第11話 説得

「私を治す、ですって?」

 三埼に押し出されるようにして有紀子が千絢の前に立った。

「血を吸う体質。治したくないですか?」

「治した方がいいと思う?」

 千絢は三埼に目を向け、それから穏やかな口調で言った。

「血を吸って、彼を亡くしてしまうのはイヤでしょう?」

「でも……」彼女が困惑を見せた。

「血を吸うメリットでもあるのですか?」

「さあ、私には分からないわ。ただ、身体が欲するの。血や……」

「精液を」

 千絢がそれを口にすると有紀子が目尻を下げた。親近感を覚えたのに違いない。

「有紀子さん一人ではないですよね? 血を吸う人」

 彼女は苗字ではなく名前で呼んだ。一気に距離を縮めようとしているのだ。ところが、有紀子の顔色が白く変わっていた。

(何か、知っているようだね)

「有紀子さん、知っているのですね?」

「そうなのか?」

 三埼が目を丸くした。

「その人は、誰ですか? 教えてください」

 上手い、上手い!……ツクヨミはアマテラスの話運びを見守った。

「私は知らない」

 有紀子が首を左右に振った。

「ネット上では、先月からバンパイアに襲われたという話が盛り上がっています。警察官もバンパイアの存在を認めていました。でも、それは夜の街でのことです。有紀子さんではないはず」

「そうね。それは私じゃない。私は見知らぬ人の血は吸わない。病気を持っていたら嫌だもの」

(精子は飲むのに)

 ツクヨミが突っ込みを入れると(茶化さないで)とアマテラスが文句を言った。

「本格的にバンパイア探しが始まったら、有紀子さんはすぐに見つかってしまいます。私が見つけたくらいだもの」

「……うっ、そうね」

 彼女の声が詰まる。

「そうなったら、他のバンパイアが犯した犯罪の責任まで負わされかねません。それは、嫌でしょう? 他人の体液を飲むのも、決して健全とはいえないし……。治すべきだと思うんです」

「分かった。治せるものなら、治してもらう。それでどうやって治すの?」

 千絢の説得は成功した。(ヨッシ!)ツクヨミは思わず声を上げていた。

「神山博士という優秀な科学者がいるのです。その博士のところに行きましょう」

「神山……?」

「知っているのか?」

 三埼が尋ねた。

「うーん、聞いたような気がするけど、思い出せないな」

 有紀子と三埼は神々研究所に同行することに同意した。

(よくやったね。アマテラス、立派です)

 彼女をほめながら、有紀子をつれて研究所に行く、と博士宛にメッセージを送った。【了解、よくやった。(^_-)-☆】顔文字つきの返信があった。

(博士、待っているそうです)

(ありがとう。こんなに上手くいくなんて、私も思っていなかった。ビックリしています。夜の街に出没しているバンパイアも連れて行くように説得したほうが良いかな?)

(二兎を追うものは、一兎も得ず。それは止めておきましょう。彼女が反発しかねない)

(ツクヨミは、別のバンパイアが誰か知っているの?)

(推測だけど、おそらく彼女の父親)

(まさか……。すると、バンパイアは遺伝ということ?)

(判断は不可。データ不足です)

(博士は知っているのかな? 彼女たちがバンパイアだということ……)

(いいや。知っていたら、アマテラスにこの任務を与えることはなかったと思う)

 三人はアパートを出ると駅に向かった。

「僕の仕事、本当に斡旋してもらえるのかい? 難しいのや体力がいるのは嫌だよ。危険なものや報酬が安いのもだめだ」

 歩きながら三埼は自分のことばかりを言った。

(この人、ダメですね)

 アマテラスの言い方は優しかった。

(だね。クズだ)

 ツクヨミは率直に答えた。

「ぜいたくを言っちゃダメよ、エヌ」

 17歳の少女が一回りも年上の三埼を戒めた。

(ただのわんぱく娘ではなさそうだ。ねえ、アマテラス)

(賢いのに、どうしてパパ活なんか……)

(父親が嫌いだということだったろう。だから新しいパパが必要だったのだね)

(ツクヨミ、変な冗談は止めてください。まるでオヤジです)

(オヤジ……私は1歳だぞ)ショックだった。

(そもそも、ツクヨミさんって、女性ですか? 男性ですか?)

(さあ……)繁殖能力のない自分に、性別の意味があるのだろうか?

「しかし、なあ……」

 三埼は釈然としないようだった。

「私が普通の人間に戻ったら、また何とかするから」

「そ、そうかい」

 髭もじゃの顔が笑った。



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