、整っていた。

 美しいと言ってもよい。だがその美しさは、どこか危うさを孕んでいた。


 月明かりに照らされたその目は、真っ直ぐに虚空を見据え、

 そして、にやりと、笑った。


「ふふ……ついに会えるのね。――変幻自在の少年」


 その目には、確かな興味と、

 そして、計画された運命への確信が宿っていた。

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