第1章(1)

8月27日、都内にある男が住んでいた。男はごく普通の大学生。毎日が流れるように過ぎていく、そんな感情に飲み込まれ、刺激のない日常に飽き飽きしていた。今通っている大学は、有名な芸術大学で、男は美術学部の絵画専攻。一人暮らしのワンルームには数々の絵が飾られていた。かなりの腕前で、中にはトロフィーもある。男は絵がすごく好きだった。なぜなら、絵を描いている時、その瞬間だけは自分がこの世に存在してもいい、そう感じられるからだ。自分の心の中にあるモヤモヤを思い切り絵に表現することで、日常の様々なストレスから逃れていた。

そんな当たり前のような毎日を過ごしていく男に、人生の転機が訪れた。それはある1枚の手紙だ。いつも通りバイトを終え家に帰ると、ポストに見慣れない封筒が入っていた。おもむろにその封筒を開けると、中には1枚の手紙が入っていた。内容はこんなものだった。

『あなたの力で、この国を変えませんか』

どういう意味なのか男には全く分からなかった。だが、何となく不気味に思い、すぐにその手紙を捨てた。

その日の夜、男が描いた絵はとても不思議な絵だった。まるで忘れたい過去のことを殴り描くように。その絵は、男の中でも最高傑作だった。真っ青な晴れた空の下に黒い物影。そしてその空から降る雨。


言葉で表現できないものが、その絵には詰まっていた。だが、その絵には彼の心に抱えている孤独、そして本当は誰かといたいという純粋な願い、彼の人間らしさ全てが詰め込まれていた。彼はその絵を見て、自分がどれだけ孤独な人間なのかを実感した。

それから彼は、その孤独を埋めるために絵を描き続けた。その手は止まることが無かった。1枚、もう1枚と何日も何日も作品を生み出し続けた。そして、1週間が経った頃彼はふと我に返った。何故だろうか。気づくと同じ絵を描き続けていたのだ。何枚見比べても同じ。真っ青な空から降り注ぐ雨。その日の空も、その絵のような綺麗な空だった。

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