第12話 意図
千絢たちはビルの屋上に上った。プレハブを見た有紀子たちの顔には明らかに失望の色が現れていた。
「建物はこんなだけど、優秀な人だから。目の見えない私に、モノが見えるようにしてくれたのも神山博士なのです」
千絢が声をかけると、有紀子の瞳に希望が戻った。
『いらっしゃい』
ドアを開けたのはスサノオだった。
「エッ……」有紀子と三埼が目を点にした。
「彼はスサノオ。博士が作ったロボットです」
「泊里有紀子さん、バンパイアなんだって?」
立ち上がった神山が無遠慮に言った。
「博士、そんな言い方……」
(デリカシーがなさすぎる)
自分に話すことができる口があったら、ドカンと言ってやれたのに。……ツクヨミは思った。
「ん……だって、事実だろう?」
(事実なら何でも言っていいというわけじゃない)
「だからって……」
千絢は躊躇い、有紀子は冷めた表情で神山を見ていた。
「さあ、こっちへおいで。治療のためにデータを取らせてくれ」
神山は奥に続くドアの前で有紀子を呼んだ。
「……はい」
彼女は大きくゆっくりうなずくと彼の元に向かった。
(アマテラス、私たちも行きましょう)
声をかけると千絢が動いた。
事務所の奥にあるのは研究室だ。そこでツクヨミは生まれ育ったのだ。
研究室には最新型の細胞培養装置や遺伝子組み換え装置が並んでいた。
「そこに横になってよ」
神山が指示したのは、かつて千絢が横になったことのある硬いベッドだった。
『博士、来客です。泊里明夫という方です』
天井のスピーカーからスサノオの声がした。
「パパ!……」有紀子が跳ね起き、顔をゆがめた。「……どういうこと?」
彼女が千絢をにらんだ。
「早かったな。……どうして君がバンパイアになってしまったのか、泊里博士に訊いておこうと思ってね。それで私が呼んだ」
神山が事務的に言った。
(有紀子さんのお父さん、博士なのね)
(彼女が、神山博士を知っているような口ぶりだったのは、いつか父親が話しているのを聞いたのかもしれないな)
腑に落ちるものがあった。
「パパが……。パパが関係しているの?」
彼女の顔は醜くゆがんでいた。
「十中八九そうだ。だから、話を聞いてみようじゃないか? さあ、まずは血液を採らせてくれ」
彼は有紀子を寝かせ、注射器で血液をたっぷり採取した。その一部を遠心分離器にセットし、残りを冷蔵庫に保管してから全員が事務所に戻った。
泊里は有紀子の兄といっても過言でないほど若々しかった。若いのに老人のような神山とは真逆だ。彼は古いソファーに掛けて落ち着かない様子だったが、娘の顔を見ると喜色を浮かべて立ち上がった。
「有紀子……」
彼の振るえる唇から娘の名がこぼれ落ちる。一方、有紀子は事務室に入ったところで足を止めていた。その顔には軽蔑の色がある。彼は今にも駆け寄りそうだったが、二人の間で灰色のスサノオが立ちはだかっていた。
「娘さんが戻るかどうかは、泊里博士の説明次第だよ。どうして彼女はバンパイアになった?」
神山は年上の科学者に対して、敬意の欠片もない口を利いた。ソファーに腰を下ろすと背もたれに体重をかけ足まで組む。横柄を絵に描いたようだ。
千絢は彼の隣に座った。
「……あ、ああ……」
泊里も腰を下ろした。が、容易に口を開かなかった。
「20年ほど前……」話しはじめたのは神山だった。「……某国が不老不死の研究者を探していたな。あれと関係があるのではないか? 私は若くて相手にもされなかったが……」
(相手にされなかったことを恨んでいるみたいね)
(20年前なら、博士は大学生だ)
(高校生じゃないの?)
(2年、飛び級のはず……)
ツクヨミは神山に関する少ない情報を提供した。
「若くて……?」
神山の年齢を知らないのだろう。泊里は少し首を傾げた後、「……そうだ」と話し始めた。
「私は某国の依頼で不老不死の肉体をつくるバンパイア幹細胞を開発した。それをお前にも……」
彼の視線が娘に向いた。
(ツクヨミ、某国って、どこ?)
(データ不足です)
「その不老不死というのは、戦闘用の肉体を前提としたものか?」
神山が尋ねた。
「いや。……外傷に対しての回復力は確かに高いが、ゾンビのように死なないわけじゃない。不老不死には細胞の新陳代謝が不可欠。細胞が老化すると速やかに新しいものに置き換わらなければならない。外傷に対応するためには、通常以上の再生能力が必要だが、映画の怪獣じゃないのだ。そんなのは不可能だ」
「高速な新陳代謝のために膨大なエネルギー……生血が必要だというわけだな。で、彼の国ではバンパイアが増えているのか?」
「私が送り届けたのは一対だ。おそらく、たった一人の独裁者の欲望を満足させるためのものだろう」
「どうりであの総裁、いつ見ても若々しいわけだ」
神山が苦笑した。
いつ見ても若々しい総裁。その条件に当てはまるのは東和民主共和国の
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