第14話 幼女ゴスロリ

 そして、なんとか、俺は月明かりの中に立った。

 たが、それすらも安全地帯とは限らないらしかった。


 「あなたの影から襲ってくるかもしれない。影にも注意を向けて」と、

通信越しに西村さんが告げてきた。


 自分の影にすら、警戒しなければならないなんて。


「西村さん! でももう、影から出てくる能力者は僕が雷で倒しましたよ!」


 俺はそう叫んだ。あの陰から出てきた男は確かに力を失って倒れていた。


 だが、その俺の甘い考えを否定するように、すぐさま冷静な声が返ってきた。


「いいえ、まだ能力が確定したわけじゃありません。

 相手が仲間を影の中に潜ませる能力の可能性もあります。4名全員が、感知センサーに反応していないのですから」


 ――4人。

 確かに、俺が倒したのは一人だった。

 残りの三人が、どこかに隠れているとすれば?


(……影の中に?)


 その瞬間、背筋が粟立つような感覚が走った。

 目の前の暗闇に、何人潜んでいるか分からない。

 月明かりの輪を一歩でも出れば、すぐにでも飲み込まれそうな気がした。


「でも、そうしたら、周り暗闇だし、俺は月明かりの外に出られなくないですか…」


 そう言いかけて、俺の声は途切れた。


 気配がした。

 背中の方――月の光が届かない、俺の死角に。


(まさか……!)


 意識を後ろに向けると、そこに――

 二人の人影が立っていた。


 ひとりは筋骨隆々な大男。

 そしてもうひとりは、その隣で不釣り合いなほど小さな――

 まるでドールのような、ゴスロリ服に身を包んだ幼女。


 ぞわり、と鳥肌が立つのを感じた。


「蓮くん、どうしたの!?」

 通信機から、西村さんの不安げな声が聞こえた。


 だが、その言葉に返す時間はなかった。


 大男が、唸り声を上げて俺に向かって突進してきた。


 重たい足音。地響きのような勢い。


 大男の右腕が大きく振りかぶられているのが、俺には見えた。


 だが――これは、作戦中に想定されていた「パターンC」だった。

 パワー系の人間が突撃してくる場合の訓練はしてあった。


(今だ!)


 俺の体は反射的に動いた。

 誘電パッチを手に取り、右へと放った。


 その動きにつられて、相手の目が、一瞬逸れたのを確認した。


 引っかかった。そう思って、俺は雷を発動させようとした。


 しかし、その時――


 「左!」


 甲高く響いた、幼い声。

 ゴスロリ服の少女の叫びが、闇の中で異様な存在感を放った。


 俺は一瞬、どういうことだと思ったが、しかし、もう雷をいまさら発動させないわけにはいかなかった。


 俺の右手に力が入った。

 ズドン!と雷鳴がビル中に響き渡って、投げられた誘電パッチの地点に雷が落ち、爆発的な閃光が暗闇を裂いた。


 その光は強烈で、爆音と共に視界を白で塗り潰した。


(これで目潰しは成功だ――!)


 俺は黒い特殊ゴーグルをつけていたから視界は確保できていた。

 俺はすぐに、相手の拳を回避するために右に跳んだ。


 俺は、避けられる、そう思った。だが、次の瞬間、俺の右目の端に信じられない光景が飛び込んできた。


――筋骨隆々の男の拳が、右からやってくる。


(なッ――!?)


 相手の左腕が振りかぶられていると確かに見えたのに、

 なぜか、逆の手に切り替わっていた。


 回避の方向が、完全に読まれていた。

 いや、それどころか――指示されていた。


(俺が避ける動作に入る前だったのに……!

 なぜあの幼女は俺が右に避けると分かっていた!?)


 けれども、脳内に沸いた疑問が渦巻く暇もなく、拳が俺の腹に命中した。


 ドグッ!


 鈍い音と共に、全身の空気が抜け、視界がぶれた。


 俺の体は宙に浮き、反対方向へと吹き飛んだ。


(くそっ……ッ!)


 電撃による目潰しは成功していた。

 だからこそ当たるはずがない拳だった。

 しかし、それはゴスロリ幼女に完全に読まれていた。


 そして、吹き飛ばされたその先。


 そこにあったのは――地面じゃなかった。


 着地した瞬間、俺の背中が感じたのは、硬さではなく柔らかい砂のような感触。


「……え?」


 踏みしめたはずの床が、沈んだ。


 いや、沈む、というより――吸い込まれるような感覚。


(なんだ……? これは……!?)


 俺は、一気に腰まで床の中へと落ちた。

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