生贄聖女と死神の最期の7日間
夜月 透
Day 1 〜終わりの始まり〜
第1話 「白い死神」
『白い死神に近付いた者は、命を奪われる』
そんな
聖職者の象徴である清らかな色に、金の模様が縁取られたフード。
その隙間から、真っ白な髪がのぞいている。
肩まで届く髪は淡雪を編み込んだように美しく、左耳の下で一束となって揺れていた。
生気のない髪色や白肌が、死を連想させるのか。
それとも――課せられた役目のせいなのか。
聖域内にある神殿に訪れるのは数年ぶりだったが――ここで働く人間たちは、ルークを陰で『死神』と呼んでいる。
死神とは本来、死んだ魂が迷うことのないように冥界へと導く者だ。
決して彼らが、死を招いているわけではないのに。
ルークが近くを通るだけで恐怖に揺れる空気に、胸のざらつきを幾度となく覚えた。
それでも、その噂話を訂正するつもりはない。
周囲に理解を求めることを辞めて、一人でいるほうが楽だったからだ。
通路を進んでいると、白い聖装束の者とすれ違う。
白い仮面で目元を隠したその人間は、死の影が見えたのか震える声で呟いた。
『……命が喰われませんように』と。
言葉を返すことも出来たが、ルークは無反応で素通りしていく。
短命な種族の言葉なんて、風に吹かれて舞い散る花のように……ただの音だと思えばいい。
それなのに――
「どうせ……僕より先に死ぬくせに」
無機質になりきれない、心の音が零れた。
神聖シェリアル皇国では――100年に一度しかない聖女の選別が行われ、神官であるルークはそのために召集をされていた。
儀式で使用する古代魔法を扱えるのは、今の時代ではルークしかいない。
悠久の時を生きるエルフの間で伝えられた古い魔法であるため、古代語を読める人間には出会ったことがなかった。
廊下の突き当たりで、両開きの鉄扉がルークを待ち構えている。壁掛けのランプの色が、かつての聖女との記憶を呼んだ。
中にいる者の心を映して、鼓動を打つように揺れる赤い光。
これは、部屋に聖女がいる証。
……また、今日から始まるんだ。
過去の聖女たちの命を乞う叫び声が、100年経った今でも鼓膜にこびり付いている。
その幻聴を振り払うように息を吐いてみても、心の
聖女を生贄に捧げる儀式は――この世界の秩序や平和を守るために続けなければいけない。
守らなければ、神に見放された世界は破滅へと向かう。
そんな神託を人々が――ルーク自身も信じているからだ。
重い扉をギギッと押すと、喉奥へと招く怪物のように口を開く。
部屋の中は暗かった。真ん中で若い娘が座り込んでいた。
四隅に置かれたランプが小さく灯っている。
見張り役の二人の人間が、ルークに頭を下げながら足早に部屋から去っていった。
あからさまな態度。
……恐怖が見え見えだった。
「……あなたが、死神さん?」
若い娘が問う。様子をうかがうような態度ではあったが、声色から恐怖は感じられない。
彼女は、聖女の正装を身につけていた。
シンプルなロングドレスは、袖に透けた素材のフリルが付けられている。
ヘーゼル色の髪は胸元まで届く長さで、緩やかなウェーブがかかっていた。
頬がほんのりと色付いた可憐な顔立ちは、殺風景なこの空間で唯一生気を感じる。
娘の紫色の瞳がルークを見つめた。
綺麗な鉱石をはめ込んだ精霊のように、神秘的な色をしている。
「……そうだ。これから儀式を執行する。……覚悟は出来ているか?」
声をかけたものの、すぐに娘から反応は返ってこなかった。少し間を空けてから、明るい声が響く。
「もちろん。私の命が世界のためになるなら――喜んで捧げるよ」
彼女は笑っていた。
……この状況でどうして笑えるのか?
ルークは不思議で仕方なかった。
人間は死に対して怯えているものだと、ずっと思っていた。
胸に湧き上がった違和感。
その波紋が広がっていく。
儀式を行えば、正式に神と契約を結ぶことになる。そうすれば、彼女は――
「……死ぬのが怖くないと?」
その言葉に娘は優しく微笑んだ。
「だって、みんなが幸せになれるなら――こんなに嬉しいことはないよ」
「……」
「聖女に選ばれた私は、ものすごく幸せ者なんだから。短い間だけど、死神さんよろしくね」
彼女に残されているのは、たった七日間。
それを分かっているはずなのに、娘は気丈に明るく振る舞っている。
神に捧げる生贄として、聖女の体が浄化されるまでの期間を見守って記録する――それがルークの役目だった。
扉を閉めて「始めるぞ」と呟く。
ルークは両手を真っ直ぐ伸ばして、詠唱を始めた。
口から溢れ出した言葉が、淡い光の粒となり――文字のような形に変化していく。
宙に舞う、金色の
それを読めるはずもないのに、彼女はその光景に瞳を揺らめかせていた。
二人を包む空気が、重く震えている。
密閉された空間にも関わらず、ふわりと風が床から吹き上げた。
儀式を始めたら、もう途中で止めることは出来ない。
紡ぎ出す音は、神への敬意。
共鳴するように地に現れた青白い魔法陣は、神からの福音だ。
宙を飛ぶ光の言葉が、少女の身体へ吸い込まれていく。
そして魔法陣が静かに、眩い一閃を放つ。
この出会いが、彼らの運命を変えるとも知らずに――
命の終焉へと向かう、七日間が始まった。
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